刹那

谷内 朋

 ある夏の日の夕方、一人の男子高校生がカブに跨がり、けたたましい音を立てて一軒家の敷地内に入っていく。比較的新しい住宅が立ち並ぶこの辺りの中では古めではあるものの、それを差し引いても敷地内の植物は伸び放題荒れ放題、鉢植えされている花も既に枯れている。

 散らかっている庭の一角にカブを停め、ヘルメットを外して見えたその顔に生気は無い。体も痩せ細くて瞳だけがギラギラとしており、妙に攻撃的な雰囲気が醸し出している。何に対して不満があるのかは不明だが、玄関脇に枯れ果てた植物の植わっている鉢を蹴り上げ、破壊音に目もくれず玄関を開ける。

 中は外以上に乱雑で、足の踏み場も無い程の散らかりようだった。その中には割れた瓶や食器も含まれており、何が転がっているかも分からない床に靴を脱いで上がるのはさすがにできない状態だ。


「……チッ、いつんなったら片付けんだ?」


 男子高校生こと沖野オキノエマは土足で家に上がり、散乱したゴミを足で払い除ける。結局俺がすんのかよ……そうぼやきながらキッチンに入ると、今朝片付けたばかりの流し台は早くも食器と空き缶で溢れ返っていた。


 今日はもう面倒臭ぇ……


 エマは見て見ぬふりをして、テーブルに雑に置かれているスナック菓子を掴み取り、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

 母親は多分パートに出ているのだろう、ここ数年体調不良が続いていて週に二度出勤するのがやっとだったが、この家での収入源となっているため今日は多少の無理を圧したのかも知れない。一方の父親はかつて一流企業の営業マンだったが、何年も前にリストラされて以来定職に就かず一日中家に籠っている。


 今更何の期待もしてねぇけど。


 リビングのテレビが点いているのでそこに居るのだろうと嫌そうにチラ見したが誰も居ない。

 エマは何やらぶつくさと言いながら誰も居ないリビングに入りテレビを消す。それで父親への関心はサッと消え去り、階段の一段目に置いてあるスリッパに履き替えて靴も抱え二階に上がる。

 階段から上は彼が一人で使用している状態で、一階とは違い比較的綺麗に片付けられている。時間を見つけて掃除しているのもあり、父親を決して二階には上がらせなかった。

 エマは物置として使用している部屋に靴と鞄を置くと、部屋を移動するまで我慢出来ずにスナック菓子の袋を開封してボリボリと食べ始める。カスの付いた手をポケットに入れていたハンカチで拭い、袋の口を折り曲げて小脇に挟んでから缶ビールのツマミを上げた。


 くーっ!


 このひとときが彼にとっての至福の瞬間だった。今日はバイトも無い、この際酒に頼って朝まで眠ってしまおうと考えていた。なら部屋で寝ながら食うかと立ち上がり、スナック菓子を食べながら移動するとドアノブが壊されていた。何でだ? 一瞬思考は止まったが、この家でこんなことをする人間は一人しかいない。


「クソジジイっ!」


 エマは勢い良くドアを開けたが、自身しか入ることの無いはずの部屋の異変に全ての機能が停止した。そこには普段間違いなく目にしない光景が広がり、そこから先の記憶は刻まれていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る