第1章 絶対守護絶体絶命 4

 オセロット王国軍が把握している大シラン帝国の全チャネルに向け、琢磨の演説が繰り返し放送されている。大シラン帝国国民に知られたいからでも、目立ちたいからでも、露出趣味がある訳でもない。

 一度だけ演説の動画撮影に協力すれば良く、琢磨に時間を殆ど取らせない割に、政戦両略で非常に効果的なのだ。

『・・・日の9時にシラン本星と絶対守護に攻撃を開始する。オセロット王国軍としては、民間人の犠牲者を可能な限り少なくしたいと考えている。そこで攻撃目標を発表する。今、この動画の右橋に一覧を表示させている。シラン本星の民間人は、攻撃目標より少なくとも三百キロメートル離れ、地下シェルターに入ることを推奨する。また絶対守護内の民間人は、シェルター区画への避難を推奨する。こちらで把握しているシェルター区画への攻撃は控える。ただし宇宙戦艦など、宙で遊弋している兵器にいる者は軍人と判断する。むろん攻撃目標の一覧にも記載しているが、最優先殲滅目標としている。最後に繰り返しとなるが、大シラン帝国政府に降伏勧告する。降伏の条件は、皇帝一族と封家一族のシラン本星での永久生活である。また、所有している全財産は没収し、政治的権限および権利は全て剥奪する。権利はシラン本星での行動の自由と生命の安全のみとする。オセロット王国側での降伏条件の履行はオセロット王国軍元帥、オセロット王国全権大使、王族”早乙女琢磨”の名にて誓約とする。攻撃開始1時間前までに、大シラン帝国の全チャネルで、皇帝が降伏受諾の放送することを求める』

 大シラン帝国が報道管制を敷いても、妨害電波を流しても、国民に全員に琢磨の演説の映像が届いただろう。何せ、大シラン帝国の全星系へと同時かつ、繰り返し配信なのだ。

 琢磨は大シラン帝国攻略の計画を、周到に準備してきた。演説の映像はオセロット王国で、優秀な映像クリエイターに依頼し、制作したのだ。オセロット王国艦隊の進軍と共に、帝国の各星系へと映像媒体を送り、銀河標準時で時刻を合わせ、一斉配信したのだ。

 配信したのは、レジスタンスのハッカー達であったり、市民生活に紛れ活動していたスパイであったり、知識層にいる反乱分子だったりだ。つまり、現在の大シラン帝国の体制に反対している者たちだ。

 暗黒種族との戦争前であれば、大シラン帝国の誇る”鉄壁の情報統制”と”疑わしきは罰して処分”の徹底により、異分子は排除されてきた。しかし、崩壊しつつある軍隊と、浸透しつつある暗黒種族によって、大シラン帝国から秩序が失われていた。その間隙を突き計画を実行に移した。

 皇帝一族と封家一族に対して、琢磨が情け容赦することは一切ないだろう。

 演説の降伏勧告の内容は、琢磨にとって最大限の譲歩である。

 次の琢磨の出番は、シラン本星の戦力が壊滅した後になる予定だった。

 進攻してきたオセロット王国軍の将校の中で、最高位の元帥である琢磨に出番がない。それも奇妙な話だが、5個艦隊の連携はパウエル中将が纏めていて、新兵器の技術支援は伊吹大佐が担当している。横から余計な口を出すと、軍の統制が乱れ、混乱を招くだけだろう。

 状況を把握できず、的外れな命令をするような無能な司令官と、琢磨は一線を画す。適材適所に人を配置し任せるべきは任せるのが琢磨であり、事前に計画の入念なシミュレーションを関係各位と実施するのが琢磨である。

 琢磨が計画進行中で予定外の命令を出すときは、作戦の失敗と判断し撤退命令を出すときだけと言われている。その命令も、政戦両略に琢磨が最初から参加するようになってからは、出したことがないのだが・・・。

