第24話 屋上会談
24
持ち出した日本刀を蔵へ返して、真っ暗闇で独り想いを巡らせる。
この倉にはもうおじいさますら訪れない。手入れも、管理さえも放置された倉だ。母方の祖父に引き取られて以降、あたしはこの立派でされど薄暗く、やけに乾燥した静寂な空間を恐れ、昨年まで足を踏み入れることはなかった。
いつも一歩、身を引いたところから見ていた気がする。心振るわせる感動や、己の身を犠牲にしてでも他者を守ろうとする類の、人間関係における優しい奇跡を。それは確かにこの世のどこかにはあるのかもしれないけど、少なくともあたしとは一切関係ないことで、目に映るのは映画のスクリーンの向こう側くらいのものなのだと。
もしそういったものがこの世に、あたしの周囲に存在するのならば、どうしてあたしの前に現れない。凶暴性を隠すことしかできないあたしを、どうして救ってくれない。……なんて、とっくの昔に捨てた願いだ。
あたしの周囲に奇跡は存在しない、手に入るわけがないと思っていたから、諦めることができた。だからこそあたしはいままで冷静に生きてくることができたのだ。
けれど、友達と笑いあう瞬間に、ふと空虚がよぎる。掴んだ達成感の中に
あたしが手にする全て、あたしを取り巻く全てが、あたしを殺した結果に得たもの……。
その事実に耐えて、忘れようと懸命になって、ようやくなにか掴んだと思っても、その何かは汚れている。――――あたしの血で汚れていると気づく。
それは決して切り離せない自分自身。あたしはそいつに傷つけられた己を無理矢理に剥ぎ取り、箱に仕舞い、牢に入れて鎖で巻いた。けれど傷口から溢れる血は止まらず、いつかあたしの内を満たす。
それでも見ないフリをして、忘れたフリをして、今まで過ごした。
それなのに、イチョウの舞い散る眩しいあの日、あたしは見てしまった。おじいさまの古い知り合いの老人が、早くに亡くした妻を生き返らせるためだけに自分の持っていたものを全て捨て去った姿を。脇目も降らず机に向かい、おじいさまの用事で訪れた私は数年ぶりの客であったようなのに、一言二言で一瞥すらせずにあたしを追い出したその、枯れ果てた懸命な姿を。
――そうしてあたしは知ってしまった。それは本当はいつも手の届く所にあって、あたしはただ、勝手に背を向けていただけなんだと。
理解した途端に世界から温度が消えた。音も、色も、心すらも。そのくせ頭には割れそうなほど血が廻っていた。
言葉にするなら、それはきっと「嫉妬」だったのだろう。誰かにはその誰かのためだけの特別がいるのに、あたしにはどうしていないのだろうかという自分勝手でみっともない嫉妬。
閉じ込め、
自分の内と外とを同じに
山のように積まれた骨董品と埃とを見るともなしに眺めていると、細長い木箱が目についた。心もとめずに軽い動作で箱を開く。
そこにはあたしが隠し続けた狂気があった。
ずっと仕舞い込まれ、時には持ち主その人にすら忘れられるほど巧妙に包まれて放置されてきたにも関わらず、一切の陰りなくギラギラと薄明りを反射して、それはそこにあった。
あたしはこのあたしを、このままにしてはおけぬ。
手に取ってしまったからには慰めてやらなければならない。
幼い頃繰り返し見た動き。人目につかない広い庭の真ん中で、
泣きながら吼え、喉が枯れ、手が震えるほど振り回し、振り回され、膝をつくころにはもう、決意していた。
一度放てばもう逃げられない。「特別」が降ってこぬなら自分から作りにいかなければならないのだ、と。
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「もしもし、どうしたんだこんな時間に。うん? 私か? 私は署に残って書類仕事さ。は? ゆかりべしぐさ? 殺人事件の資料? どうしてそんな――、わかった、わかったよ。五分待て。折り返す」
「……ったく。聞いたことがない事件だと思ったら、私が配属される前のものじゃないか。苗字も違うし、捜すのに苦労したぞ。いま家にいるな? よし。データを送る。…………届いたか? そうか。この事件が誡の調べているものと関係があるのか? はぁ? わからないだと?
