第1章 絶対守護絶体絶命 8

 最短落下の予測時刻は22時41分を1時間以上経過しても、小惑星は1天体もシラン本星に衝突していなかった。絶対守護の第一、第二艦隊は10キロメートル級の小惑星を、次々と大気圏突入コースから逸らしていったからだ。

 ・・・シミュレーション通りに。

 阻止されているにも関わらずオセロット王国軍の技術班は、緊迫感とは無縁だった。それは一番成果の大きい計画が、順調に進捗しているからだった。大シラン帝国軍の動きから微修正を加え、シミュレーションを実行した。

 0時過ぎまでは大シラン帝国軍とオセロット王国軍技術班のシミュレーション通りだった。1時を過ぎた頃から大シラン帝国軍のシミュレーションとはかけ離れていき、オセロット王国軍技術班のシミュレーション通りに戦況は進んでいった。

 まず1時過ぎに、ビンシー隊が全滅した。

 目標の小惑星に相対速度を0に近づけていき取りつこうとした。その途端、小惑星が急加速し、ビンシー隊が回避できず破壊されたのだった。無事に取りついたビンシー隊は、小惑星同士の衝突によって押し潰された。

 危機を察知して避けることに専念したビンシー小隊も存在した。

 しかし、小惑星同士の衝突で生まれたビンシーより巨大な破片がランダムに迫る。その状況下で、オセロット王国軍技術班は小惑星を操り、包囲網を狭めていった。

 結果、ビンシー隊は全滅したのだった。

 この時点で大シラン帝国軍は、小惑星がオセロット王国軍によって操縦できる事実を認識した。

 大きい小惑星には複数の推進装置が埋め込まれているので、軌道を変更できるかもしれない。誘導装置もあるかもしれないと。しかし、10キロメートル級の小惑星が大気圏突入コースからあっさりと外れたのを見て、誘導装置はないと判断したのだった。

 小惑星は予めプログラムした通りにしか動かせない。そうオセロット王国軍にミスリードさせられ、大シラン帝国軍は油断してしまった。油断していなくとも、他の手は打てなかっただろうが・・・。

 ビンシーが危機に陥った時、大シラン帝国軍の艦隊も全滅の憂き目に瀕した。

 小惑星群の後方に位置していた1キロメートル級の約100天体が、突如加速を開始し、シラン本星への落下コースから外れたのだ。その小惑星約100天体の進行方向には、大シラン帝国軍絶対守護の第一、第二艦隊がいた。

 宇宙戦艦の主砲は、5キロメートル級以上の小惑星を大気圏突入コースから逸らすため、限界以上に酷使している。副砲はオセロット王国軍の2艦隊を牽制するため、主砲同様限界以上に酷使しているのだ。大気圏突入コースに入った小惑星の破片を破壊している誘導ミサイルは、弾数が非常に心許ない。

 グーガン隊を戻しても、宇宙戦闘機では小惑星相手に何もできないし、敵1個艦隊を釘付けにするという難しい役割を果たしていた。

 迫りくる1キロメートル級小惑星約100天体を、全力で回避する。しかし、個々にランダムな軌道を描きつつ、全体として絶対守護の第一、第二艦隊へと進行してくる小惑星群。回避運動だけでは艦隊への小惑星の浸透を許してしまう。浸透されきった瞬間に、小惑星の急激な軌道変更が為されれば、艦隊の維持が不可能なほど宇宙戦艦は撃破されるだろう。

 最大戦速で離脱する案もある。しかしオセロット王国軍2個艦隊は、離脱中一方的に攻撃できる陣取りをしている。しかもシラン本星へ、残り50天体以上の小惑星の落下を許してしまうのだ。

 第一艦隊は1キロメートル級小惑星約100天体に対処し、第二艦隊は引き続き小惑星の大気圏突入を防ぐなど、艦隊司令部で様々な作戦が立案され、シミュレーション結果を確認していった。残念ながら一つとして、大シラン帝国軍総司令部から与えられた命令を遂行できないと分かっただけだった。

