宇宙人とだべる話

棚倉一縷

宇宙人とだべる話

A1


 ベントラー、ベントラー、スペースピィプル、スペースピィプル。

 夏の夜。いい歳した男女がお互いに手を繋ぎあって円になって回っている。

 ベントラー、ベントラー、スペースピィプル、スペースピィプル。こちら地球。応答願います。

 教養棟の屋上。ユーフォー研のみんなが天を仰ぎ大真面目になって宇宙人との交信を試みていた。

 馬鹿みたい、って誰も思わないのかな。私が大学に入ってから4ヶ月。毎月行われる交信会は未だ成果を出せない。

「よし、今日はここらでやめにしようか」

 ユーフォー研会長の岡田先輩が声をかけた。あれ、吉田だったかな。

 円は回転をやめて形を崩し、会長の元に集まった。

「今日も交信できなかったな。宇宙人。でも俺は諦めない。諸君、1ヶ月後にまた集合だ」

 体育会系の見た目にぴったりな暑苦しい台詞を言い放ち、会長はさっさと階段を降りていった。

 研究会のメンバーは、仲のいい人同士で固まって一緒に帰っていく。男子の集団に「飲みにいかない」と誘われたので、角が立たないようやんわりと断って、私も帰路につく。

「ねぇ、一緒帰ろうよ」

 突然、後ろから声をかけてきたのは、アパートの部屋が隣なだけのナントカちゃんだった。

「いいよ」

「やった」

 特に断る理由もないからというだけなのに、とても嬉しそうな反応をされ、少しだけ罪悪感を覚えた。



B1


 A子ちゃんは、孤立しがちなところがある。

 整った顔立ちと平均より少し高い背。まっすぐに下ろした肩まである髪は歩調に合わせてサラサラ揺れている。容姿は確かに近づき難いかも。あまり現実味のない美人さんだ。

 アパートへの帰り道、沈黙のまま歩いてても楽しくないから、頑張って話題を探してみる。

「A子ちゃんはどうしてユーフォー研究会に入ったの」

 ・・・・・・。聞こえていないのか、なかなか返事が返ってこない。

「なんでもよかったの」

 何がなんでもよかったのかな。入るサークルが? って聞く勇気がわたしにはなかった。

 どう返せば良いかわからなくて、また沈黙がわたしたちの間に舞い降りた。

「宇宙人、何食べるのかなぁ」

 やっと絞り出した回答は、わたしの食欲。はずかしい。

「案外、焼き鳥とか」

「なんで焼き鳥っ?」

「なんとなく」

「A子ちゃん、焼き鳥食べたかったの?」

 返事は返ってこない。

 もしかしたら、A子ちゃんなりのジョークだったのかもしれない。

 でも、それを確かめる時間はなかった。アパートに到着してしまった。

 大学から徒歩三分の家は便利だけど、もう少し遠くでもよかったかもしれない。

 今度、A子ちゃんとご飯食べに行きたいなぁ、なんて思いながら、

「おやすみ」

「またね、おやすみ」

 と言って別れた。



A2


 そうだ、B美だ。

 家についてシャワーを浴びた後、読みかけの文庫本を開いた瞬間に隣に住む女の子の名前を思い出した。

 いつもは夜の十一時過ぎに寝るけれど、交信会があった日は起きていなければいけない。

 文庫を三十ページほど読み進めたところで、壁の時計を見上げた。日付はすでに変わって一時二十分を指していた。

 そろそろだ。

 と思ったら、ピーンポーンと間の抜けたチャイム音がなった。

 玄関まで行って、誰だか分かっているのですぐに扉を開けた。

「やぁ、来たよ」

 右手のエビスビール二本と、左手のおつまみが入ったコンビニ袋を示して、自称宇宙人はいかにも嬉しそうにそう言ったのだ。

「飲もうか、アースパーソン?」



 四月、初めてユーフォー研の交信会に参加した夜。月もない真っ暗な夜。

 そこらの道端に転がっているオカルト研究会と変わらない儀式にがっかりした私は、さっさと布団に潜って読みかけの推理小説を読んでいた時に、突然チャイム音がなった。

 非常識な時間だったので、ドアにチェーンをかけながら開けてみると、一人の同い年くらいの男が立っていた。

「なんですか」

「宇宙人だよ?」

 もちろんすぐにドアを閉めた。しかし、ピーンポーンピーンポーンとしつこくチャイムを鳴らすので、扉を開けて

「もう一回鳴らしたら警察呼びます」

と言った。

 すると、男は慌てて

「分かった、今から証明するから」

と言った。

 一瞬、おそらく瞬き一回分だけ男から目を離すと、そこにいたのは女だった。

「ね?」

 と笑顔を浮かべる女の顔は私と全く同じだった。



