第二話『図書委員』


 園咲八重。本校一年にしてバレー部エースアタッカーを務める、黒衣と満月のクラスメイトである。

 その丁寧な口調のイメージ通りの成績優秀な生徒で、生真面目な性格と自身の強い希望もあって我がクラスの学級委員長も務めている。いわゆる優等生というやつだ。

 活発な印象をそのまま閉じ込めたような栗色のショートヘア。小動物のように丸い双眸。そしてモデルのようにころころとした小顔。というなかなかに小憎たらしい容姿をしている八重は、クラスに限らず学内の多くの男子から密かに人気を集めている。その上その一五〇センチ未満の小さな体躯に似合わない大きく張り出た胸は、一部の層の男子に大変人気らしく、聞くところによるとファンクラブなるものまで創られているのだとかなんとか。

 それが黒衣の幼馴染み・園咲八重のプロフィールであるのだが。


「で、何で俺たちは図書館こんなところに来てるんだ?」


 黒衣はあまりにも当然な疑問を、同伴する二人の友人――満月と八重に不満げに呟いていた。


「さっきも言ったじゃないですか。図書委員会の手伝いをしてもらうって」


 確かに、その話はすでに聞いている。

 ここへ来るまでの道中に、ことのあらましは八重から聞き及んでいる。


「それは聞いた。確かに聞いた」


 夏休みまであと僅かというこの時期、数多くの運動部にとっては夏の大会を間近に控えた大切な時期だ。当然、それは県内でも強豪に数えられるうちのバレー部にとっても同じことで。特に今年は、一年にしてエースアタッカーを務める八重の活躍もあり、県予選を難なく優勝。八月上旬に待ち構えた地区予選でも熱い期待が寄せられており、数年ぶりとなる全国大会出場なるか、とまことしやかに囁かれている。


 だがそこで問題になるのが図書委員としての業務だ。


 言い忘れていたが、この学園における八重の肩書きはクラス委員長とバレーボール部エースアタッカー、だけではない。

 問題児である黒衣と満月と対峙しているところをよく目撃されるため、その役職を生徒会や風紀委員などと勘違いされることも多いが、八重の本当の所属は『図書委員会』である。

 そしてそれは、この学園において優等生エリートに分類される役職の一つなのである。

 通常『図書委員』と言えば、それは学内の図書を管理・運営するためだけの、言ってしまえば地味な委員会だ。決して華やかな印象は抱かない。

 だがこの学園においては、その印象は些か異なる。

 黒衣や満月、八重が通うこの音戯学園は県内でもそれなりに知られた進学校である。その理由はいくつかあれど、やはり特筆すべきはこの図書館だろう。

 数にして約九百万冊以上。それが、ここ音戯学園内図書館の蔵書量だ。

 この数は日本第二位の蔵書量を誇る『東京大学付属図書館』に勝るとも劣らぬほどの数である。

 そんな超大な蔵書量を持つ図書館は当然のごとく巨大であり、本の数を増やすうちにさらに縦へと伸び、挙げ句の果てには地下にもその身を伸ばしていく始末。

 そして現在、戦後から続くこの学園の歴史を巨大化という形で築いてきたこの図書館を、生徒たちはいつしかこう呼ぶようになっていた。


 『図書館塔』と。


 そしてそんな図書館塔を管理するのは付属校の頃より教職員の推薦・選抜された成績優秀な生徒たちであり、本校生で未だその役職に就けているということは、それは優等生の中でも選りすぐりの生徒であるという証明なのだ。


 そして八重もそんな図書委員会の一員なのだ。優等生集団と言われるだけあって図書委員会が担う業務は膨大であり、それは当然ながら夏の大会を勝ち進むバレー部員の八重であっても、図書委員である以上存在する。

 そこへついでのように発生した図書委員の人手不足が重なり。

 結果、練習時間を確保しなければならない八重は、暇を持て余しているだろう黒衣と満月の二人に委員会業務の協力を依頼しに来た、というわけなのである。


(依頼というよりは、半ば強制みたいなもんだったろ)


 内心でそう呟く黒衣だが、


「何か言いましたか?」


 にこり。とそれを察した幼馴染みが一声暗黒微笑。

 ちくしょう。笑顔だけを見るなら普通に可愛いというのに。その後ろに漂うドス黒いオーラが見えてしまって普通に恐怖しか感じない。


「いや、それよりもだな。俺が聞きたいのは、何で一般生徒である俺たちが図書委員の手伝いなんていう面倒極まりないことをせにゃならんのか、って話だ」

「なんか、すっごく今更ですね」


 確かに、現場までのこのことついてきておいて今更それを言うのかと自分でも思うが。


「諦めろ黒衣」

 と、そこで隣からまさかの無条件降伏要請が。

「諦めるのか満月! 切れたナイフと呼ばれたお前が、女に使われて本の整理なんて退屈間違いなしの面倒事を押しつけられてもいいって言うのか! それともお前は本当に八重の味方だったってことなのか?」

「んな呼ばれ方された覚えはねえ。ただまあ、どっちの味方かと問われれば、俺は迷いなく女の方に付くけどな」


 ニヤリと、そんなことをあっけらかんと言ってのける。

 これだから女にモテる連中は好かないんだよ。


「正直、家に帰っても特に予定はないし、勉強なんかするよりは、まあ少しは我が校に貢献しておくのも悪くはないと思っただけだ」

「貢献て……、お前からもっとも縁遠い言葉だな」

「ま、今更逃げたところで遅いって話だ」

 

 それは……、確かにそうかもしれないが。


「うんうん。クロからも快く同意を得られたところで」

 快く?

「時間もないことですし、早速作業を始めましょうか」

「へぇーい」

「仕方ねぇな」

「は・じ・め・ま・しょ・う・か?」

「了解しやした」

「アイアイサー!」

「よろしい」


 女には敵わないのだとそう思い知らされながら、黒衣と満月は図書委員の手伝いを開始するのだった。

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