同窓会

一ノ瀬 愛結

前編

『井原中学第38期卒業生同窓会会場』

小洒落たドアを開け会場内に入ると、そこは既に賑わいをみせていた。

グラスを片手に数人のグループに纏まって、思い出話に花を咲かせている。


中学を卒業してから20年振りの同窓会。


旦那の出世話で盛り上がる奥様集団。

意気投合し、合コン状態で酒を酌み交わしている独身組。

中年の域にどっぷり浸り切っている連中は、弛んだ腹を叩きながら

独自の健康法について議論を戦わしている。


男はそんな集団の間をかき分けながら会場の中央へと進んだ。

すれ違った巻き髪の女が、隣にいた友人の脇腹を肘で突き

「ねぇ、あの人誰だっけ?」

尋ねられたショートカットの女は振り返り首を傾げた。

「さぁ・・うちらの学年にあんなイイ男いたかしら?」

いかにも仕立ての良さそうな上質のスーツを纏った長身の男は

集団の中にいてもかなりの存在感を魅せ付けていた。

その上、連ドラでよく見かける中堅俳優に良く似た甘いマスク。

女性陣の熱い視線に爽やかな笑顔で応えながら、傍らにいた男に

声を掛ける。

「よぉ、寺田。久しぶりだな」

「え?あぁ・・久しぶり」

少し薄くなりかけた頭部を撫でながら寺田勇雄は男を見上げた。

誰だったかなぁ…

遠い記憶を辿るように目を細める。

それを察した男が軽快な口調で

「スズキだよ。スズキタカシ」

「スズキ・・タカシ…」

口の中で小さく繰り返す。

寺田は改めて”スズキ”の顔をじっと見た。

確かそんな名前の同級生がいたような気はするが・・

はっきりと思い出せない。

「なんだ、忘れちまったのか。まぁ、中学ん時は地味で目立たない上に

 体が弱かったせいで殆ど学校にも行ってなかったからな」

「そうか・・そのせいか。悪いな」

寺田は気まずそうな笑顔を浮かべた。

「いや、いいんだ。それにしても懐かしいな。2年の時だったか・・

 口うるさい英語教師に悪戯をして泣かせた事があったよな。

 ゴムで出来た蛇のおもちゃを教卓に仕掛けて」

「よせよ。昔の話じゃないか・・」

微かに頬を赤らめた寺田は、バツが悪そうに猫背の背中をますます丸めた。

「傑作だったよ」

心底愉しそうに笑うタカシにお愛想程度の笑みを返す。

「それから、あれは卒業間際だったかな―――」

タカシは寺田がすっかり忘れていたようなエピソードまで饒舌に語った。

うんうん頷きながらも、寺田は奇妙な感覚を拭えずにいた。

まるで初対面の人間と話しているような・・

そんな居心地の悪さを感じ始めた頃。

「おっ、倉本じゃないか」

タカシは通りかかった男を呼び止めた。

眼鏡をかけた神経質そうな男―――生徒会長だった倉本和夫は一瞬

訝しげな視線をタカシに投げた。

「久しぶりだな。校内一の天才君は、今じゃ代表取締役だってな」

タカシが微笑みかけると、はにかんだ様な笑みを浮かべ

「いや・・恥ずかしいくらいの小規模経営だから。

 社長って言ったって雑用係りみたいなもんだよ」

「謙遜するなって。聞いてるぞ、近々東京に支店を出すそうじゃないか」

「そうなのか?」

寺田が驚いた顔をすると、ますます恥ずかしそうに首を縮めた。

「…まぁな・・」

暫し中学時代の思い出に浸る3人。

不意にタカシは会場の入り口の方に目を遣ると、口元を綻ばせた。

「待ち人来たりて」

小さく呟く。

タカシの視線の先には、顔色の悪い貧相な男が立っていた。

場の華やかな雰囲気に馴染めず、落ち着きなく辺りを見回している。

その仕草は飼育小屋で飼っていた兎を思い出させた。

「じゃ、またな。昔の話が出来て愉しかったよ」

タカシは一方的に話を切り上げると、ふたりの肩を叩き男の方へと

足早に歩き去った。

首を捻りながら、その後ろ姿を見送る寺田に倉本が尋ねた。

「で、あいつ誰なんだ?」


「待ちくたびれたよ。良かった来てくれて」

いきなり話しかけられた男は、体をビクリと震わせタカシの顔を見上げた。

「えっと・・あの…キミがメールをくれたの?」

タカシは華やかな微笑を浮かべながら頷いた。

「なんで・・ボクのメアド知ってたの?」

相変わらずおどおどしながら質問を続ける。

「オレはアンタの事なら何でも知ってる」

「…」

「とにかく再会を祝して乾杯しないか?」

テーブルの上に置かれていたグラスを2つ取り、ひとつを男の手に握らせる。

「再会って・・ボク・・キミの事知らないし…それにお酒は飲めないんだ」

「知ってるよ」

男は何か言いた気に口をぱくぱくさせた。

やがて意を決したように

「あの・・ボクを助けてくれるって本当?お金貸してくれるの?」

タカシは形の良い唇に人差し指を当てると「しっ」と囁いた。

「あんまり自慢出来るような話じゃないだろ?向こうでゆっくり話そうぜ」

先に立って歩き出すのに黙って従うしかなかった。

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