第1章 絶対守護絶体絶命 6

 アゲハのコントロールルームの巨大メインディスプレイに、絶対守護と大シラン帝国軍の艦隊が映し出されている。そしてセントラルホログラムには、敵味方の陣形とシラン本星をデフォルメして表現している。

 9時を過ぎたので、いつ戦端が開かれてもおかしくないのに、琢磨は他人事のように珈琲を片手に親子の会話を愉しんでいた。会話内容は不穏極まりないものだったが・・・。

「どうやら小惑星落としには、気づけたようだね。だけど、対抗策は最も愚かで破滅的かな。僕の計画なのに、僕が参加しなくても良くなりそうなんだからさ」

 琢磨は上機嫌だった。

 珍しく何も感覚拡張していないばかりか、クールグラスすらかけていない。戦場全体に緊迫した空気が流れている中、琢磨は明らかに弛緩している。

「お父様は自分が楽になるからって、凄く嬉しそうですね。だからって、手は抜かないでください」

「オセロット王国の将兵の生命がかかってるんだ。大シラン帝国に、一切の手加減なんてしないさ。敵の全てを磨り潰し、灰燼に帰させるとしようか・・・」

 琢磨は大シラン帝国軍ではなく、大シラン帝国と表現した。それは、シラン本星の標的も含めているからだ。彼の価値観は施設や資源などより人命が優先である。しかし人命の中にも優先順位があり、明確に線引きされている。

 最優先がオセロット王国の王族と民間人。次からがオセロット王国の軍人、大シラン帝国の民間人、大シラン帝国の軍人、大シラン帝国の封家と皇帝家である。

 当然と言えば当然の優先順位であるが、オセロット王国の軍人が1人戦死するのと、大シラン帝国の民間人が100人死亡する場合でも順位は変わらない。オセロット王国の軍人が1人生き延びるのを、琢磨は迷わずに選択する。

「それは、敵兵を全滅させるってことですね?」

「正確に表現するなら、殲滅かな」

「パパ、それはあまりに・・・酷いような気がするわ」

「敵を殲滅するより、ある程度で降伏勧告を出して欲しいです」

「そうだわ。パパなら大勢の人の命を救えるもの」

「大勢の人を救うなら、大シラン帝国の敵兵は殲滅しないとね。中途半端に敵戦力が残存できるような戦闘だと、オセロット王国軍の将兵の被害が大きくなる。僕の心情的にも双方の人数的にも、敵戦力殲滅を選択するべきなのさ」

 人命の優先順位を心情的にと表現したのだが、娘2人には誤解されたようだった。

「心情的にとはどういう意味ですか? お父様がロジカルな理由以外で、戦争終結への選択肢を狭めると思えませんが。・・・もしかして、作戦計画に想定範囲から外れる選択は、心情的に許せないとかですか?」

 恵梨佳の琢磨に対する評価はあまりにも的確だった。しかし台詞の中身は、実の父親の対する評価としては酷い内容だった。

「パパ、それはあまりに・・・酷いような気がするわ。心情よりも人命を優先するのが、オセロット王国の人道的見地な訳で・・・えっと、パパの王族としての器の大きさを披露してはどうかしら?」

 遥菜の評価も酷かった。

 取りようによっては、暗に今の琢磨の器が小さいと言っていた。

「ええ、全く遥菜の言う通りです。お父様の寛大な御心を、大シラン帝国の臣民に知らしめる良い機会だと思われます。民間人の犠牲を出さないためにも、戦線の拡大は避けたいですよね」

 娘2人のあまりな評価に、一瞬だけ不機嫌な表情となり、流石に誤解を解く必要性を感じたようだ。琢磨は何時ものように、自分の頭で考えさせ、答えへと導くように話し始める。

「戦争に民間人は巻き込まないのが大原則さ。その上で考察してみようか?」

 珈琲で喉を潤してから、恵梨佳と遥菜に問う。

「降伏勧告の間、損傷した宇宙戦艦やビンシー、グーガンはどうするかな?」

「・・・戦線から離脱して修理します」

「どこでかな?」

「多分、絶対守護になるわ」

「そして彼らは降伏勧告を受け入れないさ。将校の多くは封家に連なる者で、階級が上の将校になればなるほど封家の割合が多くなる。彼らが僕の出した降伏条件を受け入れるかな?」

 大シラン帝国の中央は腐り切っている。有能で高潔な人物が一時的に主導権を握り、降伏を受諾したとしても、何処かの時点で皇帝家か封家が暴発する。その時、高潔な人物と降伏受諾を主導した一派は、残酷に殺害されるだろう。

 そして暴発するような輩は周囲への影響を考えもせず、自分に都合の良いタイミングで暗殺を実行する。誰が陰謀を巡らせているか分かればタイミングを予期もできるが、誰もが陰謀を巡らせているような状況では、有効な対策は不可能に近い。

「お父様、条件の譲歩はできないのですか?」

「ムリだね」

「パパ。どうしてもなの?」

 信用できない相手に譲歩などあり得ない。

 譲歩などしたら次から次へと要求が増え、時間を稼がれ、裏切りの準備をされるのが落ちだろう。

 過去、大シラン帝国はオセロット王国に対し欺瞞、虚言、捏造など、ありとあらゆる不誠実を働いてきた。過去にオセロット王国軍は、偽りの停戦という謀略で、多大な損害を受けたりもした。

