幕間『 』


 ホイッスルが鳴り響く。

 試合は圧勝。一度のセットも奪われることなく、私たちは勝利した。

 よくやった、すごいとはやし立ててくるチームメイトを他所に、わたしの意識は全く別のところへ向けられていた。

 何度も、何度も何度も視線を向けた観客席。そこにはさきほど見かけた彼の姿はやはりなく、ただ誰とも知らない人の顔が代わる代わる私に向けられる。


 違う。

 そうじゃない。

 チームメイトに褒められるのも、勝利を分かち合うのも嬉しい。

 自分で決めた得点の数は覚えていないけど、それらの感触は未だ手の痺れとして残っている。

 最高の勝利。練習試合であれど、長年伝統となっていたライバル校との試合。そしてその勝利は先輩たちの悲願でもあり、一つの目標だった。そこに微力ながらでも加われたことは誇らしくもあるし、また嬉しくもある。


 だけど違う。

 そうじゃない。

 普段なら笑顔で受け入れられるはずのそれらも、今はただ虚しいばかり。

 ようやくの晴れ舞台。努力というにはまだ足りないかもしれないけど、それでもこれは自分の頑張りの成果だとも思う。


 それらをただ、見ていてほしかった。


 チームメイトでも、先生でもコーチでも、家族でも友達でも、誰でもない。

 ただ彼に見てほしかった。

 それだけ、だったはずなのに……。



『満足はできたのかい?』



 頭の中で声がする。

 少し前に知り合った、不思議な声。

 私はその声に、ただ首を振る。



『そうか……。それは、残念だったねえ』



 ただ淡々と、思ったことを告げてくれる。

 優しくはない。ただただ冷たい声だけど、それが妙に心地良い。


「ねぇ。ここで始めよ」


『……よいのか?』


「うん。もう、いいかなって」


『そうか』


 その声は少しの沈黙を保って。


『後悔はないのか?」


 と、返してくれる。


「後悔は、きっとします。でも、ここで何もしなくても、きっと後悔すると思うから」


『……そうか』


 さきほどと同じ、それだけの返事。

 でも、その声はさっきより、どこか寂しそうで。



『では始めようか。我とお前の――』


「うん。夢の始まり」



 その台詞を皮切りに、地面が光る。

 夜のとばりが茜色の空を覆い尽くし、さながらそれは、御伽噺に出てくる茨の森へと変化した。


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