未来への翼
かつて、中央競馬には抽せん馬という馬がたくさんいました。
生産者からJRAが馬を買い上げ、自前の育成を施した上で、希望する馬主に抽せんで売った馬のことです。
中にはかなり走った馬もいましたが、たいていはあまり活躍出来ない馬も多くいて、未勝利や下級条件には抽せん馬限定のレースが組まれていたことを覚えています。
タムロチェリーも、そんな抽せん馬の一頭でした。
2歳の未勝利戦で勝ち上がると、小倉2歳ステークスで自慢の末脚を見せて重賞制覇。
わたしが彼女を知ったのはこの頃でした。
彼女はわたしと同じ青森生まれ。
今でこそ重賞勝ち馬が出てきている青森の馬ですが、その頃はあまり活躍出来る馬は出てきていませんでした。
わたしも仕事がうまく行かずくすぶってた時期で、勝手に彼女と自分を重ねて見ていたようです。
青森生まれの抽せん馬。
血統だって目立つところはないし、馬自体もあまり目立つタイプではありません。
でも、大きなところを勝てたなら、きっと未来へつながるはずだ。
そう信じて、次のファンタジーステークスで勝負をかけることにしたのです。
しかし。
彼女は道中不利を受けてしまい、10着に終わってしまいました。
周りは「やっぱり抽せん馬じゃなあ」とか「青森の馬だもんなあ」と言っては立ち去って行きます。
生まれも育ちも、たぶん他の馬と戦うには少し足りないと思われていたのでしょう。
この評価を跳ね返すには、やはり勝つしかありません。
彼女の次走は、阪神ジュベナイルフィリーズと決まりました。
仲間うちでの予想では、彼女を推す声はありません。
ですが、わたしは自信を持って彼女を推しました。
前走は不利があったし、今回は鞍上が外国人騎手だ。
このメンバーなら彼女の末脚は生きるはず。
何より、ここで勝たなきゃ未来へつながらない。
彼女自身も、青森の馬も。
レース当日。
ブリンカーをつけた彼女は調子が良さそうに見えました。
これなら大丈夫。わたしは彼女の単勝を胸ポケットにしまい込み、レースに集中することにしました。
ゲートが開いて、彼女は中団の外側へ。
ここなら直線まで不利を受けずに済みそうです。
そのまま最後の直線へ。
逃げた馬が抜け出し気味で、あとはひと固まり。
「いけええええええええええええええええええっ」
レース中にあまり叫ばないわたしですが、この時は思いっきり声が出てしまいました。
未来へつながってほしい。そう思わずにいられなかったのです。
その瞬間。
彼女はまるで翼が生えたかのように、すっと馬群から抜け出してきました。
そして逃げ込みを図る先頭も差し切ってゴール。
「青森の馬」「抽せん馬」と吐き捨てられた馬が、頂点に立った瞬間でした。
未来へつなげることが出来たのです。
彼女は3歳クラシック路線を全力で駆け抜けましたが、勝つどころか掲示板にも載ることが出来ませんでした。
そして4歳の夏に引退して故郷に帰って来た彼女でしたが、3頭の子供を産んだ後ガンで亡くなってしまったとのこと。
しかし、彼女の残した子供たちは頑張りました。
末っ子のタムロスカイは中央競馬で6つも勝ってくれましたし、娘のタムロブライトが産んだ芦毛の子供は昨年の日経賞で2着に来てくれました。
ミライヘノツバサ。
彼女のつなげてくれた未来がここにありました。
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