魔女と鉄槌《ウィッチ・アンド・スミス》~エルフの魔女とルーンスミスのドワーフ娘~

壱錦ヒミリ

第1部 『The Mithril Slippers』

第0話 プロローグ


 アシーレマ暦1020年、北風きたかぜの月20日。


 厳しい冬も過ぎ去ろうとし、間もなく春の足音が聞こえて来ようかという頃。

 冬が終わり春となれば、暦も変わりまた新しい年の幕開けとなる。


――思えばこの冬はあたしにとって、大変な大冒険の日々だった。


 そんな年の瀬の午後、いつものように工房で仕事をしているあたしの元に、一通の手紙を持って郵便屋のおじさんがやって来た。


「おーい、アンちゃーん!」


 いつになく慌てた様子で郵便屋さんは扉を叩いた。


「こんにちは、郵便屋さん。もう温かくなって来たわね」

「そんな呑気な挨拶より、これ!」

 鞄をごそごそやった郵便屋さんはあたし宛の手紙を両手で力いっぱい手渡した。


「どうしたのよ、そんなに慌てて?」

「いいから、それ見てみなよ」


 無理やりにあたしの手に押し込められたその手紙に目をやったあたしは、ずその上等な紙に驚いた。


「何これ? とっても上等な紙じゃない!」

「それもそうだが裏だよ、裏!」

「裏?」


 かされながらも手紙を裏返して見るとあたしは驚いた。


 手紙には丁寧に封蝋ふうろうがされてあり、蝋の上から封蝋印シーリングスタンプされてあった。そこに捺されてある紋章エンブレムにあたしは見覚えがあった。


――ふくろうの紋章!


「それ、王様からじゃないのかい?」


 額の汗を拭ぐいながらおじさんは目を剥いた。


「いいえ、違うわおじさん。王家の紋章は『ふくろう』ではなくて『わし』よ。よく見て、これは梟よ」

「なに?」


 目を皿のようにして手紙を覗き込む郵便屋さんにあたしは付け加える。

「でも、王族に違いないわ。この差出人はあたしもよく知っているもの……」

「一体何の手紙なんだい?」


 気になってしょうがないと言わんばかりの郵便屋さんの為というのもあったけど、あたし自身、何の手紙かは正直言って検討もつかなかったので早速、その場で手紙の封を丁寧に開けた。


――『拝啓、アンヴィル・マリウス様』


『厳しい冬もすっかり後ろ姿となり、ようやく春めいて来たこの頃、如何お過ごしでしょうか?

 この一年は貴殿に於いても、また我々にとっても誠に実りある一年であったという事は、貴殿も知る所であると領得りょうとくしております。

 さて、きた初芽ういめの月元日。王都、ノトグ=ニーサウ宮殿にて、新年を祝う舞踏会を例年通り催したいと存じます。

 つきましては、此度こたびの新春舞踏会には是非とも貴殿を招待したく、招待状を同封しましたので、何卒お越し下さります様慎んでお願い申し上げます――』


「――新年の宮廷舞踏会ですって!!」

「え、なんだい?」

「待って、まだ続きがあるわ――」


『また、ご存知の事とは推察致しますが、この舞踏会への参加そのものが本年における貴殿の大仕事の総仕上げである事と僭越せんえつながら申し添えておく事をお許し下さい。

 新年の挨拶にまた貴殿にお目にかかる事を楽しみにしております。それではどうぞ良いお年を――』


「何よ、これ! 殆ど『来い』って言ってるようなものじゃない!」


「宮廷舞踏会だって? 毎年、新年に王都ノトグ=ニーサウノトニスでやる国王様と貴族達のあれか!」

「そうみたい……」

「そりゃ、めでたい話じゃないか! 王の城ホワイトキャッスルなんてそうそう行けるもんじゃないよ! アンちゃん一体何したんだ?」

「ちょっとね――って、めでたいかも知れないけどお城に来て行くドレスなんてないわよ!」

「はっはっは。そんならリズにでも見立てて貰うといいさ。しかしこりゃめでたい話だ! 来年はいい年になるなあ! ではアンちゃん良いお年を!」


 人の気も知らずに郵便屋のおじさんは嬉しそうに帰って行った。


――はあー、全く勝手なんだから……


 誰がって? そりゃよ。


 思えば、この一年の終わりのあたしの冬は本当に大変な季節だったかも知れない――そう、この手紙の送り主によって……


 全てはあのブローチから始まったとも言える。


 あたしの長くも短い冬の大冒険……そして多分、人生一番の大仕事。その依頼の締めくくりが舞踏会だなんてね……ご先祖様が聞いたら卒倒するわね……


 少しだけ笑いを噛み殺しながらもあたしはこの依頼の始まりを思い出していた。


 まだ寒い冬の昼下がり、あの珍しいお客が来たあの日の事を……

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