語り話
青葉 千歳
夜が来た
子供達の叫び声が聞こえた。
もちろん嘘だ。聞こえてきたのは喧噪だ。悲鳴よりは幾らか、楽しそうに思える。最も、その二つに大した違いはないのかもしれないけれど。
遠くに見える無邪気に自分を重ねてみると、不思議なほどその存在が異質に見えた。嘗て自分がそれと同じ姿であったと、想像することさえできないくらいに。何も考えずに騒ぎ立てるその様相に、多分嫉妬にも似た感情を抱いたけれど、もう戻らない今を思うと目を逸らすことはできなかった。あの頃遠くにあったはずの大人の姿に、気付けば自分がなっていたということには、できることなら、目を背けたかった。
ぼんやりとした意識の中で、喧噪よりも秒針の音が耳を裂いた。それは間違いなく幻聴だったけれど、混濁した意識の中でも、確かに時間だけを気にしていた。鬼ごっこの鬼よりも怖いものが追いかけてきているのだと気付いたのは、何時からだったろう。大人になったと感じる瞬間が、必ずしも感動的ではないことを、あの日の僕は知るべきだったのかもしれない。そうすれば、こんな感情を引き摺って今を、この先を、死んだように生きる必要もなかったはずだ。いや、もしかしたら僕は死んでいて、生きたフリをしているだけなのかもしれないけれど、たとえそれが事実だったとして、理解できたとしても、何かが変わることはきっと、ないのだろう。
多分そこにあったはずの喧噪が、何かを忘れたように何処かへ消えた。彼らにとっての怖いものが、すぐそこに迫っていたからだろう。瞳を刺激する光がなくなるその時まで、僕は虚ろに思考を巡らせた。自分が何を考えているのかさえ分からないくらい、その思考は虚ろだった。動けずにいる僕を、秒針は何時までも急かしていた。
やがて音は完全に途絶え、僕を現実に引き戻した。できることならそのまま過去まで引き戻してほしかったが、戻らないからこそ過去であることを知る以上、それはどこまでも無意味な願望だった。おそらく人が翼をもって空を飛ぶよりも、ずっと滑稽な。雨音が響いてくれたなら、まだもう少し、夢を見ていられただろうか。
今なら悲鳴が聞こえる気がした。あの頃何よりも恐れたのはこの暗闇だったろうから。闇に乗じて蠢く何かを見間違えて、それとない否定を悲鳴に変えて。きっと迷いなく家路を駆けただろう。鬼ごっこよりも真剣に、それでなくとも遊びと思う気持ちを携えることもなく。
今の僕がその暗闇を恐れていないことに気付いたとき、自分が大人であることを知った。いや、子供でないことを悟った、と言うべきかもしれない。白々しく灯る街灯に、浮き出た輪郭がそれを確信に変える。そこには確かに、子供ではない誰かの影が、存在の不確かさを嘆くように明滅していた。明滅しているのが影ではなく明かりの方であると気付いた頃、その姿はもう闇に溶けていた。
僕に時間の経過を伝えたのは、秒針の音ではなかった。さっきまで喧噪があったその場所には確かに、静寂が佇んでいた。
ただそれだけで、世界が色を失ったことを知った。
語り話 青葉 千歳 @kiryu0013
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