第3章 マーブル先端軍事研究所 「お父様に、もう少し所長の仕事をしてもらいたいです」 3
突如として索敵システムによる警戒音がソウヤ機のコクピットに響く。
ソウヤは刹那、機体を右方向へと最大加速させていた。
考えての行動ではなく、僅かに右へと傾けていた操縦桿を思いっきり引き倒しただけだった。
だが、その行動は間違っていなかった。
直後、高出力レーザービームが機体の脇を通り過ぎたのだ。動作が遅れるか、左方向へと加速していたらソウヤの人生は終了していた。
ソウヤは、ジヨウ小隊のメンバーへと叫ぶ。
「全機散開!」
ソウヤの言葉に従い、素早く散開する。
次の瞬間には、レイファとジヨウのいた空間を、眩いばかりのレーザービームが通り抜けていった。
『衛星が・・・動いた?・・・』
呆然としたジヨウが、呟きを漏らした。
しかし、ディスプレイに映るジヨウの顔は真剣そのもので、頭脳を高速回転させている時の眼つきをしている。
ジヨウ機からのデータリンクにより、彼の頭脳と情報収集の成果が映しだされた。
サブディスプレイには攻略中の防衛衛星の他に、3基の防衛衛星が迫ってきているのが表示されている。この宙域には、防衛衛星が3基のみだったが、他の宙域から防衛衛星が移動してきたのだ。
データリンクの情報から、他の部隊でも状況は同様なのが分かる。
そして、全48小隊中11小隊の消滅とあった。小隊機能を維持できなくなったのではなく、文字どおりの消滅。すでに192機中67機が撃墜されていたのだった。
「ふっざけんなよな! 衛星軌道上から動けないんじゃなかったのかよ」
『衛星・・・動いちゃったね~』
少し固めだったが、いつもの通り心地良い甘い声音でレイファが返答した。
『ふむ。動いてしまったものは、致し方ないぞ』
内容的に気の抜けた会話をしつつも、声色は緊張感で溢れている。攻略中の防衛衛星主砲の高出力レーザービーム10連射を避け、新たに現れた防衛衛星からの10連射に備えていた。
ソウヤはイイ意味で神経が吹っ飛んでいる会話と、新たに加わった緊張感を楽しみながらも、打開策を考える。
「ジヨウ、どうかしたのかよ? 攻撃するぜ」
ふと、ジヨウから何の指示がないのを訝しく思い、ソウヤは問いかけたのだ。
しかし、ジヨウは黙して語らず、クローが口を挟む。
『新手の防衛衛星なぞ、殲滅して見せよう。我の活躍をしかと眼に焼きつけさせ、オセロット王国軍に、シラン帝国軍にクロース・ファイアットがあ・・・』
漸くジヨウが口を開く。
『OK、許可をもらった。ジヨウ小隊4機は、当宙域に出現した新規の敵防衛衛星の破壊へとミッションを変更する』
さすがマニュアル大好きのジヨウである。手続きに則り、作戦変更を申請していたらしい。
現場では、ある程度の裁量が許されている。しかし後で問題にならないよう、許可を取るあたり抜け目がない。というより、ジヨウの性分なのだろうが・・・。
ソウヤたち4機は態勢を立て直し、新手の防衛衛星へと向かった。
4発しかない大型ミサイルで、全長1キロメートルにも及ぶ防衛衛星3基を相手にする。
冷静に考えれば絶望的な戦いなのだが、4人なら何とかなる。
オレは、そう信じている。
・・・無論、根拠はない。
防衛衛星3基の攻撃火力は圧倒的で、暗い宙が昼のように光り輝く。
『クローとソウヤは防衛衛星と防衛衛星の間に位置取れ。レイファは2人を援護しろ!』
サブディスプレイには、ジヨウから送られてきた座標情報が映し出されている。
それにしても、ブリーフィングで防衛衛星の主砲は連射できない仕様になっているとの説明があった。説明していた技官は、オセロット王国の技術力が大シラン帝国より劣っている証左だと嘲っていた。
だが、3基あわせて30門の主砲が順番に高出力レーザービームを連続砲撃する様を間近で見ても、同じセリフが吐けるか?
