それが遊園地デートではないって証明してみてください。【仮想交流】

山本正純

それが遊園地デートではないって証明してみてください。

 都内某所の遊園地の観覧車の中で、黒いスーツに黄色いネクタイとサングラス着用の男は溜息を吐いた。

 向かいの席に座っているのは、膝上まで後ろ髪を伸ばした黒髪ストレートの少女、式部香子しきぶかおるこ。近づきつつある秋の装いの彼女は、紫色のストールを膝の上に掛け、ニッコリと微笑んだ。

 どうしてこうなってしまったのか?

 自身の悪運を恨む黄色いネクタイの男は、上昇していくコンドラの中で数時間前のことを思い出した。

 

 三時間前、一台の黒いワンボックスカーがハザードランプの点滅と共に路上駐車した。

 その車に乗っていたのは、髪型から黒いスーツという服装、身長まで同じ三人組の男達。

 ネクタイの色のみが違う彼らは、『Sound only』と表示されたカーナビのモニターをサングラス越しに見つめた。

 変声器で地声を隠す性別不明な声がカーナビから流れる。

『キミたちに依頼内容を伝えます。指定暴力団流星会の熊田くまだという男を、都内某所の遊園地に呼び出しました。彼と接触して例の手帳を交換してください』

 運転席に座る赤いネクタイの男が声の主に聞く。

「取引相手は熊田で大丈夫なのか? アイツはバカだろう。公安が取引現場に張り込んでいたとしたら……」

『その対策を踏まえて、キミたちに依頼しています。取引を行うのは、三時間後の午後三時。取引は、この場にいない青ネクタイが担当です。彼は一足先に動いてもらっています。残りの三人で、取引現場周辺で張り込んでいる捜査員の有無を探ってください。そして、捜査員らしい人物がいたら、取引中止。説明は以上ですが、何か質問はありますか?』

 声の主に暗殺部隊のからすたちの姿は見えない。にも関わらず、後部座席に座っているピンクネクタイの男は右手を挙げた。

「捜査員が張り込んでいたら、始末しますかっと?」

『始末しなくて構いません。派手に暴れたら警察に捕まるリスクが跳ね上がります。捜査員を見かけたら、撤退してください。暗殺行為は一切禁止です。他に質問は?』

「ないっすよ」

 助手席に座る黄色いネクタイの男が答え、残りの二人は無言を貫いた。それが相手全員の答えだと理解した声の主が最後の一言。

『それでは、健闘を祈ります』

 この声が流れた直後、カーナビの画面は暗くなった。


 取引は観覧車近くの広場で行われる。その周辺に黒いスーツを着た三人の男達が集まった。取引開始まで残り二時間。

 遊園地という娯楽施設に不釣合いな服装の彼らは、気配を消し周囲に溶け込む。

 そして災難が起きた。

「栞のボディーガードの人ね?」

 黄色いネクタイの男がトイレから戻ろうとした時、背後から一人の少女が声をかけた。

 聞き覚えがある声に反応した黄色いネクタイの男が振り返ると、そこには式部香子の姿があった。


 この局面において、式部香子の登場は厄介以外の何物でもない。

 天敵とも呼べる少女は、黄色いネクタイの男に詰め寄った。

「人違いなんて言わせないよ。私の記憶力は超人的だから」

 それこそが鴉たちが彼女を裏で天敵と呼んでいる理由だった。彼女は行動を共にすることが多い大学生、宮本栞みやもとしおりの後輩で、完全記憶能力の持ち主。

 一度会った人のことを絶対に忘れない。教科書を流し読みするだけで、内容を全て記憶できるから、テスト勉強をする必要がない。

 故に彼女の証言だけで、違法な取引が行われた事実を立証することも可能。

 如何にして、この状況を打破するのかを考えつつ、黄色いネクタイの男は返事をした。

「そうっすけど……」

「やっぱりね。こんなところで何をしてるの?」

 そう尋ねられた黒スーツの男は、質問を質問で返し、考える時間を稼ぐ。

「香子さんは何をしに来たんすか?」

「東都美術館で開催されている松原雲彩まつばらうんさいの展覧会の帰り。絵画鑑賞の後、横浜に帰るのもつまらないから、遊園地で暇潰しでもしようかなって」

 話を聞きながら、黄色いネクタイの男が腕時計で時間を確認する。取引開始まで残り一時間四十分程。

 このまま式部香子という完全記憶能力者に遊園地内をうろつかれてしまえば、取引に支障が出てしまうかもしれない。

 かと言って、要注意人物の一般人がいるから取引を中止にしろとは言えない。

 どうすればいいのか?

