第101話 ベイゼムとエファトナ

 魅惑の町『エファトナ』。


 腹ペコベイゼムの胃袋を満たす為、あたし達はここでお昼をとることにした。


「ここエファトナは、芸術アートの町なんだぜ?」


 そう言って、見るからに辛そうな赤いソースの乗ったタコスという料理をがっつくベイゼム。


 チリをふんだんに使ったメニューの中で、あたしでも食べられそうなものをベイゼムに頼んで貰った。


 店の従業員の「赤? それとも緑?」って質問はどうやらこのチリソースの事だったみたい。


 アボカドの乗った、ポソレと言う名の具だくさんスープは辛い料理に慣れないあたしでも美味しい料理だった。


「アート? そう言えば、この町。至るところにカラスや牛とかの彫刻が置いてあるわね? あと、風船! お祭りでもあるの?」


「動物の銅像は、ま、精霊信仰の影響マルだな。ここは精霊教会の本山だから……。風船はここの名物さ。ここはバルーンの町でもあるからな!」


「バルーンの町?」


「ああ! この町エファトナを中心としたここら一帯は風の祝福を受けた土地なんだぜ?」


「風の祝福?」


「竜巻が産声を上げると呼ばれる、風の谷『サスナックの谷』。その西、王国本土最高峰の通称『天空山』――ジェイアントル山のある山岳の町『オダロロック』、さらに南、空石の産地で有名な、ここ魅惑の町『エファトナ』、その西、風食いの谷『キネオフ渓谷』と北東から南西にかけて、時には逆向きに吹く、マナの強い風の通り道。ここら一帯を『風の祝福ウィンドブレス地方』って呼ぶんだ」


「ウィンドブレス地方……風の通り道……」


「ああ。昔からここら辺は特別な風が吹くって言われててな……ま、言ってみりゃ『風の竜脈』ってわけなんだな!」


「竜脈……つまりマナが濃いって事よね?」


「風のな! つまり、俺達風使いにとっちゃ格好のフライトスポットなのさ」


「風……それが風船に関係が?」


「精霊信仰の中でも、特にここらは風精霊シルフへの信仰が強くってな……秋祭りに、風の恵みと収穫を祈って、風船に自分達の風――つまり息を捧げて風に流す『風船流し』って風習があるんだ……ああやって軒先とか店先にくくってる風船には、豊作だとか商売繁盛を祈ってやってる――風の信仰の名残みたいなもんさ、ま、どっちかってーと今は信仰うんぬんより町の名物って感じで飾り付け程度にやってる家も多いしな! それに、風船流しの方も今じゃめっきりバルーン祭りだしな!」


「バルーン祭り?」


「ここエファトナの名物の一つさ! 今のエファトナの秋祭りはな、“気球”の祭典マルなんだぜ?」


「気球?」


「もともと、このエファトナってのはエファトナ織りっていう色彩豊かな織物と、空石――つまりターコイズが名産でな……その名産品二つと、この風の恵みの土地の特色を活かしたのが、気球の祭典バルーンフェスティバルなんだ」


「いや、その気球って何なの?」


「でっかい風船さ! 風のマナを込めたでっかい風船。そこにかごをくくりつけて、人を乗せる巨大な風船――それが気球さ!」


「人を運ぶの? 風船で?」


「そうさ。ウィンドブレス地方ならではの職人、気球技師って風使いの魔法使い。そいつらが流行らせた風まかせの移動手段。それが気球。バルーンフェスティバルってのは、その腕利きの気球技師達の大会なのさ! それが今のエファトナ名物の目玉と言ってもいい!」


「風使いの魔法使い――それで空石を使うのね?」


「そういう事! ここらは王国一のターコイズの産地だからな」


「へー、風船のお祭りか。面白そうね!」


「風船の方は、エファトナ織りの織物職人達が腕を競って、カラフルなやつを仕立てるんだ。その中でも魔法を織り込んだ布製の気球は特に重宝されるんだ……ま、エルテスと並んで、ここも『魔法の仕立屋マジックテーラー』が多いからな」


「マジックテーラー?」


「ま、俺にとっちゃ商売敵しょうばいがたきでもあるんだけどな……」


「商売敵?」


「ここらで一番のマジックテーラーは、『風のラファーリン一家いっか』――エルフの中では、歴史ある『空飛ぶ絨毯職人』の一門さ!」


「空飛ぶじゅうたん?」


「そうさ。箒じゃなくて絨毯。この辺の風使いは、絨毯を飛行具にして飛んでるんだ。箒職人と絨毯職人――昔っから、俺達エルフの飛行具職人の中でもライバルと言っていい存在で、俺にしてみれば、親のかたきみたいなもんさ!」


「親のかたき?」


「俺さ……元々は捨て子マルでさ。親方には拾って育てて貰った恩があるん――」


「あ!」


 あたしは思い出した。


「ねえ、ベイゼム!」


「あ? 急に何だよ?」


「貴方、首の後ろに三角のアザがある?」


「ん? こいつか?」とベイゼムは首をさらす。


「どうして、知ってんだ?」


 そう、知っていた……。アイロ=フィアークで出会ったマルテロの親方のあの話を――マサムネの箒を渡したと言うベイゼムの育ての親、彼を引き取ったと言う箒職人の話を――。


