第3章 マーブル先端軍事研究所 「お父様に、もう少し所長の仕事をしてもらいたいです」 2

 帝国軍主力は、オセロット王国軍の第1次防衛ラインで激しい戦闘を繰り広げていた。

 シラン帝国軍の諜報部隊は、本当に良い仕事をした。オセロット王国軍にとって・・・。

「なんだ、これは・・・なんなのだ、あの兵器は・・・?」

 諜報部隊はオセロット王国軍に発見され、手痛く敗れ去り撤退したことを隠していた。そしてオセロット王国の戦力評価が、全くと言って良いほど間違っていた。

「境界顕現が終了しません。巨大なままで維持されています」

 超大型時空境界突破航法装置”マーブル1”が宇宙戦艦には不可能なほどの境界を顕現させ、長時間維持している。そして、次々に無人防衛兵器が送り込まれてくる。

 すでに300基が展開を完了して、戦闘状態に入っている。

「紡錘5型陣形だ」

 宇宙空母を中心に陣形をとる。大型宇宙戦艦が前方に陣取り、宇宙戦艦が周囲に展開する。強襲高速戦鑑は一塊になって突進する機会を窺っている。

「全機緊急発艦だ」

 宇宙戦闘機”グーガン”と人型兵器”ビンシー”が次々と発艦する。

 迎え撃つように、展開完了した無人防衛兵器がミサイルを全弾発射した。全弾撃ち尽くしたなら、補給に戻らなければならない。しかし、この無人防衛兵器には武器がもう一つある。巨大な質量を直接敵に叩きつけるのだ。無人だからこそ出来る攻撃である。

「何が宇宙戦艦が6隻だと・・・。宇宙戦艦だけが戦力じゃないだろうが」

 それもそうだろう。すぐに撤退したため、偵察など殆ど出来ていないのだ。

「サハシ少将。一時撤退を具申いたします」

 作戦参謀が焦燥感に駆られた声音で撤退を促した。そう一時とはつけているが、撤退を勧めている。それが判らないほどサハシ少将は愚かではない。

 しかし、諜報部隊に責任を押し付けるにしても、何も成果のない撤退などして良いのか?

 己の所属する軍閥に功績をもたらすため、腐心して勝ち取った戦場であるが故にサハシは決断に迷う。

「し、司令官!」

 副官が切羽詰まったような声をだす。

「・・・それしかあるまいな」

 だが決定が遅かった。

 推進機関を全開にした小惑星の無人防衛兵器が、紡錘陣形に飛び込む。直径数キロメートルもある小惑星が300である。

 まともに衝突した宇宙戦艦は撃沈し、少し当たっただけの宇宙戦艦でも大破している。当然発艦したグーガンとビンシーなどは、掠っただけでも大破していった。

 開始2時間で、陣形を保てなくなっていた。

「撤退だ!」

 サハシから一時をつける建前すら失わせるほどに余裕がなくなった。

 しかし時すでに遅く、艦隊は組織だった撤退が不可能なほど分断されていた。


 シラン帝国軍が戦闘を開始した頃、ガンフェン級宇宙空母”ウーゴン”は、戦闘宙域から離れた最後方で、境界の出現位置の計測とタイミングを計っていた。

 バイ・リールラン大佐の耳にも苦境が届いている。戦略戦術コンピューターには、ほぼリアルタイムに自軍のグーガンとビンシーが数を減らしている。

『特殊訓練生に告ぐ。本艦は約1時間後に境界突破しビンシー全機を発艦させる。直ちに発艦準備を完了させよ。目標は準惑星上の敵基地。研究施設は極力破壊せず敵戦力のみ撃滅せよ』

 本当の戦場を知らないリールラン大佐には、理解不能なようだ。

「自分の言ってること、理解出来てないぜ、あの女。敵基地と研究施設の区別方法を明示してから言えってんだよ」

 リールラン大佐の艦内放送にツッコミを入れたソウヤに、クローが意見を述べる。

「ジヨウに押し倒され、縛られたあたりからおかしくなった、と我は推測するが・・・」

「人聞きが悪いだろ、おい!」

「まさかジヨウにぃ・・・」

 レイファが両手を口許にあて、驚愕の表情を浮かべたが、目は笑っていた。

「まてまて。あの時、レイファも手伝っただろ」

 いつものように、4人はジヨウの部屋で、ぐだぐだミーティング中だった。

「そうだったね~」

「そんなことより、今日の初陣は、生きて帰ってくることに集中するんだ。まず生き残らないと脱出計画どころの話じゃないからな」

「我が3人とも護ってやるから安心するが良いぞ」

「ホントに~。一番初めに撃破されない~?」

「だがよ。今回が最初で最後のチャンスかもしれないぜ」

「今回でなくともチャンスは必ずくる。焦らずに、かといってチャンスは逃さずにモノにするんだ。いいか、みんな。合図は俺かソウヤがだす。作戦コードは”脱出”作戦開始コードは”斬り拓け”だ。・・・おい、聞けー!」

