君の心の声を聞きたい

千輝 幸

出会い

まだ肌寒い春の風が、1つボタンを開けた

シャツの襟から鎖骨を撫で上半身を冷やして行く。

寒さが体に染み込んだころ、僕が帰ろうと腰を上げた時。

心の全く読めない彼女が、橋の影と日の照りつける地面の間に立っていた。




僕は幼い頃から不思議な力を持っていた。


『読心』


彼らはそう読んでいた。

彼らとは、研究施設の人たちで僕は幼い頃

両親に売られ、15歳になる今まで施設で育った。

読心術とは違い、僕に意識を向けた人の思っている信念が手に取るようにわかった。

施設の人は優しく僕に話しかける。

まるで資産の詰まった箱を金庫にしまい、

鍵をかけるように。

僕にはその嘘の優しさが、ひどく不快に思った。

そして15歳。高校に通っている今、生徒の声も先生の声も。酷く、醜い言葉の塊になり僕の心を壊してくる。

そのことに嫌気がさし、時々こうして橋の下で何も語らない美しい川を眺めていた。

そして彼女が現れた。




音無おとなしくん、またサボってるの!?」


音無 真琴まことそれは施設を出た時に付けられた仮初めの名前だった。

見たこともない顔、聴いたことのない声。

読み取れない感情。彼女は何なんだ?

人間なのか?


「君、誰ですか?」


僕の言葉を聞いて彼女の顔が少し濁った。

それなのに彼女からは醜い感情が飛んでこなかった。


「誰って!?何で同じクラスの人も知らないの!?」


僕は同じクラスの人の名前は大体覚えていた。

醜い感情を飛ばしてきたやつの名前は嫌でも覚える。

覚えてない人といえば、僕に全く関心がない人くらいだ。


「私悲しいよ、君の隣の席なのに…」


彼女は泣いていた。

いいや、泣いているふりをしていた。

わからない。

どうしても彼女の感情だけは読めない。

そして僕はなぜ彼女を知らなかったのかがわかった。

僕に意識を飛ばしていたにも関わらず、

僕に全く気づかれない。

そんな人間を初めて見た。

彼女には醜い感情が全く無かったのだ。


「仕方ない。もう一回自己紹介します。私の名前は雨音 あまねしずくです。これからは無視しないでね、音無くん。」


僕は決して無視をしていたわけではなかった。

他の人たちの心の声に彼女の透き通る声が

かき消されていたのだ。

僕は戸惑いながら答えた。


「よ、よろしく。雨音さん」


その時

僕の心の中の雨が少し晴れた気がした。

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