 悩む黄色いネクタイの男は、一つの方法を思いつく。

「単純に遊園地へ遊びに来ただけっすよ。そうっすね。一緒に観覧車にでも乗らないっすか?」

 取引現場から要注意人物を遠ざけつつ、観覧車から監視の仕事を行う。我ながら賢い作戦を思いついたと、黄色いネクタイの男は胸を張る。

「遊園地に遊びに来ても、同じ黒いスーツなんて変人だね。まあ、いいや。丁度あなたとゆっくり話したかったし」

 取引現場から彼女を遠ざける作戦とも知らず、式部香子は黄色いネクタイの男と行動を共にすると決めた。

 観覧車は丁度一時間三十分待ち。コンドラが頂上に到着するまで十分。即ち頂上から監視することは可能。

 待ち時間を他愛もない会話で潰した二人。コンドラに乗る順番が回ってきた時、黄色いネクタイの男は、失敗に気が付く。

 この作戦は、観覧車という密室に式部香子を釘付けにしなければ意味がない。

 密室に男女が二人きりということの意味に気が付いた彼は、思わず赤面してしまった。

 

 現在、ゴンドラは二分程で頂上に到着しようとしていた。その間、式部香子は楽しそうに黒ずくめの男に話しかけていた。

 この少女と鴉たちは挨拶をする程度の顔見知りでしかない。彼女は目の前に裏社会の人間がいることを知らない。もちろん宮本栞の正体がテロ組織『退屈な天使達』の幹部であることも。

 完全な一般人側のはずだが、実は公安と繋がっているのではないかと一瞬黄色いネクタイの男は疑ってしまう。式部香子公安の協力者説を証明する証拠はないため、疑惑でしかない。

 そう考えながら、黄色いネクタイの男は鞄から双眼鏡を取り出す。それを見た式部香子が興味を示す。

「もうすぐ頂上だから、双眼鏡で外の景色を見ようってことね? 頂上で二人きりの写真撮影でもやろうと思ったのに」

「いや、写真撮影だけは勘弁してほしいっす」

 そんな遊園地にいたことを証明する写真を残すわけにはいかないと、黄色いネクタイの男は慌てる。その反応に対し、香子は頬を膨らませ、携帯電話を取り出そうとする手を止めた。

「ケチ。じゃあ、一つだけ聞きたいことがあるんだけど?」

 写真撮影を諦めた彼女の尋問が始まる。式部香子公安の協力者説の信憑性が高くなったと感じつつ、黄色いネクタイの男が首を傾げる。

「何っすか?」

「栞のことどう思ってるの?」

 想定外な質問に、黄色いネクタイの男は困惑する。

「どうというのは、どういうことっすか?」

「好きとか、何とかってことね。栞の周りには、あなたたちがいるでしょう。もしかしたら、その中に栞が好きな人がいるんじゃないかっていう推理」

「他の仲間のことは分からないっすけど、俺は恋愛感情ないっすよ。ただ、仕事として守らないといけないだけっす」

「なるほど。これでハッキリしたね。あなたたちが栞のボディーガードだっていう私の推理が正しいってことが」

 目の前の少女の推理を聞き、黄色いネクタイの男は噴き出した。そのまま、双眼鏡を観覧車の窓に近づけ、真下で行われているはずの取引を監視する黄色いネクタイの男。

 黒いジャージを着た強面丸坊主の男が、黒いスーツを着た男とぶつかり、同時に落とした手帳をさり気なく交換する白昼の違法取引。

 取引が滞りなく終わったことで、黄色いネクタイの男は頬を緩ませた。すると、突然式部香子が目の前の席から移動して、黄色いネクタイの男の隣に座った。

「何か面白い物が見えたんなら、私にも見せて」

 双眼鏡から顔を上げた男は、首を横に振る。

「イヤ、面白いことはなかったっすよ」

「じゃあ、真下を歩いている女の子のスカートが風で捲れて、アレが見えたってことかな?」

「そんな変態じゃないっすよ」

「もちろん冗談。あなたが変態じゃないってことくらい分かるから。変態だったら栞があなたたちの警護を拒否するでしょう」

 イタズラに笑う彼女の隣で、黄色いネクタイの男は自身の不運を恨んだ。


 まだまだ続く。黄色いネクタイの男の災難。式部香子と一緒にいるところを、取引相手だった流星会の熊田に目撃され、鴉の黄色いネクタイの奴にカワイイ彼女ができたという噂が裏社会に広がり、彼は困り果てた。


 遊園地の裏取引の翌日、神奈川県横浜市にあるイタリアンレストランディーノのカウンター席で、黄色いネクタイの男はコーヒーを飲んだ。

 昼時という時間に、肩の高さまで伸びた長い髪をポニーテールに結った少女、宮本栞は珍しくムッとした顔付きで、店内に入ってきた。

 そして、瞳に黄色いネクタイの男の姿を捉えた彼女は、一目散に彼に歩み寄る。

「鴉さん。昨日は香子と遊園地デートしたんですか? 昨日は仕事だったんじゃなかったのですか?」

 宮本栞の追及に、彼は頭を掻く。

「そのつもりだったんすけど、偶然遊園地で香子さんと出会って、仕事に支障が出そうだから、保護しただけっすよ。デートはしてないっす」

 本当の話を聞いても、宮本栞は納得しない。

「男女が一緒に観覧車に乗ることがデートではないって言いたいんですね。香子の話だと観覧車だけじゃなくて、別のアトラクションにも乗ったそうですね? お化け屋敷で香子が鴉さんに抱き着いたとも聞きました。それが遊園地デートではないって証明してみてください」

 無理難題を押し付けられ、黄色いネクタイの男は、心の片隅で式部香子という少女を恨んだ。

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