第30話 その日

その日、俺は種子島宇宙センター近くにある、公園に車を停めていた。


ライブ中継や実況放送のある、公式の見学場所ではなかったにも関わらず、普段は静かな公園が、人であふれかえっていた。


天気は上々、夏の天候も、この日ばかりは人類のために、余計な悪さをしなかったらしい。


いくつか設定された実行日のうちの、初日に作戦が展開されることになった。


ミサイル発射に協力を申し出た国の発射台上空は、どこも晴天だった。


本当は、静かな場所で、ゆっくり見学したかったんだけどな、やっぱり、現実はそうもいかない。


激混みの駐車場で、特別に徴収された駐車料金を払ってから、なんとか発射台方面の砂浜に向かって歩き出した。


とにかく、凄い数の見学者だ。


一方では、人類終末論がわき起こり、核シェルターがバカ売れなんて騒ぎもあったけど、まぁ、人類史上、初の出来事であるのには変わりない。


白い砂浜に敷き詰められた、カラフルな敷物の間を、縫うように歩いていると、俺を呼び止める声があった。


「おーい、こっちだよ!」


手を振っていたのは、アースガードセンターの仲間たち。3日前から場所とりしていたというその場所の隅っこに、俺は腰を下ろした。


「連携の影の立役者が、こんなところからの見学でよかったの?」


「俺、発射技術に関しては、全くの無知ですから」


ミサイル発射当日は、種子島宇宙センター全域と、射点を中心とした半径3kmが立ち入り禁止区域に指定される。


中にいるのは、本当の打ち上げ担当技術者たちだけだ。


ぎりぎりまで充電して、予備のバッテリーまで用意しておいたスマホを取り出す。


公式中継がなくったって、これでネット配信の動画を見ればいいんだから、世の中便利になったもんだ。


小さな画面の中の司令室には、栗原さんの姿が見える。


今回の功労者は、間違いなく彼だと、少なくとも俺はそう思っている。


技術者が、持てる知識を持って世界を守る。


彼はその頭脳で、人類を救った英雄だ。


総理官邸には、ヅラ騒動の総理が作業着姿で、ヅラリと各種大臣を並べた災害対策本部を設置している。


回りにも同じような、キレイな作業着姿の官僚たちが並んでいて、その中に、宮下さんと高橋さんの姿を探したけれども、見つからなかった。


どっか、別の実務連絡室とかの個室に、押し込められているのかな。


実質業務を担当するのは、結局そこだ。


野村さんは、防衛省本部詰めだって言ってた。


「ねぇ、センターを辞めるって聞いたけど、本当なの?」


「だって、俺にはもう、ここでの仕事はありませんからね」


「どうするのよ」


「俺、今回の出来事で、気づいたことがあるんです」


国内の準備が整いつつあるころ、同じように、他の国々でも、それぞれの国内事情が整いつつあった。


地球防衛会議の議長国、一人事務長だった俺は、国内体制は栗原さんや宮下さん、野村さんたちに任せて、国際連携の協定に奔走した。


外交官になるのが夢だった俺の夢が、こんな不思議な形で叶ったのが、本当に夢のようだった。


夢のような翔大の登場に、俺の夢がこんな風にリンクするなんて、3年前の俺には、想像も出来なかった。


協力を申し出てくれた、様々な国に出向き、色んな人達と会い、色んな話しをした。


見たことのない場所に行って、聞いたことのない話しをたくさん聞いて、会うはずのなかった人達とも、たくさん会った。


どんな時代にあっても、まだこの世には、未開の地が、人類未到の出来事が、山のように残っている。


現代の冒険は、地表の密林にあるのではなく、人の社会のなかに埋もれていたのだ。


やるべきこと、やりたいこと、やらなければならないことが、まだまだこの世界にたくさん溢れていることを、俺は知った。


センター長の鴨志田さんは、ある意味面倒な仕事を全部栗原さんに押しつけて、アフリカの沙漠で鼻息を荒くしながら、その時を今か今かと待ちわびている。


今回の翔大迎撃作戦は、様々な影響を考慮した結果、『アフリカの沙漠地帯に落とす』としか公表されていないが、実際には、ある程度の落下地点は計算されている。


その翔大の破片をめぐって、実は熾烈な回収戦線が勃発していた。


各国がそれぞれに大規模な回収隊を編成し、迎撃作戦終了の合図と共に、一斉に砂の海を走り出す。


翔大がもし、他の銀河系からワームホールを通過してやってきた隕石だったら、その価値は研究者にとっては、計り知れないものがある。


鴨志田センター長にいたっては、日本の爆弾にだけ、特殊塗料を紛れ込ませておいて、それを頼りに回収したいと熱心に持ちかけていたが、全くの未知数の翔大成分に対し、どんな化学反応を起こすかも分からないし、その塗料の配分が、火薬の爆発にどんな影響を及ぼすかも分からないので、あきらめろと散々説得されて、ついに折れた。


そして、それはそのまま国際条約となり、争奪戦が展開されることとなった。


実は、今一番アツイのが、その沙漠近辺に駐在している天文学者たちだ。


協力要請に応じた国々の、同時カウントダウンが始まった。


自然と周囲の見学者たちも声を上げ始め、それは大合唱となって世界を包み込む。


「Ten, Nine, ignition sequence start,

 Six, Five, Four, Three, Two, One,

 All engine running! Lift off! We have a lift off!」


光りの筋と共に、爆音が辺りに響く。


「なにこれ、アポロのカウントダウンと一緒じゃない」


香奈さんが笑った。


スマホの画面の中で、拡大されたロケットが一直線に飛んでいく。


特殊な望遠鏡で撮影されたライブ映像、その画面に写し出された翔大に、全くの同時に数本の大陸間弾道ミサイルが突き刺さった。


その瞬間、翔大はものの見事に、粉々に砕け散る。


歓声が上がった。


見上げた空からは、一斉に無数の小さな星が流れ落ちる。


光り輝く翔大の残骸が、夕暮れの空にたくさんの弧を描いて落ちてゆく。


その光景は、とても幻想的で、まるで自然現象で、緻密な計算と、たくさんの人間の努力によって作り出された、人工的な天体ショーだとは、到底思えないほど、美しかった。


「今ごろ、鴨志田さんはジープを走らせてますかね。イタ電してみましょうか」


「殺されるわよ」


スマホの画面では、司令室で抱き合って喜ぶ、栗原さんの姿が見えた。


俺はそっとその画面を閉じて立ち上がる。


「ねぇ、NGOの団体に誘われたって聞いたけど、本当なの?」


「ま、才能が埋もれることを許されないっていうんでしょうかね、

 仕方ないですよね」


「あんたのその根性があれば、どこでもやっていけるわよ」


俺は最後に笑って、この場を後にした。


俺にはもうすでに、次のやりたいことが決まっている。


人生の冒険者たちよ、果敢であれ、恐れることなく、前に進め。


そう、俺みたいに、ね。

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本気で地球防衛団! 岡智 みみか @mimika

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