しかも、副砲は連射可能ときている。
だが出来る! オレたちなら必ず。
「了解だぜ」
『了解したぞ』
『オーケーだよ~』
防衛衛星の同士討ちを狙った策である。ソウヤ機とクロー機は、お互いが邪魔にならぬよう、別々の防衛衛星の間に突入した。
しかし防衛衛星同士の間に位置取りしても、副砲とレールガンの攻撃に翳りはない。
「お構いなしかよ。冗談じゃないぜ」
防衛衛星の鏡面加工は、副砲のレーザービームを滑るように別方向へと反射させ、レールガンの移動砲台は、防衛衛星に当たらないように砲撃している。
『装甲が厚すぎるぞ。少しサービスが足りんな』
後衛のビンシー6は、大型ミサイルを抱えて鈍重になっている。
副砲の連射機能は厄介だぜ。オレはまっっったく大丈夫なのだが、同じ囮役のクローが心配になる。
「攻撃は、すんげぇサービスしてんぜ」
ソウヤは危なげなく砲火をくぐり抜け、焼け石に水レベルの嫌がらせ攻撃を放つ。
『クロー、ソウヤ。ミサイルを置き土産にして後退しろ!』
「難しいことを簡単に言ってくれるな。それによ、装甲に穴あけるのが関の山だぜ。防衛衛星を破壊しなくてもいいのかよ」
『作戦は失敗だ。もうすぐ撤退命令がでる。そうしなければ、特殊訓練第一期生は全滅だからな』
『・・・我は・・・りょおぉおぉぅぅうぅ・・・かい・・・だぞ・・・』
クローの返答には、まったく余裕がなさそうだった。
「・・・マジ、かよ」
オレは余裕があるからこそ、言葉を失った。
そんなにも状況が悪いのか・・・。
そんな状況にも関わらず、ジヨウの無茶な指示が飛ぶ。
『いいか。土産になるように、ダメージになりそうなところ狙うんだ!』
「ホント、難しいこと簡単に言ってくれるぜ」
ジヨウは、悪意から無茶な指示を出している訳ではない。
そのぐらい理解できるが、正直キツイ指示だ。
『大丈夫だよ~、ソウヤなら~』
『・・・わ、我・・・には・・・出来んと、でもぉ?』
明るく甘いレイファの声音にのせて、テキトーな台詞が響く。
『気をつけてね~』
いい具合に肩の力が抜けたぜ。
まったく・・・。優しく柔らかい性格にみえるクセに、気丈でしっかりした性格のレイファには、精神的に随分と助けられている。
「任せとけ! いくぜ、クロー!」
今ソウヤ機とクロー機は、無数の副砲とレールガンからの攻撃に晒されている。
ここで大型ミサイルを防衛衛星に命中させておきたい。ここで距離をとると、副砲にレールガン、主砲まで加わるという、容赦のない攻撃の嵐になる。
しかし大型ミサイルを発射する隙がまるで見いだせない。
ソウヤは照準もあわせずビンシー6のレーザービームライフルを撃ちまくるが、もはや嫌がらせにすらならない。
しかし、突如として防衛衛星からの攻撃力が落ちた。
主砲や副砲の火力が落ちた訳でもないが、攻撃の精度が突然に緩くなったのだ。
ソウヤたちには知りえないことだったが、エルオーガ軍への対応の為、ハン少将が防衛衛星への命令を変更したのだった。
エルオーガ軍への攻撃を最優先命令として受け取った防衛衛星の人工知能は、エルオーガ軍の進軍を妨害する為、移動を優先した結果、ソウヤたちへの攻撃に隙ができたのだ。
本来、オセロット王国軍の防衛衛星は準惑星上の司令室からコントロールを受けてこそ、防衛能力を発揮できる。しかし、司令室は撤退準備のため防衛衛星のコントロールまでできず、防衛衛星の人工知能だけで、帝国軍に対処するというイレギュラーがあった。それに、全武装がエルオーガ軍向けに改良されてもいた。
それらの複合要因により、ソウヤたち新兵が、防衛衛星相手に善戦できていたのである。
ソウヤは隙を逃さず、大型ミサイルをパージし、無線誘導で防衛衛星にロックオンする。
防衛衛星へと一直線に加速した大型ミサイルは、迎撃されることなく装甲を突き破って進む。大型ミサイルの姿が見えなくなってから数瞬の時をおいて、鏡面装甲の外にまで凄まじい爆発が噴き出す。
「クロー! 美味しいところをくれてやるぜ」
大型ミサイルによって、直径200メートル以上の巨大な穴をつくった。
ソウヤが防衛衛星の中心部へと道筋を作ったのだ。
