本編
ようこそチュー・トリアルへ
電源を入れ目の前が暗くなり、めまいで意識が遠のくような感覚に陥った。自分の意識が身体から遠のいていくような嫌な感じ。VRのゲームが初めてだからかもしれないけど慣れるのに苦労しそう。
「……ん、んぁ」
目を覚ます――って言葉で合ってるのかわからないけど――と青い空の下で寝そべっていた。澄み渡る青空、流れる雲に見惚れながら数分掛けて体を起こす。
テレビのコメント通り本当にVRゲームのキャラになったみたいだ。手も足もちゃんと動くし足を使えばちゃんと立ち上がることもできた。
「これがVR……ってこういうものなのか!?」
思わず舞い上がって身体のあちこちに触ってみた。触った手も触られた胸もどちらにも感覚があった。しかしこうして触っているとなんとなく違和感を感じてしまう。顔を触った時に目に触れることだ。
「ゴーグルがない……それにこの匂い、俺の部屋の匂いとは全然違う」
太陽の匂いみたいな暖かいにおいがする。いくらVRだからってなにも付けてない鼻にここまでリアルな感覚を持たせられるわけがない。考えれば胸だってそう。手はコントローラみたいなものを握ってるから触られた感覚があってもおかしくない。根も胸は生身。つまりこのゲームは……
「VRよりリアルな超VRだ!」
叫びながら思い切り走りだす。今のゲームがこんなに進化してるなんて知らなかった。ママやパパにゲームはあまりするなって言われてたし、したいとも思わなかったし。
「っと、そういえばこのゲームに来たのはいいけどこれからどうしたらいいんだろう」
自分の身体を見た限り普通のシャツにジーパン。戦闘ゲームっぽいパッケージだったのに武器らしい武器も持ってない。思えばこのゲームのシステムも、クリア条件も知らない。
「さて、どうしたものか」
「お困りですか、お兄さん」
「うわっ、びっくりした」
後ろを振り返るとメイドさんのようにエプロンを付けた女性が立っていた。微笑み顔で優しく笑いかけてくる女の人はなおも優しく話しかけてくる。
「こんにちは。この街に来たのは初めてですよね」
「えっと、多分」
「ここはチュー・トリアルです。初めて来た方のサポートをするためにあります。お困りでしたら私が対応しますよ」
「助かります! ぜひお願いします!」
お姉さんが笑顔で家に招き入れてくれたので続いて家に入る。中には木でできた机とイス、台所とベッドがあるだけの質素な部屋だった。周りにも同じような造りの木の家があったからこのお姉さんと同じ役目の人がたくさんいるんだと思う。
お姉さんは部屋の奥側のイスに座ったのでその前に座る。
「私の名前はルイズ。ルイズ・トリアル。あなたは?」
「ぼ、俺の名前はし……」
一瞬自分の名前を言いそうになって口を閉じた。これがチュートリアルならきっとここで名前を決めろってことだと思う。今になって気付いた。キャラの名前なんて何も考えてなかった。翔って日本風の名前だと多分浮くと思うから何か別の名前を考えないと。
俺はフルスロットで自分の名前を考えてふと目に入ったものを見つめる。
「俺の名前はダスト。ダスト…………まあダストでいいか」
「ダストさん。いい名前ですね。見た目通りかっこいい名前です」
「それなんだけど、俺、鏡をもってないんだ。なにか自分の姿を見れるものってないかな」
「ああ。それならいいものがありますよ」
ルイズさんはベッドの脇にある木でできたタンスの中からなにか白いものを取り出した。薄い四角形のものでママたちが持っていたスマホってのに見た目がそっくりだ。
「これはクリプトンと言います。他人とのやりとりや映像の記録、光の反射を利用して自分の姿を確認することもできます」
ルイズさんがどうぞってクリプトンを差し出すから俺も素直に受け取った。
クリプトンを受け取るとパッと鮮やかな光が付いた。しばらくは時計がグルグルと回っている映像が流れた後、丸い球が輪を描いて動きだした。しばらくたっても画面が変わらなかったからその中の一つをタップしてみた。すると手鏡みたいなマークが出てきてもう一度タップする。
「おおー…………つ」
クリプトンの画面が本当に鏡のように顔を映している。そして映った自分の顔を見て思わず声を失った。かわいい、のに可愛かったからだ。筋肉マッチョじゃないのは何となくわかってたけど思っていた以上に細身。
前髪も含め右側だけ長めに垂れた髪は根は黒いのに先に行くほど青くなっている。色味で言えばシアンくらいだろう。左側は一つの編み込みで後ろに流されていて後ろに一つに結ばれていた。男、ではあるが身なりを寄せれば女性とも言えそうな見た目だ。ゴリゴリマッチョの次くらいに憧れてたとはいえ本当にこの見た目になると自分とは思えない。
「これ、作り直せないかな……」
「人生はやり直せないんですよ」
「ゲームの中で人生を語られるなんて」
ため息を吐きながらもう一度イスに座る。
ルイズさんも椅子に座り直して説明を再開してくれた。
「では残りをざっと説明していきますね。まず装備、武器は自分で調達してください。武装屋はありますがメンテナンスや調整がメインになります。魔法は魔力を高めることで扱えますが潜在的な魔力がものを言うでしょう。自分の大まかなステータスはクリプトンでも確認できます。あ、クリプトンも様々な形状があるので自分に合ったものを選んでください。それとえーっと…………」
「…………どうしよう、そろそろ覚えられなくなってきた」
「じゃあ、オーラについての説明で最後にしましょう。今のままでは小型モンスターにさえ簡単にやられてしまうでしょうから」
ルイズさんは俺の手を取って少し静止した。するとルイズさんの身体が薄赤い煙に包まれた。そしてその煙が俺の手を伝って俺に入ってくる感覚がした。胸の奥が熱くなると自分じゃない何かに守られているような感覚に包まれた。
「これであなたも魂の加護、オーラが開放されました。今はまだ弱いけれど経験と努力できっと強くなる。あ、自分のオーラもクリプトンで確認できますよ」
「は、はい……」
ゆっくりと座って息を整えるとなんとなく自分が強くなったような気がした。オーラを開放する前より身体が動きやすい、気がする。
「これで私からの説明は以上ですが何か気になることはありますか?」
正直なところ話のほとんどを理解できなかったけど一つだけずっと気になっていることがある。
「あの……」
「なんですか?」
「このゲームってセーブとか中断てあるんですか」
さっきクリプトンをいじってた時にも探してみたけど、どこをタッチしても見つからなかった。もしかしたらクリプトンで中断するものじゃないのかと思って問いてみた。俺としては至極まっとうな質問をしたみたいだったけれど彼女は首を横にかしげた。
「すみません。言っている意味が分からないのですが」
「え、いやこのゲームをやめるのってどうすれば」
「やめることなんてできませんよ」
表情を変えずおかしなことを言うルイズさん。
「あなたの肉体はVR装置と一体化し、この電子の空間に固定されました。この電子空間を『ゲーム』というならゲームから外に出ることはできませんオレンジジュースからみかんを取り出せないのと一緒です」
ルイズさんは立ち上がってポケットから俺がもらったものと同じクリプトンを取り出してカチカチと指を動かした。
「説明は以上です。どうかよい人生を」
ルイズさんがボタンを押すと俺の立っていた床が無くなり、俺はただ茫然としながら落ちていった。
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