戯曲的①

「サスペンス」


   ある家のキッチン。患者が倒れている。

   高級そうなスリッパを履いた医者らしき男がパタパタと音を立てて近づいてくる。

   男は電子レンジでミルクを温める。ラジカセで音楽を奏で、今朝の朝刊を読む。

   レンジのチン音で患者が目覚める。医者は書類を用意して患者の眼前に示す。

   適当なところでホットミルクを飲みましょう。


医者 ファック。眠い。

患者 すみません、ここはどこでしょう。

医者 サインしろ。

患者 へ?

医者 ペン使っていいから。


   患者、思わずサインする。


医者 はい。じゃあ今日からよろしくお願いします。

患者 えっと、あの、どこですか? ここ。

医者 ここ? キッチン。何だと思ったの?

患者 いや、

医者 あ!

患者 え?

医者 フリッパー! エサやらないと。

患者 フリッパー?

医者 イルカのフリッパー。知らない? みんなだいすき、海の暴れ豚。

患者 はぁ。

医者 じゃあ、ここにあるものは自由に食べていいから。イルカ以外。

患者 あの、

医者 ジップロックに入ってる海藻はフリッパー用だから食べちゃダメ。

患者 はい。

医者 ミルクは私用。まぁたくさんあるからちょっとならいいが、残り本数が3本以下なら遠慮して。

患者 はい、それで、

医者 じゃあね、

患者 あの、

医者 あの! 話しかける相手には注意しようね。皆がみんな自分の味方だと思うな。例えば私は昔こう思ってた。世界は特段、俺個人を応援してくれる訳でもないが、特別敵視している訳でもない。世界は鏡だ。俺が俺なりに、奉仕した分だけ返してくれる。これ間違いです。世界は敵意で溢れてます。人間じゃないよ、世界がね。そこら中に核弾頭ぶら下げた切り裂きジャックが発射寸前だから。原発は爆発するから。ああ、フリッパーが心配、あいつ最近鬱病になっちって。皮が剥がれるんだよ、円形脱皮(だつかわ)性。もーぼろぼろ、もー頭蓋が半分見えてる。

患者 すみません。


   医者、去る。

   患者、冷蔵庫の上にあるイルカを連想させるグッズを発見する。


患者 ・・・・フリッパー……グロい。


   医者、戻ってくる。


医者 あの、自殺されても困るからさ、他の患者に話しかけないようにね。

患者 え、他の患者、他にも居るんですか? え、僕、患者なんですか?


   イルカの声が聞こえる。


医者 あぁー、フリッパー。

患者 え?

医者 呼んでる。

患者 え、なにが?

医者 行かなきゃ。

患者 いや、自殺ってどういうことですか? え、誰が? 僕が、その人が。

医者 理屈っぽいよ君。イルカが鳴いてるんだ。僕は行かなきゃいけない。命の救い手を足止めしてまで、君は自分のことが大事?

患者 え、

医者 病気だよ。

患者 あの、僕って、なんなんすか?

医者 君は病気だ。


   医者、今度こそ本当に去る。


患者(おれはなんなんだー、なんつって。腹、減った。えなに、独り言いう癖があるの俺は? おーこわ、あれ、俺だっけ僕だっけ、どっちも自然なんだよね、人間ってどんな感じだっけ、そんな感じだっけ。まぁ、俺人間だし、そこで悩む段階は終わっているよなぁ。あー辞めたいけど独り言、ここには誰もいない、はずだよな、じゃあ、いいじゃん、ありじゃん独り言。全然。じゃんて、俺は若者か、若者なのか、それとも)


   しばらく前から、マグカップと冷凍のピザを持った女が部屋の様子をうかがっている。

   適当なタイミングで?


女 病気。

患者 え?

女 病気だから気にしない方がいいよ。

患者 誰が? おれ?

女 さっきのやつ。あんたは知らない。

患者 はぁ。

女 病気なの?

患者 さあ、え、あのさっきの人お医者さんじゃないんですか?

女 医者に見える?

患者 違うんですか?

女 病気だと思うよあたしは。

患者 あの、それは医者で病気ってことですか? 医者もなりますよね、病気に。

女 知らない。

患者 すみません。


   女は喋りながら。電子レンジにマグカップを入れ。


女 新しい患者?