 それにオセロット王国は、自らを譲歩できない状況にしていた。

「降伏条件は大シラン帝国全土に放送し、階級制度から解放されると期待した臣民の信用を失うよね。そうすると、オセロット王国が次期大シラン帝国政府の後ろ盾となっても、治安は安定しないだろうね。民間人にも多数の犠牲者がでるし、最終的にトータルの犠牲者数は、この戦場で帝国軍を殲滅するより多くなるのさ」

 恵梨佳と遥菜は、諦観と納得の入り混じった複雑な表情で、琢磨に殲滅方針に理解した旨の返事をしたのだ。琢磨たちと同じくコントロールルームにいて、ついさっきクまでロー達は潜入作戦計画の確認をしていた。

 確認を終えたので、ソウヤ達4人は琢磨親子の会話に加わった。

「とても親子の会話に聞こえないってのは置いておいて、世の中には不測の事態ってのがあるんだぜ。そんなに琢磨さんを褒め称えてると、後で恥かくかもな」

「ソウヤは、どうしてもケチつけないと気が済まんのだ。我に主役の座を奪われたからといって、縁起の悪い剣呑な予測なんてするな。言霊というのがあるんだぞ」

 ソウヤを責める時の語彙力に関しては定評のあるクローの意見を無視し、ジヨウはソウヤに尋ねる。

「何か根拠があるのか」

「明確な根拠はない・・・まあ、勘だぜ」

「作戦の開始時に不適当な発言だわ。根拠がないなら、黙ってればいいのに、ね」

 ソウヤを貶してでも話しかける姿勢に関しては定評のある遥菜が、レイファに同意を求めた。

「でも、ソウヤの勘て当たるんだよね~。とくに悪い予想ほど」

「それは、聞き捨てならないね。ソウヤ君さ。キミの根拠なき勘を、明確な根拠ある勘にするよう、戦況をよく観察していおいてくれないかな。潜入作戦開始まで暇だったよね」

 ソウヤ達に過大な仕事を与えるのに関しては定評のある琢磨が、悪魔の微笑を浮かべ優しい口調で申しつけた。

「琢磨さんから与えられた課題もあるぜ」

「戦況観察が最優先さ。もちろん睡眠より課題の方が優先順位は上になるね」

 失敗したとの表情のソウヤに、遥菜は追い打ちをかける。

「余計な事、言うからだわ。課題ぐらいは指導してあげわよ」

 義務教育の単位を取得するため、ジヨウだけでなくソウヤとクロー、レイファも琢磨の研究開発を手伝っている。ジヨウは既に、オセロット王国の研究成果フォーマットへの記入は手慣れたものであったが、人に指導している余裕はない。

 恵梨佳は秘書のような立ち位置にいるので、研究成果フォーマット記入方法は詳しくない。しかし遥菜は、琢磨の負担を減らそうと散々手伝ってきたので、フォーマットへの記入方法を完璧に習得していた。

「いやいや、遥菜はソウヤ君の勘が、無意識の気づきであったか、出任せであったかを、ソウヤ君と共に戦況を分析しようか。僕は、自分が相手に対して発した言葉には、責任が生じると考えている。謝罪と撤回をセットで相手に伝えないなら、その言葉の責任をとるべきなのさ」

 遥菜の心理の裏側にどんな感情があろうと、他者を貶めるような発言を琢磨は許さない。

 娘には色々と甘々な琢磨だが、人間性や品性の教育面では、寧ろ厳しいのだった。


 琢磨はアゲハのコントロールルームの自席で戦況2割、新兵器の運用状況5割、会話や食事1割、研究の構想2割ぐらいに、脳のリソースを割り振っていた。

 居残りとなったソウヤと遥菜以外は、それぞれが、それぞれ思い思いの場所へと向かった。

 ソウヤは戦況と周辺環境のデータを確認し、気になる宙域の映像を拡大したり、映像シミュレーターで角度を変更しては観察した。そうして観察と推測と熟考と重ねる。遥菜は、どうすれば良いのか全く判断がつかない為、取り敢えずソウヤを観察して、何を分析すべきか考えることにした。

 琢磨の評した小惑星落としへの最も愚かで破滅的な対抗策。その評価が現実に具体的な形になってあらわれてきていた。

 大シラン帝国軍の第一、第二艦隊が小惑星を破壊しようと転進したため、オセロット王国軍の目前でわざわざ背後を晒してしまった。オセロット王国軍は3個艦隊で追尾し容赦なく敵を削りにかかる。

 オセロット王国軍の初撃は熾烈を極めた。主砲のレーザービームが一斉に放たれ、青い直線が色鮮やかに宙を彩る。次の瞬間には、殿の敵宇宙船艦数隻が音のない宙に爆発を響かせ、レーザービームと異なる色で最後を表現した。

 大シラン帝国軍は数でも不利な上、小惑星の破壊を最優先とされている。

 この際艦隊を二手に分け、一方で小惑星を、一方でオセロット王国軍艦隊の相手をする。大シラン帝国軍の総司令部が、命令しそうな愚かな戦術を、艦隊司令は選択しなかった。

 現時点でも1.5倍のオセロット王国軍艦隊に追われているのだ。二手に分かれ1個艦隊でオセロット王国軍艦隊を迎え撃ったら、各個撃破されるだけだ。

 しかし定石通りの戦闘では、選択肢の少ない大シラン帝国軍が、オセロット王国軍に艦隊の行先を誘導されるだけだった。

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