第6話 フライパン・カンパニー

 シロペンの町に来たのはいつぶりだろうか?


 ここシロペンはドワーフ鍛冶発祥はっしょうの地。

 目の前にそびえるあの荒々しい山こそがドワーフ探鉱夫たんこうふ達のメッカともいえるイバセム鉄鉱山だ。今はシルバーカンパニーの所有地になっているが、あそこで沢山のドワーフ達が鉄を掘りそれをさらに歴代のドワーフ鍛冶達が武器を叩いてきたのだ。


「シロペンは初めて? よね?」

「ええ」

 ロイがあまりキョロキョロするので、つい聞いてしまったが、ドワーフに会うのも昨日が初めてなんだから当然ここも初めてには違いなかった。


「ここシロペンとあたしの住むラプニスとを合わせて『ドワーフの双子町ふたごまち』と呼ばれているのよ?」

「それは聞いた事があります」


 丁寧に返事するも、またキョロキョロしながら何かを見つけたロイが聞いてきた。

「アンさん。あれは何でしょうか?」


 遠くに見える奇妙なオブジェを指差すロイにあたしは答えを焦らした。

「何に見える?」

「フライパン? の様に見えますが……」

「あれがシルバーカンパニーの看板よ。今からあそこへ行くのよ」

 あたしも親指でフライパンを指差した。


「シルバーカンパニーと言うとリズさんのお父上の会社でしたな」

 手綱をまた引きながらロイが確認してくる。


「『フライパンのオーラン』と言えばドワーフ界じゃちょっとした有名人よ」

「フライパンのオーラン?」

 横顔のロイは不思議そうに尋ねた。


――まあ当然の反応よね、二つ名にしたってあんまり格好良いものでもないしね。


 そう思いながらも半ば義務的にあたしは説明を続けた。まるで観光客へガイドがそうするように。


「オーラン・シルバー。リズ姉のパパでシルバーカンパニーの社長ね。オーランのおじさんが開発したフライパンで会社は大きくなったからね。でついたあだ名が『フライパンのオーラン』なわけ」


「フライパンなら今の時代でも売れますしね」

 笑いながら頷くロイにあたしは肩をすくめる。

「でも鉱山まで買い取る事はないと思うけどねー」


 そう言ってから、あたしはロイの背中を叩いた。


「さ、気合い入れて行くわよ。あたし達は会社見学に行くんじゃないのよ」


***


 カンパニーの入り口は大きな鉄格子で構えられていて。両脇に警備員が居た。一人は若くてたくましいドワーフ、もう一人は中年の優しそうなドワーフ。


 あたしは中年のおじさんの方に話し掛けた。

「あたしはマリウス工房のアンヴィル・マリウスと言う者です。モリア爺にルーンスミスとしてお話をお聞きしに参りました。どうかお取り次ぎ下さい」


 そう言うとおじさん警備員は「社長に確認してきますだ」と言って脇の小さな扉から敷地の奥へ走っていった。


 あたしは待ってる間、門の中に立っている太いポールをそら辿たどっては先っちょのフライパン型の看板をぼんやり眺めていた。


 途中もう一人の若い方の警備員の視線に気付いて、あたしは無理矢理ロイに話し掛けていた。

「看板にはシルバーカンパニーって書いてあるのよ」

 見れば解るような事をあたしは無心で話していた。


 あたしだって年頃のドワーフ女子、流石に若いマッチョと視線を合わすのはどうにも恥じらいを禁じえない。例えあたしが少女趣味とは無縁の職人の世界で生きてきたとしても……照れというのはどうしようもなかった。


――やっぱりあたしもドワーフ女子の例に漏れずマッチョが好きなのかしら。


 そうこうしているとおじさん警備員が汗だくで走って戻って来た。

「社長がお待ちですだ。どんぞ中へ」


 大きな鉄門扉を二人の警備員がギギーっと開く。


 おじさん案外力持ちなんだなあ。と自分の事は棚に上げてあたしは感心しながら敷地に入った。


 イバセム鉄鉱山を買い取ったシルバーカンパニーの本社は、今やイバセム鉄鉱山そのものと言ってもいいほどにさっきの会社の門扉が山の入り口でもあるようだった。


 おじさん警備員に案内されながらあたしは働くドワーフ達を通りすがりながら眺めていた。


 タオルを頭に巻いた職人達が声を掛け合いながら、汗を拭いながら仕事をしている。


 あたしはやっぱりこういった職人達の風景が嫌いではなかった。


「ここですだ」

 おじさん警備員が建物の前で声を掛けた。中の女性に何やら言付けてから、帽子とってこっちにちょこんとお辞儀してまた警備の任務に戻った様だった。


「はじめまして。ミス・マリウス。私は秘書のヤーリャと申します」

 中から出てきたヤーリャと名乗った美人風の眼鏡の女性はドワーフにしてはスタイルが良かった。


「どうも」とつい緊張して可愛くない挨拶になってしまったあたしの後ろでロイも丁寧に頭を下げた。


「本来アポのない方の面会はしておりませんが、マリウス工房の方であれば話は別。と社長は申しております。大旦那様おおだんなさまにご用との事ですがまずは社長にお会い下さい」


