三人のピアニスト

青葉 千歳

音の先に

 聞こえてきたのは、ピアノの音。


 それは僕が今まで聞いてきた音色の中で、一番美しいものだった。


 散歩に来ていた僕は、偶然にもこの住宅街へとやって来た。そこは初めて訪れる場所で、当然辺りには知らない家が建ち並ぶ。それでも僕はその音がどこから聞こえてくるのか知りたくて、闇雲に見知らぬ土地を歩く。


 そして、ついにその場所を見つける。


 そこには大きな家があった。広い庭の向こうで、誰かがピアノを弾いている。カーテンに隠れてよく見えなかったが、女性であることが分かった。なんとなく、見覚えがあるような気がした。だけど、誰かは分からなかった。もしかしたら全く知らない人で、僕の思い違いかもしれない。


 僕はその家の前に立って、じっと彼女の方を見つめる。当然向こうは僕のことなど気付きもしない。でもそれでよかった。僕は気付いてもらいたくて足を止めたわけではなかったから。


 そよ風と共に流れてくる、君の奏でる音を聞いていた。いつまでもその音を聞いていたいと思った。僕は言葉が出ないほどに感動に打ち震え、まるで鼓動が聞こえるほどに、心臓が高鳴っていた。


 それは、恋に他ならなかった。


 僕は一目で、君を好きになった。


 一目で君に、恋をしてしまった。


 君の奏でる音に、恋をしてしまった。


 ・・・・・。


 君は一体、誰なんだろう。


 僕は君を知っている様な気がする。


 靡くカーテンの向こうを見ることができたらと、僕は切に願う。だけどその願いが叶えられることはなかった。


 僕は、君に恋してしまった。


 顔も分からない、君に。


 ああ。


 君は一体、誰?

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