 つまり今、琢磨がやらねばならない仕事はなく、研究開発で人員と設備も使用できない。かといって自由に行動して良いのは、緊急連絡が取れるアゲハ内だけである。ただし、恵梨佳を伴ってであれば、必ず連絡が取れるので移動の自由がある。

 遠征軍の中での最高位であり、全権大使として外交の代表でもある琢磨だが、意外に不自由なのだった。

 琢磨は自由になるアゲハ内で、さっきの宣言通り立体格闘技のトレーニングを、ソウヤたち相手に終了したところだった。

「今日の立体格闘技のトレーニングは終了」 

 琢磨の声が、アゲハの第3パーティールームに響き渡った。

「我が一番だったぞ」

 倒れ込むよう横になったソウヤに向かい、クローが言い放ったのだ。

「負けっぷりがな」

 ソウヤはクローへと吐き捨てた。

 クローに倒されたわけではなく、琢磨との立体格闘技立ち合いの最後の相手がソウヤだった。琢磨のトレーニング終了の宣言と共に、ソウヤは板張りの床へと身を投げ出したのだ。因みにクローとジヨウも、今は仰向けで寝っ転がっている。

 3人とも統合マテリアルスーツの上に、大和流古式空手の道着を身につけていた。オセロット王国で武道といえば柔道であり柔道着しかなかったが、生地が大和流古式空手の道着に近いものから作成したのだ。

 レイファが生地を集め、4人の中で一番感覚が鋭いソウヤが生地を選択肢、ジヨウが縫製機にデータを入力して作成し、クローが出来上がった道着に文句を言ったのだ。残念ながらクローの文句は的を射ていた為、ジヨウは何度かデータの調整をするはめになった。

「クローってば、すっごく回転してたよ~」

「しかも縦回転だとは、見事だ・・・。全く見事な負けっぷりだった」

 琢磨はアゲハの第3パーティールームを改装でなく改造して、立体格闘技のトレーニングを可能にしていた。

 パーティーより、主に立体格闘技のトレーニングルームとして使われているので、琢磨にとって改造は必然。ただ改造にかかった金額は異常に多額。パーティー会場としての使い勝手が下がったため、早乙女家の使用人は愕然。ソウヤ達は満足。

 様々な意見や異見があったが、完成した時、琢磨は費用対効果の良い改造だったと、会心の笑みを浮かべたのだった。

「違う。一番長い時間、琢磨さんと立体格闘技の立ち合いをしてたんだぞ。故に我が一番だぞ」

「パパに負けてる時点で二番以下が確定してるわ」

「回転時間を差し引けば、クローが3人の中で一番短いです。それに中の人の分析結果では、遥菜の半分以下の評価。それに3人に序列をつけるほどの差はありませんね」

「ふーん。回転ならクロー、静止ならジヨウ、中途半場なソウヤだわ」

「そうじゃないの、遥菜。評価をつけるなら、もう少し頑張りましょう、だよ~」

 レイファに止めを刺され、表面上は気にした風も見せてない3人だったが、気持ちは一様に項垂れていた。

「さて、休憩はこのぐらいにして、大和流古式空手の研究を始めようか。立体格闘技の技術で相手に何もさせず勝利するのが一番だけど、対応策を準備しておいた方が良いからね」

 琢磨に付き合わされた立体格闘技は恵梨佳、遥菜、レイファもトレーニングに参加していた。しかし、大和流古式空手の研究はジヨウ、クロー、ソウヤの3人がが実技。琢磨が時々実技に参加。恵梨佳と遥菜、レイファは画像解析が役目となっている。