……まぁいい。データはきちんと抹消しておけよ。うん、質問か。どうした? ――――日本刀を振り回す格上を相手に戦闘を長引かせるコツ? …………私の助けは必要か? ……そうか。ではアドバイスだけに留めよう。事情は分らないが……事後報告はかならずしなさい。いいな」
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少し重たい扉を押し開く。コンクリート打ちっぱなしで放置された屋上へ出る。
周囲は真っ暗だ。今日は新月。月明りは期待できない。コンセントもないのに光を放つテレビの明かりが頼もしく、また薄気味悪い。
赤井廃ビル。少し前に持ち上がった都市開発計画の残骸。形だけはビルとしてそびえ立っているここは、元々商業ビルとして建設された。けれど相次ぐ不祥事や事故により工事がストップして管理放棄され、以来一人の吸血鬼によって支配されている。
自称千年生きた吸血鬼。
恐るべき力を持つ銀色の男。
屋根もないただの屋上に家具やら電化製品やらを持ち込み、本人はだいたいベッドチェアーらしきものに横たわっている。もちろん許可など得ていない。違法占拠だ。
「レーゾン、いる?」
いつも足を組んで座っている椅子にいなかったのでそう声をあげた。返事はない。代わりにカーンと、低い音が鳴った。
扉から出て右側、なぜかそこだけ一部低い鉄柵が設けられた位置に男はいた。
銀色の髪の毛と真っ白なシャツを風に揺らし、サングラスを頭にずらしてレーゾンは
押し黙って端正な顔をニヤニヤと歪め、身じろぎせずに男は
「レーゾン。聞きたいことがあるんだ」
「ほう。あの異常者のことか? それとも妖刀のことか? どちらにせよ俺は気分が良い。答えてやろうではないか」
「…………」
やはり知っていた。いや、見ていたの間違いか。この男はこの屋上から街のあらゆる事象を監視している。それがこの男にとって最上級の娯楽なのだ。
全て見抜かれていた事実に一瞬だけ背筋が凍る。けどそれを我慢して
怯えて逃げるだけじゃ駄目だ。今のままのこの
「両方聞きたいんだ。あれは本当に妖刀なの? 湯苅部仕種はその刀に操られているだけなのかな?」
「ふはっ」
怪物が笑う。心の底から楽しそうに。しばらく肩を振るわせたかと思うと、レーゾンは鉄柵から身を離し、
すれ違うとき心臓が止まるかと思った。
この男、
若干抗議を滲ませて見つめると、レーゾンはひょいと肩を
「あの女、通っているのは総合栄養学科らしいぞ。文学系は授業がかぶる関係で少し履修したことがある程度だろうよ」
「え? どういうこと」
「だから、その女が刀に操られているとお前が考えた一番の理由は、女の口調が変わったことだろう。聞いていなかったのか? 女の文法は無茶苦茶だ。夏目漱石、与謝野晶子、ボードレール…………。所詮、どこかで聞きかじった口調を真似ているにすぎんのさ」
飲み込みの悪い人間にそうするように、レーゾンは呆れ顔で説明する。サングラスで目元が隠れていても鋭い眼光で睨まれているのが分かる。
「そ、それじゃあ」
「確かに、刀にまとわりつく陰の気は多少あの女の精神に影響を与えるだろう。だがそれは少し気が大きくなる程度のもの。あの女は自らの意思で刀を取り、人を殺し、笑顔を選択している。
操られてなどおらん。女の行動は全てそいつの内から湧き上がるものに間違いない」
「そっか…………」
断言するレーゾンの言葉が喜ぶべきものなのか否か、
けど人を殺すのが彼女の意思でさえなければ、刀をどうにかすれば彼女はそれだけで止まることができたんだ。
これじゃあ
「案ずるな、更科奏繁。女の戦闘技術は刀に蓄積されたものに根差すもの。本人が熟練の技を持っているわけではない。稀癌とは違う。
あれは君の予想通り、呪いに近い。手で触れていなければ影響も受けん」
「刀を持ちさえしなければ、技術は普通の人ってこと?」