『そこは素直に、我に頼めば良いのだぞ』
「じゃあー、いらねーってのかよ」
『仕方ない。もらってやるぞ』
クローも会話する余裕ができたようだった。だが、敵の攻撃を避けるのに精一杯で、進路を選ぶ余裕まではないようだ。
『クロー! 大型ミサイルをパージするんだ!』
『パージしても、命中せねば意味はないぞ』
ビンシー6から分離しても、クローには大型ミサイルを誘導する程の余裕はない。
『ソウヤにロックオンは任せろ』
『・・・ぐっ・・・貸しだぞ、ソウヤよ』
クローの声からは悔しさが滲み出ていたが、それで目的を見失うほど愚かでない。サブディスプレイを操作して大型ミサイルの操作権をソウヤ機へと委譲し、機体からパージする。
軽くなった機体で操縦が楽になった所為か、口まで軽くなったクローが戯れを言う。
『ミサイルと一緒に突っ込むんでも構わんぞ。爆発力が増すだろうな!』
ソウヤは操作権の受け取り処理を実行し、ロックオンする。
「フザけんな! あったれぇえぇーー」
大型ミサイルは、防衛衛星の大穴へと弧を描くように吸い込まれていき、完全に見えなくなる。爆炎が穴から噴き出すと共に、防衛衛星の鏡面装甲が膨れ上がった。次の瞬間、眩いばかりの無数の閃光が、四方八方から迸る。
『大型ミサイル1発か~。大きい借りになっちゃったね~』
数十秒後、防衛衛星全体がが巨大な爆発光に包まれた。
「それ以上にクロー、オレに感謝しろよ。防衛衛星1基を完全撃破だぜ!」
穴の深さが300メートル以上あると、ソウヤはビンシー6のレーダー索敵システムで知っていた。大型ミサイルの2発目を叩き込めば防衛衛星の中心まで達する。そして膨大な消費エネルギーを支える巨大な動力炉に達すると予測していた。
そこまでは推察できていたのだが、防衛衛星の爆発規模までは考えが至らなかった。
「だあぁあぁあぁあぁぁぁぁーーーーーー」
『ふぬうぅぅぅぅううぅぅぅーーーーーー』
比較的近くにいたソウヤ機とクロー機が爆発に巻き込まれた。2機は防衛衛星の軌道の内側に吹き飛ばされていく。
ソウヤとクローが叫び声に、慌ててジヨウが指示を飛ばす。
『そのまま離脱しろ! レイファもだ』
敵の防衛衛星は、まだ2基が健在であるが、ジヨウは撤退を判断したのだ。
『そんなことしたら、我らは準惑星に落ちるぞ』
『いや、準惑星に逃れるんだ。研究所を盾にしろ!』
ジヨウは指示を出しながら、ソウヤとクローを援護する。防衛衛星の標的を自分に誘導させようとレーザービームライフルを連射して、大型ミサイルも発射した。
大型ミサイルは防衛衛星に着弾する前に迎撃される。だが、ミサイルの爆発が防衛衛星を揺さぶる。それが幸いして、ソウヤ機とクロー機に向けて放たれた主砲の高出力レーザービームが外れる。
『研究所を盾に、だと?』
スナイパー用大型レーザービームライフルを乱れ撃ち、レイファも敵を牽制する。
「了解だぜ! 防衛衛星と研究所の間に位置取れ、クロー」
防衛衛星の1基を破壊したとはいえ、ほぼ無傷といって良い状態の2基が残っている。
その2基の攻撃に翻弄され、ソウヤ機とクロー機は体勢を立て直すのに苦労していた。
『レイファ、ミサイルを撃つんだ!』
『迎撃されちゃうよ~』
ソウヤ機とクロー機の体勢が調い、ようやくジヨウ機とレイファ機が合流できた。
『構わない、撃て!』
大型ミサイルを装備したままだと動きが制限され、機体の性能を限界まで発揮できない。邪魔な荷物をパージするのは、当然の判断だった。
しかし今度は、ジヨウのその指示が裏目にでた。
『りょうか~い』
発射直後に、大型ミサイルが防衛衛星の副砲のレーザービームで破壊された。
その爆発に巻き込まれたレイファ機は、錐揉みしながら搭乗者の悲鳴と共に準惑星へと落ちていく。
『きゃあぁあぁあ~~』
悲鳴ですら魅力的な声音だったが、レイファの危機にソウヤたちの表情が凍りつく。
『ジヨウ、レイファの元に行くのだ。我が殿を務めるぞ!』
「ジヨウ! クローにはオレがつく。安心していいぜ」
『帝国軍所属クロース・ファイアット、推して参るぞ!!』
3人にレイファを見捨てるという選択肢は、絶対にあり得ない。
