帰属する概念

 電車だ。ここは電車の中だ。電車らしい音を立てて走っている。しかしどこを走っている?古びた蛍光灯が発する黄色がかった光の下、私は窓の外を見た。大きくそり立ち、天辺がぐねっと曲がった山々が並んでいる。山間のわずかな平地には人が住んでいるようで、家が少しばかり存在している。時間は遅いのか早いのか、空は少し暗い。

 ここで私は思い出す。ああ、これは旅だ、電車に乗る類の。いつもと違う光景は私の胸をおどらせた。今度は車内を見回す。すらっと並ぶボックス席にはぽつぽつ人が座っているが、なぜか顔がよく見えない。いや、興味がない故見ないようにしているのかもしれない。

 そうして私は車両の奥に彼女を見つけた。いつも出あうあの娘だ。今日は外出ということで、おめかしでもしたのだろうか。普段着ている暗めな、紺の制服とは違って明るい色のワンピースであった。髪にも似た色のヘアピンをつけている。なんだか、かわいい。

 あの娘は私に笑いかけた。見慣れたそれとは違い、優しくも、少しいたずらっぽかった。すると突然、後ろにあったドアを開けて彼女は隣の車両へ乗り移った。ドアはガチャリと締り、私と彼女を隔てる結果となった。慌てて私は後を追った。あのかわいい姿をもっと見ていたい、というのが半分。残りは不安からだ。

 

 走行中の電車のドアはやや重く感じた。1つ開けて2車両目に入ると彼女はすでに3車両目に入っているのが窓越しに見えた。追いつく自信をなんとか保ちながら、私は若さのすり減った体を懸命に動かした。しかし自分が3車両目に入ったころにはもう彼女を見失っていた。随分速いものだな、と感心する余裕はあまりない。走る電車に揺られ、転ばないように席についている持ち手で体を支え、心では大丈夫だとパニック寸前の自分に言い聞かせている。

 

 4両目に入る。大丈夫だ、電車は無限に続かない。


 5両目に入る。大丈夫、遅かれ早かれ彼女は見つかる


 6両目に入る。大丈夫だといいが。思ったより編成が長い。


 7両目に入る。ここで最後だ。だが彼女は見当たらない。


 しかし大丈夫だった。奥にあったトイレのドアは閉まり始めたばかりだ。これに気づかなければ私は少し叫んでいたかもしれない。なんだ、トイレに行っただけか。落ち着きが急に戻り、私は近くの空いている席にどさっと座った。変にかいた汗を拭いた。ここで待つことにしよう。ああ、らしくない。

 車内が黄色がかって見えるのは蛍光灯だけでなく、白かった壁が若干変色しているせいでもあるらしい。その雰囲気がどこか懐かしく思えた。変に焦ったせいで眠くなってきた私は目を閉じた。トイレのドアが開く音がしたが、私は動けずそのまま眠ってしまった。

 

 

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