 ジヨウの話を途中から聞かず、ソウヤたちはノンビリと菓子を摘まんでいた。

「ちゃんと聞いてるよ~」

「聞いているぞ」

「もう聞きたくないぜ」

 レイファとクローは一応建前を優先したが、ソウヤからは本音が漏れた。

「重要な話しだろ。特にソウヤは聞け。お前は重要な役割を負ってるんだからな」

「でもよぉー。今までに十回以上は聞かされてんぜ」

「反復が、いざという時でも動けるようになるんだ。立合いでもそうなるようにな。練習は裏切らないだろ」

「そんな練習してないぜ。まぁージヨウが寂しくて、化けて出たら何回でも聞くぜ」

「よし、それなら・・・ああ? その俺、死んでるよな?」

「そうだね~」

「うむ、両者が納得したなら致し方あるまい」

「ああ、納得したぜ」

「いやいや、おかしいだろ」

 この、ぐだぐだミーティングから1時間後、ソウヤたちは宙の人となっていた。


 すぐに執務室に戻った琢磨は、自分の研究開発成果をアゲハに搬送するよう”中の人”に指示し、マーブル軍事先端研究所の状況を把握しつつ、脱出の為の様々な設定をしていた。

 ロイヤルリングとコネクトを通して命令しているので、何もしていないように見える。しかし琢磨は、濃密な作業を休憩なしに3時間以上続けていた。

 突如として、警告音が彼の広い執務室に鳴り響く。

 雑然としている部屋の一ヶ所に、10メートル四方の広いスペースが空いていて、立体映像が表示された。映像には、第2防衛ラインと第3次防衛ラインの間に艦隊が顕れたことを示していた。

 正確な表現をすると、境界顕現が確認されたが、通常のレーダー索敵システムでは何も検知できていない。質量体及び重力波測定システムに反応があるだけだった。

 つまり見えない敵であるエルオーガ軍が、境界脱出して侵攻してきたのである。

 琢磨は、すぐさま司令部に連絡をとった。

「ハン少将、忙しいところ悪いね」

「エルオーガ軍のことですか? それなら、こちらからも連絡するつもりでした」

「緊急脱出計画を実施するしかないね」

「同感です。直ちに脱出いたします」

 既に研究設備と生産設備の積み込みは完了し、民間人の収容も終わっていた。

 しかし、防衛人工衛星や要塞に、ミスリル合金の研究成果をふんだんに装備させている。兵器テストを兼ねて・・・。それらの研究成果を破壊する準備が出来ていない。

「人命第一で、気をつけて脱出してもらえるかな」

 気楽に琢磨が手を振ると、ただでさえ厳ついハン少将の顔が更に強張る。

「何を仰っているのですか早乙女理事長! 早く宇宙港に来てください!」

「僕は理事長だし、自分の都合もある訳だから置いて行ってくれて構わないかな」

「ならば、戦艦5隻を護衛に残します」

「ハン少将、僕にはアゲハがある。アゲハほど高性能な宇宙船は、マーブル星系には存在しない。つまり僕の方が、オセロット王国への帰還確率は高いかな。それに国王は、トップが責任を果たさないで逃げ帰ることを良しとはしないからね」

 確かにアゲハは高性能だ。一つ一つの装備は最新で、通常航法と時空境界突破航法は、オセロット王国で最高性能である。

 しかし、戦闘艦ではない。アゲハの半分は研究設備、パーティー会場、その関連施設で占められている。時空境界突破航法ではエルオーガ軍に劣り、戦闘力では宇宙戦艦に敵わない。機動力は偵察用高速宇宙戦闘艇に負ける。そして搭載機数と艦載機運用力は宇宙空母より圧倒的に劣勢である。