『頼むぞ、2人とも。下で待ってるからな・・・。斬り拓け!』
『「承知」』
2人は軍隊で叩き込まれた”了解”でなく、仲間内で使っている”承知”で応えた。
マーブル軍事先端技術研究所の人員はハン少将の指揮の元、3人と宇宙船アゲハを残して、境界突破航法装置“マーブル1“の最大安全距離で無事にマーブル星系を脱出した。
如何に幻影艦隊の境界突破航法が優れていようとも、宇宙戦艦に航法装置の積み込める大きさは限られてくる。装置の移動をまったく考えず、境界突破航法の精度と距離のみを目的に開発された装置の威力は凄まじいものがある。幻影艦隊でも追いつくのは難しいだろう。
その抜け殻のようなマーブル軍事先端研究所に、帝国軍人4人が辿り着いていた。
「戦況は良くないな。全軍に撤退命令が出てるようだ」
ジヨウが集めた情報を3人に知らせた。彼らは食堂のような空間で、レイファ以外、だらしない恰好でイスに座っている。
「撤退って言われてもなぁ。オレたちには、ビンシー6が2機しかないぜ」
レイファ機とクロー機の両機ともエンジンが使い物にならない状態だった。
「早くしないとね~。でも、防衛衛星の監視網をウチたちだけで潜り抜けられるかな~」
「無理だな。とはいえ、時間はない。ゆっくりしてたら、本当に置いて行かれるだろうな」
「ジヨウんところにレイファで、オレんとこにはクロー。それで戻ろうぜ」
「ソウヤの胸で死ぬなんて御免被るぞ。我は置いていけ」
悪意ある台詞を吐くクローに、ソウヤがツッコミを入れる。
「おいっ、オレが撃墜されるのが前提かよ」
「そう・・・だな。撃墜されないでウーゴンに戻れるか・・・自信あるか? ソウヤ」
正直、あの狭いコクピットにクローを乗せたまま戦線を潜り抜け、母艦に戻れるかというと自信はない。クローも、それが理解できているから自分を置いて行けと言っている。だからといって仲間を見捨てる気は全くない。レイファも言ってたように、4人なら必ず生き残れる。
撃墜されると答える気にはならず、ソウヤは話を逸らす。
「戻ってみたらウーゴンがいないかもな、撃沈されてるってのも、あり得るぜ」
宇宙空母ウーゴンの損傷は激しく、戦線を離脱しているとの情報もあった。ただ、ジャミングと混乱の最中なので、何が正しい情報なのか全然判断できないのだが・・・。
「ここに残って、救援を待つっていうのは、どうかな~」
「食料とエネルギーがあるかだな・・・。まあ、あるとは思うが・・・」
「ここを攻め落とされる可能性があるぞ」
「どこにだよ?」
「研究所の確保が作戦目的なんだ。大丈夫だろ?」
「我らはオセロット王国だけでなく、幻影艦隊とも交戦中だぞ。幻影艦隊の目的もわからないのに、研究所が安全とは判断できぬ。仮にここが見棄てられたら、我らには緩慢な死があるのみ。皆で我がファイアット家を再興するという目的が達成できんのだぞ」
「いま、さらっとウチたちを自分の都合に巻き込んだよね~」
「クローがファイアット家を滅亡させる話は置いとこうぜ」
「そうだね~」
「そうだな」
「ジヨウまでが同意するとは、解せぬぞ! 我は第17代の当主として・・・」
演説を始めたクローを放っておき、ジヨウはソウヤに話しかけた。
「研究所を放棄したということは・・・」
「やりたい放題だぜ!」
拳に力を込め、立ち上がる。
「いや・・そうじゃなくて・・・」
「お風呂あるかな~」
「いや・・・それは・・・」
「ちょっと探してくるね~」
止める間もなくレイファが部屋を飛び出していく。
「行っちゃったぜ!」
「行ってしまったぞ」
「・・・迷子にならなければ良いんだが・・・」
「問題はそこじゃないぜ」
「そうだ! 我はまず、地図を探すべきだと思うぞ」
「それなら・・・迷子にならなくていいな」
「ジヨウ! 現実逃避してどうすんだ! 誰かいたら戦闘になんだぜ」
「よし、レイファを探しに行こう!」
3人が腰を上げた時、元気にレイファが戻ってきた。そして、甘い声音を部屋中に響かせる。
「ねぇ~。宇宙船があるよ~」
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