「オレンジ色のくせっ毛に緑の瞳、そして三角のアザ――やっぱり貴方だったのね……」


「は? 何の話だよお?」


「貴方の親方さんに引き渡したドワーフ鍛冶、あたしその人に会って、貴方の親方さんの話を聞いたのよ!」


「ん? 親方がギルドの紹介で出会ったって言うドワーフか?」


「そうよ、子供の貴方を拾った張本人。それがアイロ=フィアークに居る『鉄のマルテロ』。アイロ屈指のブラックスミス。あたしはその人に会ったのよ!」


「鉄のマルテロ……その人が俺を拾った恩人か?」


「ええ! 貴方の親方さんの作った箒を大事にとっていたわ」


「そうか! 親方は名前も聞いてなかったからなあ……鉄のマルテロか……。うん、アイロに寄ったら礼を言わねえとな!」


「ええ、そうしてあげて! きっと喜ぶわよ!」


――ん?


「そう言えば……マルテロさんは貴方をキネオフ渓谷で拾ったって言ってたっけ……」


「風食いの谷?」


「ええ。確か不気味な谷で拾ったって……。さっきの谷だったのね……」


「なるほどな……」


「え?」


「この疾風のベイゼム様がどうしてあの谷が苦手だったのか、やっとわかったぜ……。俺はあそこで捨てられてたって訳か……俺の中の古い記憶があそこを怖がってた――そういう事か……」


 そう言ってベイゼムは最後のタコスをペロリと飲み込んだ。


「ガキの時から俺の風を食ってやがってあの谷め! ま、もう大丈夫だ! 理由がわかると不思議と怖さもなくなるもんなんだな。次からは、飲まれることもねえだろうさ! なんたって俺は疾風のベイゼムだからな!」


――やっぱりこの方がベイゼムらしいわね!


 いつもの様に親指を立てるベイゼムに、あたしは不思議と安心感を覚えた。


「それより、ベイゼム。親のかたきって?」


「あ、絨毯職人の話だったな! えーとな、父親代わりだった俺の親方はな、『万年箒まんねんぼうきのマイクワート』つって丈夫な箒作りの名手だったのさ」


「万年箒?」


「ああ! 一万年経っても使える箒の事さ。それくらい丈夫な魔法樹まほうじゅ造りの箒を手掛けてた――それがマイクワート・バレィ。俺の自慢の親方さ! 十年前に精霊様の元に帰っちまったけどな」


 それが、死を意味する言葉なんだと、あたしはなんとなくわかった。


「俺達、ブルームクラフターは、箒の――木の持つ力を信じてる。元々、魔法使いの飛行具は、絨毯なんかよりも、箒の方が歴史が古いんだ。ラファーリンどもが絨毯を流行らせちまったけどな……。絨毯の方が見栄えがいいってだけの理由でさあ……」


――まあ、確かに空飛ぶ絨毯に座る方が、わざわざ股がる箒よりも、見栄えはいいかもね……


「でも俺の親方は本物のブルームクラフターだ。ノジェーロじゃあ、親方を箒の巨匠ブルームマイスターと尊敬されるくらいにな。で、親方は箒の魅力を、木の持つ力をラファーリン一家にも知って貰おうと自慢の作品を売り込みに言った……。なんてったけな……親方の自信作……マ、マサ、マス――」


「マ、マサムネ?」


「え? どうしてそれを?」


「あ、いえ、続けて」


「あ、うん。その自信作を持ってった親方は、ラファーリン一家には門前払いだったそうだ。『田舎者の作る下品な箒なぞ、貴族の股がる者ではない』ってな」


「貴族?」


「ああ……ラファーリンってのは元々はエルフの中じゃ名門の貴族の家柄マルだからな……」


――ラファーリン? どこかで聞いた様な……


「結局、ラファーリンに認めさせる事なく精霊帰りしちまった親方の無念――俺が魔法樹造りの箒にこだわる理由はな、親方の無念を晴らす為なんだ」


――親の無念か……あたしとおんなじね……


「でも貴方の作る箒をアズアズフィーフィは気に入っていたわね!」


「へへっ。ベンテンマルは特注品だしな! あれを作れるのは俺くらいなもんさ! でも、あのフクロウ女に箒の魅力を伝えたのは、何を隠そう、この俺なんだからな!」


「え?」


「魔法樹造りの箒制作を始めたばかりの頃によお、あいつと出会ってな……で、そん時から俺の作品の乗り心地を見て貰ってたんだよ。結局、魔法樹造りの箒を突き詰めていくうちに、あの馬鹿は、化け物箒に乗る様になっちまったけどな」


 そう言ってベイゼムは肩を竦める。


「さ! 腹ごしらえは済んだぜ。好物の辛いエファトナ料理で俺のマナもバッチリ満タン! 日暮れまでに山脈を越えねえとな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る