 それから、交信会がある夜はこうして私の家にビールを持ってやって来てくる。そして、一晩語り明かすのだ。国際情勢について、この国の未来、少子高齢化、友情について。

 自称宇宙人は、初めてあった時の男の姿で、机の上におつまみを広げた。あたりめ、柔らかタコ、チーズ鱈とか。やけに渋い。というか、こいつやっぱり人間なのでは。

「カンパーイ」

「かんぱい」

 喉を通るビールはよく冷えていて、背徳の香りがする。美味しい。

 さて、

「今日は何話すの」

「そうだねぇ」

と言って、宇宙人は背後にある本棚あら広辞苑を取り出した。いつも適当に開いたページからテーマを決めるのだ。よいしょ、と彼(見た目が男なので便宜上彼と呼ばせて欲しい)は重たいページをめくった。

「うん、恋愛にしよう」

「いや、ちょっと待て。絶対『れ』のところ開いてなかったよね」

「いいからいいから」

 パタン。私が確かめる前に閉じやがった。

 そして、自称宇宙人はニヤニヤした顔で聞いて来た。

「で、彼氏いるの?」

 銀河警察にこのセクハラ自称宇宙人を訴えてやる。



 三十分ほどかけてなんとか話題を私個人の恋愛体験から、抽象的な恋愛という概念についてのすり替えに成功した。

「恋愛なんてものは、遺伝子上にプログラムされた情報の出力結果に過ぎないと思うの」

「ほう。夢がないね」

「手を繋ぐのも、デートに行くのも、食堂で見せつけるように一緒にご飯食べるのも、結局は子孫へ遺伝子を受け継ぐための布石にすぎないのよ!」

「なるほど、では人間の繁栄に貢献しない恋愛は過ちだと思うのかね」

「‥‥‥。そうじゃない」

 いや、そうなるのか。私の論理ではそうなってしまう。

「人間は、時に同性を好きになることもあるだろう。なんらかの影響で子孫を残せない人と恋愛をすることもあるのだろう。それを君は否定するか」

「いや、そうね。私が間違ってた。確かにそういう恋愛はたくさんある」

「では、恋愛を再定義してもらおうか」

 恋愛とは。恋とは。愛とは。

 これならどうだとう。

「恋愛とは、自己承認を目的とした行為である。誰かに愛されたいがために、誰かを愛するの」

「それでも乙女の端くれなのかい。自明に偽だ。片思いというものがある」

「片思いも、いつか自分を認めてくれるという希望を持っているから成り立つのよ」

「叶わない恋というものもある。例えば、一学年上のイケメン先輩には彼女がいてラブラブ。けれど、先輩の背中を追いかけ続けるわ。みたいな」

「女言葉を話す時だけ美人に返信しないで。それも、いつかは私の方を向いてくれるかもしれないという希望を持っているのではないかな」

「すでにこの世にいない人を対象にした恋愛もあるだろう」

「それは、死後の世界という希望的観測を元にしているの。死後の世界で再開できるという保証されていないものを信じているから続けられる」

「ねえ、命短し恋せよ乙女って知らない? そんなんじゃ彼氏できないよ」

「うるせぇ」



 この後も話は続いた。死後の世界の話。宗教。幽霊。グアテマラ産コーヒー豆。大規模チェーン展開。ブランド化。フォトジェニック。そして、また恋愛。

 気づけば、五時を過ぎて外は明るくなって来ていた。

「今日も楽しかったよ。また付き合ってね」

「私は疲れた」

 ニヤニヤする自称宇宙人はおつまみと缶のゴミを律儀にコンビニ袋に入れて去っていった。

 あいつ、何がしたいのだろう。侵略のための地球人調査? どうせ聞いてもはぐらかされるだけだろうけど。

 でも、楽しいから。いいや。

「六時まで寝るか」

 私は、スマホで目覚ましをかけて布団に潜った。



B2

 

 A子ちゃんの家を出たわたしは、徒歩十秒ほどで自分の家に到着した。

 やっぱりA子ちゃんかわいい。お風呂上がりの少し濡れた髪。お酒で朱を帯びた頰。思い出すだけでニヤニヤしてしまう。

 家に入ったわたしは、机に直行し、今日聞いたA子ちゃんの恋愛観をまとめる。

 カリカリカリカリカリ。

 これを元に、プランに修正を加えていこう。

 絶対にわたしのものになってね。

「ふふふ」

 いつか。

 いつか、わたしのかわいいお嫁さんになってもらうんだ。

 そしたら、一緒にわたしの故郷まで。

 ふふふふふふニヤニヤニヤニヤカリカリカリカリカリ。

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宇宙人とだべる話 棚倉一縷 @ichiru_granada

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