 ヤーリャのつけてる大人びた香水があたしには落ち着かなくて、どこかそわそわしながらついていった。


「こちらです。どうぞ中へ」


 扉を手のひらで示されたあたしはコホンと咳払いをしてノックした。

「失礼します。アンヴィル・マリウスです」

「どうぞ」

 中から優しそうな男性の声がした。


 あたしとロイはそれぞれ頭を下げながら部屋に入った。


「いらっしゃい、ようこそシルバー・カンパニーへ」


 そう迎えてくれた男性はあたしよりも小柄だけど行儀よくネクタイを締めて、なかなか立派な髭の持ち主だった。


「突然の訪問すみません、オーラン社長」

「よしてくれよ、アンちゃん。オーランおじさんでいいよ」


 とはいえ、あたしが小さい頃に知ってるオーランおじさんは普通のドワーフ鍛冶だったから、こうして立派になってから会うのは初めてだった。


「しかし大きくなったね。すっかり美人だ。これじゃ婿むこ選びにも苦労するくらい殺到してそうだ。ガハハハ」

 こういう、“酒場のドワーフ根性”は変わってないらしくあたしはちょっと安心した。


「ウチの工房は見たかね?」

 おじさんは髭を撫でながら聞いてきた。


「来る途中に職人達なら見たけど……随分沢山働いてるのね」

「そうだろう。そうだろう。あの職人達がウチの大量生産を支えてるんだ」

「大量生産?」

 初めて聞く言葉にあたしは思わず聞き返した。


「おいサンプルを持ってきてくれ」

 入り口のヤーリャにおじさんは叫んだ。


 しばらくして戻ってきたヤーリャはフライパンを持ってきた。――おじさん自慢のシルバー印のフライパンだ。


「こいつを作って。私は一山当てたんだよ」

「フライパンを沢山作ったのよね?」

「ただのフライパンじゃないぞ?」

 そう言っておじさんはニヤりとこっちを見た。


 そしてフライパンの取手の木製の部分をずらしだした。


「社長! それは企業秘密では?」

「マリウス相手に隠す事は何も無い!」

 ヤーリャの呼びかけをおじさんは一喝した。


 木の取手を外したフライパンを見たあたしは思わず声を漏らした。

「隠しルーン! 〈盾の加護〉だわ……」

 むき出しになった取手部分にはしっかりとルーンが刻まれていた。


「アンちゃんも流石はマリウスの跡取りだな。一目でこいつが何の加護だか解るとはな……」


 おじさんはフライパンのルーンを光にかざすように持ち上げて見せた。


「そう。こいつは〈盾の加護〉。つまりを与えているフライパンだよ。とっても頑丈なフライパンの出来上がりってわけだ」


「でも、それなら沢山作るのは大変よ!  確かに職人の数は必要でしょうけど……来るときに荷台に積まれてるフライパンをみたわ。あんなに沢山の……あれでも一部でしょう? てっきりあたしは普通の鍛冶製品だと思っていたわ。それがルーン入りだったなんて……」


「“刻印”さ」

 おじさんはフライパンを机において腰かけた。


「こいつは彫ってるんじゃない。ルーンの型をとってそれを焼き付けているのさ。それゆえに大量生産が出来るのさ」

 おじさんは拳を押し付ける様な仕草をしてみせた。


 リズ姉がと吐き捨てていたフライパンにそんな知恵と工夫があったなんて――あたしはおじさんを凄いと思った。


「凄いわおじさん! こんなことなかなか思いつかないわ!」


「ありがとよ、アンちゃん。マリウスに褒めて貰えておじさんは嬉しいよ。一度見てもらいたかったんだ。マリウス工房の職人さんによお。俺の仕事をな」

 そう言っておじさんは鼻を掻いて照れていた。


「今日はコイツの見学かい?」

 屈託くったくのない表情でおじさんはフライパンをまた持ち上げた。


 あたしとロイは顔を見合せた。


「いいえ。モリア爺に会いに来たのよ」

 あたしは真顔でおじさんに応えた。


「え?」

 とおじさんは意外そうに固まった。


「大爺様にか……そりゃなんとも……」


 おじさんは腕組みして考えこんだが直ぐに口を開いた。

「まあ、マリウスなら問題ねえだろうよ」

 そういっておじさんは両膝に手を打って立ち上がった。

「よし、俺が案内しよう」


 そうして一緒に表に出たおじさんは馬に括りつけた酒樽を見て、「なんだ、酒は持参済みかい。こりゃ安心だな」と髭を撫でながら先導した。


 敷地を、山向きにどんどん奥へ進むと建物もなくなり、時折探鉱夫達が休憩に使うのかどうかも怪しい古い小屋を見掛ける程度だった。


 あたしは途中不安になっておじさんに尋ねた。

「モリア爺がこの先にいるの?」


「そうだ」

 ネクタイを外し、汗に濡れたワイシャツのボタンを外しながらおじさんが振り向きもせずに答える。


大爺様おおじいさまはなー。その昔、探鉱夫だったんだとよ! 隠居してからはずーっと洞穴ほらあなの中で暮らしてんだー。昔のドワーフみてえな人だろ? 穴ん中が落ち着くんだとよー」