 つまりジヨウたちは、ほぼ休憩なしでの訓練となる。

 3時間以上に及ぶ立体格闘技のトレーニングの後なのに・・・。

 適度な負荷を通り越しているはずなのだが、黒色の汎用統合マテリアルスーツを着た46歳の研究者には余裕があるようだった。

 立体格闘技で、琢磨とソウヤ達の間には雲泥の差がある。実力差は疲労度に跳ね返ってくる。実力が上の者は、下の者を意のままに操るように倒せるからだ。

 しかも立体格闘技は、ロイヤルリングの重力と斥力を活用した技であり、体力だけでなく精神感応レベルがモノをいうのだ。

「さて約束稽古をしてみようかな。まずはジヨウ君だね」

 虚の正拳突きから実の膝蹴りに移行した刹那、ジヨウは床へと仰向けに叩きつけられていた。

「次、クロー君」

 右の上段廻し蹴りから下段の廻し蹴りで足払い。次に胴体への右前蹴りと見せかけてから、足の引き戻す勢いを利用して左下段廻し蹴りへと繋げようとする。派手な動作だが、理に適っていてクローの高身長を活かした華麗な攻撃だった。

 左下段廻し蹴りは途中で強制終了させられ、琢磨により吹っ飛ばされ、クローは床を転がった。

「次、ソウヤ君」

 スピード重視の左上段回し蹴りを繰り出す。琢磨はダッキングで躱し、ソウヤに懐に入ろうとする。ソウヤは更にスピードを速め、右後ろ回し蹴りを中段に放つ。そこには琢磨の頭があるはずだったが、ソウヤの右脚は空を切った。琢磨はバックステップで逃れていたのだ。

 今度はソウヤが琢磨の懐に入ろうと前に出る。それを嫌うかのような左正拳突きがソウヤの心臓を狙う。しかしソウヤは、琢磨の左正拳突きを右腕で外へと弾き、お返しとばかり左拳を顔面へと放つ。

 左拳は視線を誘導するための”虚”。

 ”実”は相手の距離に応じて右膝蹴りから、右前蹴りへと変化する蹴りである。

 しかし”実”は放てなかった。

 次の瞬間、ソウヤは左腕の手首、肘、肩の関節をロックされ腹に衝撃を受けて膝から倒れ込む。ソウヤの左手首を右手で極められ、左肘に左手を添えられ、左腕を捻られ、体勢を崩されてから、琢磨の右膝蹴りを腹に叩き込まれたのだ。

「次、ジヨウ君」

 技は異なるが、琢磨によって倒されるという同じような光景が、小一時間ほど続いた。

 約束稽古を終え、4人は床に胡坐で座り込んだ。

「琢磨さん。約束稽古だからといっても、倒される方は痛いんだぜ」

「約束稽古って言えるのか? 動きが決まってるのは我らだけだぞ」

「君たちが大和流古式空手の奥義を会得できなくても良いなら、約束稽古を止めるけどね。僕は君たちに協力しているだけだよ」

 ソウヤとクローは口を噤み、ジヨウが琢磨に尋ねる。

「それでどうですか? 大和流古式空手の奥義とは何か? どうすれば俺たちが会得できるか分かりそうですか?」

「会得するのは大変だよ。約束稽古でどうにか、それらしいのを再現できるてるだけだから・・・。それに、この奥義、実戦では役に立たないだろうね」

「いやいや、師範たちは道場やぶりを撃退してました。それこそ相手は本気で、約束稽古とかじゃなく・・・」

「オレも、そん時いたけど、師範たちの強さに驚いたぜ」

「残念だった。我がいなかったときに道場やぶりがくるとは・・・。次は絶対に我が相手するぞ」

「それはムリだ、クロー」

「なんでだ?」

「オレとクローで道場やぶりするからだろ」

「おお、そうだった。迎え撃つのではなく、攻撃する立場だったな」

「攻撃したら困るね。それとも、道場に出向く前に、僕は君たちに節度とか自制を叩き込まなければならないのかな?」

「「すみませんでした!」」

 ソウヤとクローは即座に琢磨へと頭を下げた。ジヨウはその様子を見て不安な表情を浮かべるが、この時点に至っては任せるしかない。

 恵梨佳と遥菜、レイファが琢磨たちの元にやってきた。

 どうやら約束稽古の映像の解析が完了したのだろう。

「大和流古式空手とは、非常に限られた条件下でのみ有効な格闘技なんだよね。当然、奥義もそうなる。いいかい、・・・」

 琢磨はロイヤルリングを使い、壁に映像を映しながら、説明することにしたのだった。

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