「その通り。女がアレを手にしたのはほんの数か月前に過ぎん。動きが身体に馴染むほどでもなかろう。お前の魔法で妖刀をただのガラクタに戻してやれば、刀があろうとなかろうと、あの少女が負けることはない」
「
じゃあ、まだどうにかなる可能性はあるのか? だったらなおさら失敗なんてできない。けれど今回の作戦じゃ失敗する可能性のほうが高い。
そうすれば誡さんの命も、
待ち受けるのは、死か。
誡さんに見せてもらった写真が文字列として脳裏に浮かぶ。切断された身体とそこから漏れ出す綺麗な内臓。
不安で心臓が大きく脈打つ。胸が締め付けられるように苦しく、口の中が苦々しい。こんな大役、
だから
「今回の作戦は運任せなんだ。確かに呪文を唱え終わる前に、湯苅部仕種には現場に来てもらわなくちゃいけない。けど
誡さんが時間を稼ぐと言ってくれてるけど、どれだけ持ちこたえられるかはわからない。最悪二人とも殺されちゃうんだ。
レーゾン。魔法の役を変わってくれないかっ。アンタなら演唱なしに発動できる。失敗しようがない。頼むよ。
最後は半ば叫びに近かった。自分で聴いていても、それはとても悲痛な告白だった。
「それに
だが、この怪物にはなにも響かない。
「おめでたい脳みそだな。俺がどうして人間のために労働せねばならん。お断りだ」
咬みつくように吐き捨てられた言葉はシンプルな拒絶以外なにも含んでいない。この生き物にとって人間など
同じ価値観を期待するほうが間違っている。なぜならこの男は、人間を
知っていた情報を恐怖が心に理解させる。やはり
「更科奏繁、君は最近甘えが出ているぞ。俺はお前たちを救ったりしない。それほどの価値もない。情報を提供してやるのも気分のいい時だけだ。
教えただろう丁寧に。よもや、それがいけなかったか。ではこのたびより人に害成す霊獣の消え残りとして、存分に対応してやろうか? 毎度対価に肉を少しづつ削ぎ落すなんて愉快ではないか」
「――――冗談はそのくらいで勘弁してくれ、レゾン」
レーゾン・デートルがあまりに愉快そうに語るから、ついそう言ってしまった。
冗談にしても性質が悪く、本気にしたって限度がある。聞いているうちに怯えよりもいらだちが先に立った。
人が頭を下げているというのに、ぺらぺらと関係ないことを喋りすぎだ。
「さっきも言ったけど、これは
「ふはっ、それもそうだがな。ああ、もちろん冗談だとも。君がそう言うなら確かにそうだ」
思ったよりも簡単にレゾンが引き下がる。この吸血鬼にしてはあっさりし過ぎている。いつもならもう二、三言嫌味が続くと思ったんだけど。
レーゾンがすぐに会話を途切れさせた理由は、すぐにわかった。
背後で扉の開く音がする。次いで届くのは、荒げた人の呼吸音。
「そう……よ、はぁ。でも、チャレンジ精神も……大切だと、思うの」
疲れ果てた様子でそう言いながら顔を覗かせたのは、数日ぶりに見る幼馴染の顔だった。
「とりあえず、ゴホッ。――ここのエレベーター……。使えるようにしない?」
階段を上ってきて
「依琥乃……大丈夫?」
「……………………むり」
「だよね」
肩を大きく上下させ、顔は真っ赤なのになぜか唇は真っ青。まだ外気は寒さが残るというのに汗が額に浮かんでいる。そしてついでに言えば、目が疲労で
どう見ても死にかけだ。
依琥乃は極端に身体が弱い。なにかの病気というわけではないものの、基本的に病弱だ。過度の運動はこなせず、そのため体力もない。七階分の階段を上がって来るだけでこうなる。
「ありがとう奏繁。平気よ。悪いのは……こんなところに住み着くレゾンだもの。げほっ、はぁ、私は屈しないわ」
そう言いながらまだ息が整い切れていない。依琥乃は己の身体をよくわかっているし、簡単に他人に頼るタイプだけど、時々負けず嫌いだ。身体が弱い分、出来ることまで出来ないと思われるのは
「それよりも奏繁、レゾンを説得するのは諦めなさい。今回の件は全て純粋に人間側の問題よ。あなたたちの力で解決するしかないの」