 つまり、シラン本星に落下する小惑星を、完全に排除するのは不可能。

 迫りくる1キロメートル級の小惑星約100天体を前に、艦隊司令官は決断した。まず艦隊の危機に対処してから、元の作戦に回帰することに・・・。

 絶対守護の第一、第二艦隊は、主砲と誘導ミサイルで迫りくる小惑星群を、全力で攻撃を仕掛けた。

 副砲は変わらず、オセロット王国軍2艦隊を牽制している。

 変わったのは、オセロット王国軍3艦隊の動きだった。

 後方のオセロット王国軍1艦隊を、グーガンウェブで絡めとっているとの錯覚が、脆くも崩れ去る。

 オセロット王国軍の艦隊は、ほぼ同時にキセンシを発艦させ始めたのだ。

 しかも、全キセンシを、である。

 3個艦隊合わせて約1万3千機が、だった。

 キセンシ約9千機が、後方の艦隊を足止めしているつもりであったグーガン隊に襲い掛かった。想定外であったかのように慌てふためき、無様に隊形を乱すグーガン隊へ、囲まれていたオセロット王国軍の1個艦隊からも全機が出撃した。

 艦隊運用を保つため、キセンシの出撃は最低限の千機程度にし、艦と連携して防錆に徹していた。こまめに補給と休息をし、耐え忍んでいたキセンシ隊の鬱憤が、この瞬間に爆発した。

 グーガンウェブと呼ばれていた網は、倍以上の機数で挟撃され、呆気なく食い破られる。

 善戦していたグーガン隊へは、艦隊の最大戦速による突撃で、跡形もなくなった。艦隊は前方の2個艦隊と合流するコース・・・ではなく、絶対守護艦隊の陣より、シラン本星から見て遠くの衛星軌道へと進行する。

 絶対守護第一、第二艦隊は全主砲を小惑星群へと向けるため、艦の側面を見せ隊列を組んでいる。その艦隊の後方へと、オセロット王国軍2個艦隊が回り込んだ。小惑星群とオセロット王国軍艦隊による十字砲火の陣形だった。

 主砲と比較すると副砲は威力、射程距離共に劣る。しかもシラン帝国軍の宇宙戦艦の副砲と、オセロット王国軍の主砲であれば比較にならないと言って良い。今まで重ねていた我慢を解放するかのように、オセロット王国軍の艦隊は、過激で熾烈な攻撃を容赦なく浴びせる。

 罠にかかった獲物のように絶対守護の第一、第二艦隊は、もがき逃げ道を探る。大気圏への突入は、シラン本星に小惑星の衝突までの時間稼ぎにしかならず、確実な死が待っている。それならば、大気圏と反対方向へと敗走するしかない。

 しかし唯一の敗走先は、オセロット王国軍2個艦隊の攻撃開始から1時間もしない内に、塞がれてしまった。貧弱なるグーガンウェブ内で、ストレスを溜め込んでいたオセロット王国軍の1個艦隊が到着したのだ。

 ストレスの発散は、主砲と誘導ミサイルによって盛大に行われた。相当なストレスを溜め込んでいたようで、大シラン帝国軍の宇宙戦艦は1隻も突破できないでいる。シラン本星の上方へと進むには、重力の抵抗を振り切る必要もある。

 戦闘時間の経過と共に絶対守護の宇宙戦艦の主砲は融解し、10キロメートル級の小惑星への攻撃から続く緊張が将兵の心身を消耗させた。

 とうに戦争でいうところの部隊の全滅は越え、1隻残らずの殲滅へと時間の問題となっていた。

 宙に輝くは、オセロット王国軍の宇宙戦艦の主砲か、絶対守護の宇宙戦艦の爆発という戦況だった。

 この戦況を眺めながら、技術班として同行している、オセロット王国軍研究開発本部所属の伊吹大佐が呟いた。

「予想通り過ぎて、すっごく退屈だね」

 大型輸送艦”カナガワ”には、輸送船団の旗艦として機能するようコンバットオペレーションルーム”CORM”び司令室機能が併設されている。伊吹大佐の言葉は、そこの将兵たちに程よい緊張と実戦データ収集の開始を予感させたのだった。

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