患者 はい、えー、よくわかんないです。

女 ははは。

患者 え、それで、あなたは?

女 ・・・・。


   電子レンジがチンできるまで沈黙が続く。

   女、マグカップを出し、オーブンモードにしてピザ入れる。


女 前住んでた家じゃねぇ、オーブンと電子レンジ一緒に使ったら、ブレーカーが落ちたの。

患者 はぁ。

女 アタマいいわ、オーブンレンジ。これなら絶対落ちない。どっちかしか使えないもの。

患者 ・・・・あの、ここ、どこですか?


   女、立ち去るそぶり。


患者 えまだチン出来てないじゃないですか。

女 十分ぐらいかかるから。

患者 えじゃ、

女 映画の途中だし。

患者 え、なんの映画っすか?

女 めんどくさい。


   女、去る


患者 待ってくださいよ。・・・・えー。


   女が消えた方向で、食器などがバラバラになる音がする。


患者 えー? 大丈夫ですか?


   患者、血塗れの女を引きずってくる。


患者 ひどい。

女 ・・・・。

患者 大丈夫すか? うわっ、同情だこれ。すっごい同情沸いて来た。

女 ・・・・。

患者 あんなに冷たくされたのにー。俺あったかいのかなぁ?

女 あんた気持ち悪い。

患者 生きてた。俺今すごい優しい。同情してる、すごい。

女 キチガイしかいないの? やっぱ。

患者 俺は狂っちゃいないよ。優しさ。

女 病院、病院に連れてって。

患者 わかった。任せて、……でもここもうすでに病院っぽくない? 絶対病院だよ。壁とか白いし、あの架かっている絵だって俺たちを傷つけないようにしてる。よくわかんないけどさ、残酷な絵ってあるもんね、誰が何の目的で、俺たちを傷つけようとしてるのかわかんないけど、最悪だよね、死ねばいいと思う、そういうやつら、死んで自分が作ったものとさ、そのお手本みたいな獣のウンコに囲まれて、気が狂えばいいと思うんだ、自分がどれだけ愚かだったか、脳みそはみ出たウンコ野郎みたいなクソだったか噛み締めればいいんだよクソを、でかい蠅の頭ごと、噛み締めて脳みそつっぱしって落ちて来た橋ごと潰れればいいと思う。バカが今日も暴走してさ、脳内でたくさんの人を犯してるんだよ、マシンガンで、あ、わかった、憎悪だこれ、なんか凄いね。むしゃくしゃするよ。

女 たすけて。

患者 わかった、俺は病気だよたしかに、かもしれない、でも快方に向かってるんだここにいるってことは、記憶とか全然ないけど、きっとそれが今の自分には最高の状態なんだって、体がわかってんだ。だって元気だもん俺。あんたの役に立ててる。

女 もういい、まともな人間を呼んで来て。

患者 大丈夫、大丈夫、落ち着くよ俺、気は狂ってるかもしれないけど、異常なのはわかってるから、ちょっと喋り過ぎだね、君があんまり喋らないって言うのもあるけど、しっかりしろ! 死ぬな、ごめんて、黙るよ。

女 ・・・・。

患者 たまたま怪我したところが病院だなんて、青い鳥みたいな話だ、だからほら、俺が言いたいのはつまり、つまり、こんなことじゃない。病院はどうでもいい、傷をなんとかしたいんだよね。おれ、傷をなんとかするよ。だからさっきから動いてるんだよ。すごく状況は良くなってる。

女 ・・・・。

患者 (引き出しなどを漁る)


   患者、包帯を見つける。


患者 ほら、包帯だ。監視してるやつがいる。やつらはよくわかってるんだ。俺たちがどんな行動をとるか、その結果どんなことになっちまうか。だからこんなものまだを用意している。まだ一巻きはあるよ。いくら傷ついても大丈夫ってわけだ。


   ピザが焼き上がる。キッチンペーパーなどで血液を拭い。ゴミ箱へ。包帯を巻く。


患者 全部使ったところできっと、明日になったら補充されてる。

女 あ、ありがとう。

患者 使い切ったら喜ぶよ、上手にエサを食べたハムスターを見るみたいに。

女 ・・・・。

患者 ピザが焼けた。ケチャップみたいだねこれ。


・・・・みかん。

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