矛先が突然自分に向いて、
「けど
「誡はその辺しっかりしているわ。それより貴方よ奏繁。魔法を行使する力。それは貴方のものでしょう。貴方が責任を取らなくちゃならない事よ。他者を言い訳に目を背けては駄目。
レゾンはあくまで、この町においては存在しないはずのもの。妖刀に対抗する魔法は貴方だけのものだと考えなさい。……特別になりたいのでしょう。なら、特別なことを成し遂げることよ」
座ったままの依琥乃に見上げられながら、そう説教を受けた。
特異な力を欲するならそこには力を持つ者の責任が生じる。そう最初に警告されたことを、忘れていたわけではないけど。
でも確かに。失敗を恐れるあまり責任から目を逸らしていたのかもしれない。力を求めたのは自分だ。
「そうだね。誰に
「再確認できたならよろしい。たとえできないと思っても、可能性がゼロじゃないなら、貴方が自身の努力でやり遂げなさい。
いつも言っているでしょう?『自ら成したまえ』って。どれだけ作家や詩人が言葉を尽くそうと、人の努力に勝る感動は生み出せないのだから」
依琥乃が持論を語る。あまり他人の言葉を借りない依琥乃だけど、「自ら成したまえ。それが人の存在意義だ」という、昔誰かに言われたというこの言葉だけは好んで使う。もしかしたら人に伝えると同時に、そう自分自身にも言い聞かせているのかもしれない。
身体の弱さを抱える分、他者にその負担を背負わせることを、この他者想いの少女がなにも感じていないはずがないのだから。
小さい頃から何度も彼女が倒れるのを見てきた。昔に比べれば、依琥乃が病院に通う時間は確実に減っている。けど小さい頃から繰り返した感情は簡単に心から離れない。
誰に、とか。どうして、とか。自分でも整理しきれない、漠然とした罪悪感。
「人はなにかしらの罪悪感を抱いて生きているものよ。それは私や奏繁、誡だって例外じゃない」
「誡さんも?」
問うと、依琥乃は気怠そうに頬杖をついて答えた。
「そうよ。あの子は貴方と違って、自分のことを嫌っているわけじゃない。というか自分を好きか嫌いかなんて考えたこともないでしょうね。ただ誡は、自分の感情の薄さに罪悪感を持ってしまっている」
「…………」
「本人も気づいていないくらい薄いもの。けれど、確実にあの子を覆っているでしょう。それはきっと、あの子が心を得たとしてもなくなりはしないでしょうね」
まるで今の誡さんには心が無いかのような言い方だった。そもそも誡さんの感情が薄いと言ったのは依琥乃だ。だから
けど、誡さんの心を語る依琥乃の口調があまりに冷たかったから。他人ごとだったから、ちょっと頭に来た。
まるで、そのことについてはもう諦めてますとでも言いたげだったから。
「そん、なの。感情がないなんて言わない。確かに誡さんは表情も声の調子も変わらないけど。……心無い人形には見えない。心がなければ罪の意識なんて芽生えないだろ。罪悪感を抱え続けているのに、どうして感情が薄いなんて言えるんだ」
有ると、言ってあげればいいじゃないか。最初はそれが嘘のようなことでも、いつか本当になるのなら。一番付き合いの長い依琥乃が、どうしていままで誡さんの問題に触れなかったんだ。
「それは、貴方が自分から『変わりたい』と願ったからよ。誡はそんなことすら考えはしないのだから」
「そんなの――――……」
「そもそも感情ってなにかしらね」
「えっ?」
突然の言葉に
呆気に取られて勢いを失った
「だって、不快は鳥肌を立たせ、怒りは神経のささくれを伴い、せつなさは胸部の痛みか、胸やけのよう。
……感情ってつまるところ、身体のいたるところで感じる感覚の集合体を、脳が処理しているに過ぎないのかもしれないわ」
最初は何を話しているのか分からなかったけど、聴いていて、なんとなく依琥乃の言わんとしていることが分かった。
誡さんが処理している感覚情報はきっと普通の人の二倍じゃきかない。
