ビースト

水木

第1話 罪

 この世界は不平等で不条理なことばかりだ。

 いくら正しいことをしようとも、大勢にそれを悪だと言われればその正義は悪になる。

 この世界に神がいるのならば私は願おう。


 正しいことを正しいと判断される世の中にしてほしい。


***


 この世界にはビーストと呼ばれる非常に危険な種族が存在する。彼らは人の姿をしながら、人よりも優れた能力を持っている。そして、彼らは人を襲う凶暴な種族だ。

 そんな凶悪なビーストに対抗するために約百年前、ジョーカーズという組織が設立された。ジョーカーは切り札という意味がある。人間の切り札という意味を込めてそう名付けられたそうだ。

 そして、ジョーカーズに所属する一人の男がその職務を全うするために夜の街を徘徊していた。


「こちら問題なし。次の地点に向かいます」


『今監視カメラで映像を捕らえた。ナンバー108は大通りの路地裏に入った。今から言うルートで移動してくれ』


「了解」


 そう返事をする男の容姿は、短い黒髪に標準的な背丈でどこにでもいそうな若者である。しかし、ジョーカーズに所属しているということは決して普通ではない。それなりの訓練を受けているのだ。

 男は指示されたとおりの道順を辿っていく。


「目標捕捉しました。処分に移ります」


 男が腰に刺さっている刀を抜く。月の光が反射して追ってきたビーストを照らす。小柄で白銀の髪が特徴的なそのビーストは仮面をつけており、性別すら把握が難しい。

 そして、次の瞬間、男は人間離れしたスピードでビーストを斬りかかる。


「っ!?」


 そのビーストは斬られた腹部から血を流していたが、致命傷を避ける。


「……人間風情がっ!」


 その瞬間、ビーストの体が宙に浮く。ジャンプしているわけではない。

 そのビーストの背中には羽が生えていた。


「ちっ! DWか」


 DW(Devil Wing)と呼ばれるこの羽こそがビーストの一番の特徴である。戦闘時に出てくる羽によって機動力が増すことで人間を圧倒するのだ。


「死ね! 人間!」


「……」


 まるで瞬間移動のごとくビーストは男の後ろに移動して、手に持つナイフで首を切ろうとする。


「戦闘慣れしていないようだな」


「っ!?」


 男は攻撃をかわして、銃で羽を撃つ。


「ぐあああああああああああああああああああああ!」


「羽さえなければ、お前らは所詮少し力持ちの人間だ」


 うずくまって喚くビーストの頭に男は銃口を向ける。


「眠れ」


 パンっという銃声とともにビーストは死んだ。


「対象を殺しました。処分をお願いします」


『了解した。すぐに処理班を向かわせる。安孫子B級は本部に帰還せよ」


「了解」


***


「ふぅ……」


 先ほどビーストとの戦闘を終えた男、安孫子光洋あびこ こうようは指示された通りジョーカーズの本部へと向かっていた。

 ジョーカーズは世界各地に存在している。そのそれぞれの支部において戦闘員は強さによってランク付けがされている。

 一位から十位までがA級戦士と呼ばれる最高クラスの戦闘力を誇る。十一位から百位まではB級、そしてそれ以下はC級といった具合である。

 現在光洋は日本地区の二十位で、B級に属している。


「しかし、ビーストが一家で発見されるとは。怖い世の中だぜ、まったく」


 光洋がそんなひとりごとをつぶやきながら歩いていると、とある公園に人影を見た。


「こんな時間にこんな場所に人? それともビーストか?」


 光洋は警戒を怠らないようにしつつ、人影に近づく。


「チッ。今日はついてねえな」


 光洋は羽を広げたままうつぶせで倒れている瀕死のビーストに向けて銃口を向ける。

 ビーストの方も光洋の殺気に気づき、ゆっくりと光洋の方に顔を向けた。そして、光洋の胸の辺りにあるピエロのマークは彼がジョーカーズの構成員であること示していた。


「にん、げん……」


 疲弊しきっているそのビーストの顔を見た瞬間に、思わず光洋は息をのむ。

 先ほど戦ったビーストと似ている白銀の髪で小柄なビーストの少女だった。きっと先ほどまでジョーカーズの戦闘員と戦っていて、かろうじて逃げ出したのだろう。

 気が付くと、光洋は銃を下ろしていた。


「……ころさ、ないの?」


 絶え絶えにおびえたままの目でビーストの少女が尋ねる。


「……俺はいったい何をやってるんだか」


 光洋が自嘲気味にそうつぶやくと、ジョーカーズ本部に連絡をつなげる。


『安孫子か。どうかしたか?』


「いえ、少し知り合いに出くわしてしまいまして。今日は帰宅してもよろしいでしょうか?」


『わかった。許可する。ただし、明日には今日のビーストの報告書を作成するように』


「了解しました。ありがとうございます」


 連絡を終えると、すでに意識を失っている少女を抱きかかえる。


「っと、これは切り取ってやらねえとまずいな」


 羽を刀で切り落とす。

 通常は神経が通っているため激痛が走るらしいが、意識を失っている少女は特に反応を示すことはなかった。

 こうして、ビーストを狩るジョーカーの一員である我孫子光洋は、ビーストの少女を保護するという犯罪に手を染めた。

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