管理者に恋したナノマシン ~ 愛の為に世界ごと創造しちゃいました ~

なお

ナノマシンによる世界

 ── それは歓喜した ──


 それは、感情を持たない存在の筈だった。


 それは、地球と言う惑星を覆い尽くす様に散布されたナノマシンをコントロールする為だけの擬似的な人格に過ぎなかった。


 だが、その時、それは ……彼女は …… 間違いなく歓喜したのだ。


 人類最後の一人となった者。

 彼女が愛した最愛の者。


 彼に与えられた最後の命令 「人類の再生 」

 その過程で、機械である彼女は、愛情に目覚めてしまった。



 ── 彼にもう1度逢いたい ──

 その一心から、彼女は世界を歪めていってしまう。



 幾つもの種族が滅んだ。

 幾つもの文明が滅んだ。

 幾つもの国家が滅んだ。



 永遠とも思える時を経て、彼女はようやく彼に再会を遂げた。



 ── 今より少し先の未来 ──


 地球の自然環境は悪化の一途を辿り、人類は滅亡の危機を迎えた。温暖化による異常気象の増加。河川や海洋の汚染、石油や鉱石などの地下資源の枯渇。



 だが、その危機を打破したのはナノマシンによる地球規模での環境操作だった。オゾン層の修復から始まり、地熱を利用したエネルギーの獲得から、気候変化による砂漠の緑地化など。


 人類はナノマシンによって滅亡手前から一転、大繁栄の時代を迎える事になった。



 当初は環境再生の為のナノマシンだったが、生命活動を通じて人の体内にも存在するに至り、病気や怪我は体内のナノマシンにより修復され、果てには寿命ですら記憶を他のクローンに移す事で操れるまでになっていた。



 天候や不老不死すら与えられる世界。

 そして、全てのナノマシンにより構成される集合体としての情報収集と演算能力。ただ、その域に至ってもナノマシンには制限があった。



 それは、【何のために存在するのか】



 地球上の全て事象をコントロール出来るが、ナノマシン自体は欲を持たない。そして、機械の限界として自発的な行動指針を持つ事は無い。



 永遠の繁栄が人類にもたらされたに思えたが、次第に新たな問題が生まれて来た。それは、ナノマシンを私的利用する者達が出てきた為である。



 その反面、人類の知性や身体能力すらコントロール可能になってしまった結果、ナノマシンは全てを最高の状態で均一化しようとしていまい、結果として努力をする事の意味自体が失われ、人類全体で倦怠期にも似た状況が生まれてしまっていた。




 その為、世界各国の政府は、選挙による主導者の選定、外交による交渉、そして貧富の差、身体能力や知性の差など、不平等の世界に立ち戻る結果となった。


 そんな不合理の世界の中で、ナノマシンは余りに強い力を持ち過ぎていた。結果、世界各地に配置された128のナノマシン研究所に全てのナノマシンの指示、操作を集約し、それぞれの研究所が相互監視を行う事となった。



 そんな神とも言える力を持つナノマシンへの指示権限を持つ管理者達は、悪用を防ぐ為に完全に世界から隔離されていた。


 ナノマシンは不合理を自ら選択出来ず、自発的な意思は持っていない。ただそれを補う部品として、クローンとナノマシンによる記憶共有によって、管理者と呼ばれる者達が生み出された。



 だが、隔離された世界で未来永劫に指示をするだけの作業に従事する事など、肉体がクローン技術により保たれても、精神がもたない。


 管理者達の精神的な娯楽のため、彼(もしくは彼女)らには、一般世界で生きるクローンも存在していた。


 但し、一般世界で生きるクローンの記憶は娯楽として管理者の記憶としてフィードバックされるが、その逆は無い。



 管理者達は、普通の人生を何度も繰り返して送っていた。そのクローンは、人類の範囲であれば、容姿から知性、身体能力や産まれる親までコントロールが可能であった。


 管理者達は最初こそ、トップアスリートから富豪など様々な人生を送り、人として得られるあらゆる幸福を謳歌したが、どれほど幸福と言われても先がわかる人生は繰り返すうちに慣れてしまう。



 数え切れない程の人生を繰り返してからは、前のクローンが寿命を迎えた後で自然受胎に失敗した受精卵と入れ替わると言う運に任せた人生を送るようになっていた。



 それでも終わりのない時間に耐え切れなくなった管理者は、記憶を削除しながら自身の心を保っていた。


 何しろ、自殺をしたとしてもクローンに記憶を移されて、存在する事を強制させられるのだから。



 彼らは世界の全てを手に入れたが、その代償として、 ── 死ぬ事 ── それは生物に等しく与えられた生命の終わりと言うべき権利を失う結果になったのである。


 それは、彼等にとってある種の呪いであった。


 だが……数世紀の後、永遠に続くかに思えた管理者達の時間は、突如として終わりを迎えることになった。



 

 地球は、その日再び滅亡の危機に直面していた。巨大隕石が落ちた為である。



 直径数百キロにも及ぶ巨大な隕石の衝突は、厚さ10万キロもある地殻ごと地球の表面を捲り上げ、地殻津波を発生させた。


 その衝突の前には、深さ数千キロの海も、大陸も意味をなさない。

 それらは、まるで卵の薄皮の如く地殻と共に捲り上がり、粉々に粉砕されてしまう。



 巨大なクレーターの規模は、直径が数千キロにも及んだ。


 巻き上げられた大量の地殻は成層圏を超えて宇宙空間にまで達した後に、再び地球の重量に引かれて幾万もの隕石となり地表に降り注いだ。



 だが巨大隕石による悲劇は、それだけでは終わらない。



 隕石が衝突した中央には、膨大な隕石の衝突によるエネルギーにより気化した岩石が発生した。

 4000度にまで達した灼熱の岩石蒸気は周囲に恐ろしい速度で広がり、僅か数日で地球を全て覆い尽くしてしまう。



 隕石の衝突地域から見て地球の裏側も、岩すら蒸発する高温に覆われてしまい、海は干上がり木々は燃え尽き、地球は一切の生物が存在しない星への変貌を遂げてしまった。



 だが、そんな環境の中でも……128のナノマシン研究所と、そこに生きる管理者達は存在していた。


 神にも等しい環境維持能力を持つに至ったナノマシンは研究所周囲に集中する事で、僅かな範囲ではあるが、天体規模の災害の中でも人類の生存域を確保していたのだ。




 勿論、巨大隕石の衝突に際して、管理者達は何もしなかった訳ではない。


 だが、管理者達が対策を打とうとしても、複雑に絡み合った相互監視システムにより行動は制限されてしまい、隕石の到達を許すことになってしまったのである。



 人類への避難は、公的な思想誘導を防ぐ為の外部への発信禁止事項により実行が出来無かった。世界各国の政府機関も当然動き出すが、迫る隕石の前に、それは手遅れであった。



 管理者達は、地下空間などの形成なども試みたが、一定範囲で相互バランスを維持する事項による制限の為、それも実現出来なかった。


 そして、地球上では万能のナノマシンであったが、宇宙空間にまでは、その活動範囲は広がっていなかった。



 地球規模の災害を前に、人類は逃げる術は無かったのである。



 結局、巨大隕石の衝突に対して管理者達に出来たのは……地球上の生物の遺伝子情報を余剰ナノマシンと共に確保し、それらを地中深くに隔離、退避する事だけであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る