感覚が感情に繋がるというのなら、どうして誡さんは罪悪感を抱いてしまうほど、感情の薄さを自覚しているのだろう。
「あの子は別に、空気中に『危険』の文字が見えてるわけじゃないの。火事が起こりそうなら焦げた臭いが漂ってくるし、屋根が落ちそうなら全身に上からの圧迫感を感じるだけ。
例えば私達は薬缶に触れなきゃ温度がわからないけど、誡は違う。誡はヤカンに触れようとするだけで、それが自分を害する程熱い場合だけ、それを指先に少し感じるの。安全な温度ならなにも感じないのでしょうけど。
誡は身体を走る感覚を、稀癌のそれと現実のそれとを区別しながら、感覚がどうして生じるのかという可能性を判別してやっと『危険』の内容を判断している。もう無意識にやってることだろうけど、本当はとても思考に負担を強いているはずなのよね。なのに押し寄せる感覚情報の中から、さらに感情だけを別に区分けして、処理して、表現するなんて、よほど強烈な感情情報じゃない限り不可能。
だから、あの子は喜怒哀楽と快、不快ぐらいしかしっかり認識できてないんじゃないかしら。……いいえ。『哀』……悲しいって感情をあの子はまだ強く意識したことが無いでしょうから、それも抜け落ちているかもしれない。体験したことのない事象に人は鈍感で無関心だから。それに誡の感情は、あの子の稀癌が薄く弱く調節してしまっているし。
感情がないわけじゃないの。自分の中にどんな感情が表出したのか、誡は拾い出すことができていないだけ。だからどうか奏繁があの子を見守っていてあげてくれないかしら。誡はいつか自分で気づくわ。私はいつまでも誡と一緒にいられるわけではないから」
彼女が浮かべたのは、とても悲し気な笑顔。桜を愛でながら、その散りゆく最期を想うかのような、そんな寂しさが滲んでいた。
いつも依琥乃は結末を見ることができない前提で話をする。だからどこか冷めたように物事を見ていることがある。誡さんに対してもそうなのだろう。
依琥乃がどうしてそう考えるのかを
だから
その日が来るまで、ただ先延ばしにしているに過ぎないとしても。
後から思えばきっと
「だから貴方が自分でやるしかないのよ、奏繁」
悲しさの
「分かってる。
視界の片隅。
一言も喋らずただ
依琥乃はそんな彼に視線を投げかけることもなく、背を向け、
「ところで、どうかしら? 誡は」
「どうって言われても……」
相変わらず彼女の質問には重要な情報が抜けている。これで完全に意思疎通できていると思ってる所が彼女らしい。
まぁ、実際言いたいことはなんとなくわかる。相手が把握しきれていないことを訊いてくるほど依琥乃は愚かな子ではないから。
けれど
依琥乃はそんな誤魔化しは通じないとばかりにまた訊いてくる。
「だから、誡のこと。好きになったでしょう?」
「んなっ!?」
なんてことをストレートに訊いてくるんだこの幼馴染は!
思わずのけ反った
「その反応からして間違いないわね。ふふふ。そうだろうと思っていたのよ。引き合わせた甲斐があるわ。だって私と奏繁は、人間の趣味だけはそっくりだものね」
握った手で口元を隠しながら依琥乃が笑う。確かに依琥乃の言う通りだけど、こうも面白そうにされると、からかわれているような気がしてムッとした。そのせいかつい恨みがましく口をとがらせてしまう。
けれど、こうして明るく笑っている方が依琥乃らしいので、
「まったく。今までは頼んでもないのに人を紹介することなんか、しようとしなかったのに。何がしたいんだよ依琥乃は」
冗談めかしてそう言うと、依琥乃は笑うのを止めてふと虚空を見つめた。こういう時の彼女の瞳はどこまでも透明で、
やがて小さく口を開いた依琥乃が微笑と共に発したのは、とても静かな言葉だった。
「私には何も成せないわ。そこに運命があった。……それだけの話よ」
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