 息を切らしながら運動不足っぽいおじさんが叫びながら答える。


 気づけば結構歩いて来た。さっきいた社長の部屋も随分と小さく見える。


 鉄鉱山の裾に丸太で組んだ大きな洞窟の入り口でおじさんは振り返って、入り口の脇をあごで示した。

「馬はそこに繋いでおくといい」


 あたしとロイが繋いだ馬から酒樽を降ろしている間におじさんは入り口の反対側の脇の小屋へ声を掛けた。


「おーい。オベディン起きてるかー?」

「へーい」

 と頼りないかすれた声が返ってきたかと思うと小屋の扉が開いた。


 オベディンと呼ばれたのは背中の曲がった老ドワーフだった。


「これは、若旦那様。穴まで来られるのは珍しいでございますね。ええ」

 頼りない老ドワーフは恐る恐る挨拶した。


「若旦那はよせ。社長だ社長! ウチは今や会社なのだ」

 威勢のいい社長と対象的に話を聞いてるのか聞いてないのかよくわからない感じのオベディンは、「へえ、へえ」と曖昧な返事を返すだけだった。


「それより、大爺様は起きてるか?」

「大旦那様ですか? へえ、もう日も高くなって来ましたし……そろそろ当番の者が昼食を持って来る頃でございます。今時分は起きておいでかと……」


 のんびり喋るオベディンにイライラしながらもおじさんは話を聞いていた。


「わかった、わかった。起きてるんだな。よし、松明たいまつを貸してくれ」

 そう言っておじさんは手のひらを差し出した。


「へえ」と言ったっきりオベディンは部屋の中から火のついた松明を寄越した。


「間もなく昼食ですが……」

「それは後からお前が持ってくればいい!」

 と言いながらオベディンから松明をぶんどるとおじさんは踵を返してこちらに戻ってきた。


 おじさんの背中で「へえ」とオベディンがのんびり返事してるのがあたしにはちょっと可笑しかった。


 松明を持っておじさんが、

「こっちだよ。足元に注意するんだよ?」とあたしには優しく促した。


 洞窟に入ってもまだオベディンの方を振り返っているロイの代わりにあたしは質問した。


「今の人は?」

「オベディンかい? 昔からいるんだよ、なんでも代々大爺様に仕えてるんだとか。大爺様の弟子の子孫っていうんで扱いに困ってるんだが……まあ、害の無い爺さんさ」


 おじさんは少ししかめっ面をしてる様に見えたが、あたしは「へー」とだけ答えてまた黙ってしまった。



 洞窟の天井から時折落ちる水滴にあたしは「きゃあ」と声を上げたりしてロイと一緒に持ってる酒樽のバランスを崩したりした。



「ここに来るのも久しぶりだな。相変わらずよく冷える」

 そう言って洞窟の突き当たりでおじさんは足を止めて額を拭った。


 よく見ると突き当たりではなく大きな穴が下に開いていた。穴のふちでおじさんが振り返った。


「昇降機を上げるから。待ってな」

 酒樽を抱えてるあたしとロイは黙って頷いた。


 おじさんは松明を壁の穴に差して腕捲りをすると、脇に備え付けてあるロープ付きのハンドルを目一杯ぐるぐる回した。


――ガラガラ、ガラガラ。



 確かによく冷える。昇降機のせいか、下の空洞から冷たい空気が流れ込んで来た。



――カラカラ、ガシャン。


 大きな分厚い板が穴に浮かび上がった。


「ゆっくり乗ってくれ。この仕掛けも結構ガタが来てるからな」


 おじさんの言葉に素直に従ってあたしとロイはゆっくりと昇降板に乗った。

「じゃ、降りるからね。出来るだけ真ん中に体重を掛けてくれよ?」


――カラカラ。


 あたしは昇降機なんて初めて乗ったので変な気持ちになった。一瞬、心臓がきゅっとなったのでそれ以上は下を見ないようにしていた。


 洞穴の深部まで来た気持ちになったあたしはおじさんにまたもや確認してしまった。


「本当にここにモリア爺はずっと居るの?」

「言ったろ? 穴ん中が落ち着くんだとよ……」

 さっきと同じ答えだけど、今度のおじさんの顔は苦笑いだった。


 洞窟の底を歩きながら、おじさんの松明だけを見逃すまいと、あたしは樽を後ろ手におじさんの背中を追いかけた。後ろのロイはもっと暗くて歩き辛かっただろう。




「ここだ」

 大きな左右開きの扉の前でおじさんが呟いた。


 それからノックにしては随分と乱暴な調子でドアをガンガン叩いた。


「おーい。大爺様ー! 俺だー、オーランだ! 客人を連れて来たぞー!」


 大声で呼びかけて扉の脇の穴に松明を差すとおじさんは扉の片方だけを両手で押し開けた。


「入ってくれ」


 おじさんにそう言われあたし達は樽を抱えながら大きな入り口をくぐった。

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