「少将は少将の使命を果たしてくれればいいかな。僕は僕の使命を果たすとするからね」

 ハン少将は顔の表情が引き締まり、オセロット王国軍流の最敬礼で少将は応えた。

 琢磨は答礼すると同時に通信を切った。


 ソウヤの研ぎ澄まされた感覚が、精確にジヨウ、クロー、レイファの位置を捉えている。4機が訓練同様見事な編隊を組んで、計画通りに進撃している。

 第一次攻撃目標の敵防衛衛星は、目前にまで迫っていた。

『いいか、敵主砲の射程に気をつけるんだ。掠っただけでも大破するらしいからな』

 ジヨウから注意が飛んだ。

 敵の防衛衛星は、大型戦艦以上の威容を誇っている。大口径の主砲が10門、連射仕様の副砲は、それこそ無数に配備されている。

 それに副砲といっても、直撃すればビンシーやグーガンを一撃で屠る威力がある。

 しかも120基ある防衛衛星は、3基1組でお互いを防御しながら、準惑星を防衛する体制になっている。

 ソウヤたち特殊訓練第一期生192機は、6小隊24機を1組として防衛衛星に攻撃を仕掛ける。合計8組が敵研究所上空の防衛網に穴をあけ、降下する計画であった。

 無論、シラン帝国軍は作戦もなく攻略を仕掛けるほど無謀ではない。

「どうせなら、副砲の射程内まで行ってもイイぜ」

『仕方ない。我もソウヤに付き合うぞ』

『2人ともダメだよ~。そっちは危ないから~』

「危険は承知の上だぜ」

『そうじゃない。俺たちは後衛だろ!』

 ジヨウの言う通り、ソウヤたちは後衛である。

 防衛衛星1基に対して、2小隊8機のビンシー6が担当している。前衛1小隊、後衛1小隊でチーム分けされている。

 後衛チームのビンシー6は、ミサイルを一発装備していた。それは、戦艦に配備されている20メートル級の大型ミサイルで、ビンシー6の左前腕部に固定している。

 その姿は、機体を武骨から無骨へと、より不格好なフォルムにしていた。

「そうか、さあ行こうぜ」

『話を聞けぇー! ダメだ!』

『これは、明らかな配役ミスだぞ。我らが前衛であるべきなのだ』

『俺たちの役割は、大型ミサイルを発射して敵の衛星にトドメを刺すんだ。配役的には最高だろ。いいか、クロー。前衛が防衛衛星に取りついたら、副砲の射程ギリギリまで接近して援護と陽動。防衛衛星の攻撃力が半減したら、大型ミサイルを確実に命中させ最低限攻撃力を奪う。可能ならば動力炉に命中させ、防衛衛星を完全破壊する。衛星を破壊さえすれば、安心して準惑星に降下できるんだ』

 つまりビンシー6の通常装備では、敵の防衛衛星を破壊できない。後衛が後生大事に運んできた大型ミサイルが切り札になるのだ。逆に言うと、大型ミサイルを防衛衛星に打ち込む前に、後衛のビンシー6を撃破されたら作戦は失敗となる。

『ジヨウにぃ~。ソウヤもクローも、作戦内容は理解できてると思うよ~』

『理解できていても守る気がないんだ、コイツらは!』

『うむ、如何にも。そんなものは、自明の理であるぞ』

「論じるまでもないぜ」

 そう言いつつもソウヤとクローは、ジヨウの判断を受け入れて行動している。軍の作戦を遂行しているのだから、当然の結果ではあるのだが・・・。

 ジヨウたち4機は、敵防衛衛星から前衛4機を援護するため、編隊を組んで攪乱戦術をとる。

 ソウヤとクローは主砲の射線を避けて、副砲の射程距離ギリギリを飛行して敵に無駄撃ちさせる。ビンシー6の右手に持ったレーザービームライフルを防衛衛星に向け連射する。

 そうやって衛星の攻撃を、ソウヤ機とクロー機に誘導する。

 スナイパー用大型レーザービームライフルで、レイファが正確に敵の副砲を一門ずつ潰していく。いつもと変わらない「えいっ」「や~」「ん~?」という気合の入っていない掛け声と共に・・・。

 ジヨウは他の2基の防衛衛星の動向を注視し、ソウヤたち3人の機体へと座標指示をデータリンクする。

 ソウヤたちは、後衛の仕事を完璧にこなしている。

 そして前衛は、防衛衛星の鏡面加工されている堅い表面装甲に取り付こうとしている。

 チェーンソーブレードで穴をあけ、ミサイル誘導装置を取り付ければ後衛と交代である。そして後衛が、大型ミサイルを防衛衛星の内部に撃ち込めば、攻略完了である。できればだが・・・。

 ソウヤは防衛衛星に攻撃を命中させた直後に距離を取る。

 さっきまでソウヤ機のいた場所に、防衛衛星の主砲10門による高出力レーザービームの連続射撃が通り抜ける。

 それをソウヤ機は鮮やかに避けきった。

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