第十八話 「町長の屋敷潜入 下」
潜伏スキルを使い、屋敷の隅に身を潜めた俺とオーロラの真横をコツコツと足音を立てながら通り過ぎていく少女――。
俺と同じく黒髪で、瞳も黒であった。スタイルもよく白いドレスを着ていて、俺の横で顔を赤くしているオーロラとも、負けず劣らずである。
だが、その少女の瞳に”恐怖”や”苦しみ”が存在しているのを俺は感じた。
そして、その少女は突き当りの部屋へと姿を消した。
「……ふぅ」
気が緩み、不意に吐息が漏れた。
「バレませんでしたね……」
「いや、バレてた。バレてたのにあの少女は、俺達を逃したんだ」
「え……? どうしてですか?」
「分からないが、あの子は何かに怯えている様に見えた」
「そうでしたか? 私はただ普通の美女に感じましたけど……と言うか、潜伏スキルを破るなんて、あの子凄いですよ!」
「そうなのか?」
「はい! スキルを破る能力を持っている人々を、”コラプス”と言います。――人々は、生まれて直ぐ国によって殺処分される筈なのですが……」
「殺処分!? どうして!?」
「シー! 声が大きいですよ!」
大声を上げた俺に対し、オーロラは人差し指を口にあて俺に注意を促した。
「殺処分される理由は、”世界の規律を乱す”存在だからです。彼らは、簡単に言えば障害を持って生まれた人間。その為、この世界では人間として扱われず、他なる種族として差別化されるのです。――この法律が、1000年前、国会によって定められました」
「そんな、理由で……?」
「はい、そうです。彼らは、簡単にスキルを無力化できるのです、戦争にでも動員されれば勝利の鍵を握る者となりえない。簡単に言えば、”コラプス”が存在する限り戦争は永遠に消えないのです」
「は? 戦争は、領地の争いとかで起こるんじゃないのか?そんな、コラプスを所有しているからって戦争が起こると言う考えは違うだろ?」
「それは、ユウタさんがいた世界での話ですよね? 現にこの世界で起きた戦争の、9割は”コラプス”が関与しているのです」
「そんな……じゃあ、さっきの子は?」
「わかりません、ですが”コラプス”なんて、世界に数人だけと言われています。そんな、種族の一人を所有しているとなると、町長がこれから何かを行う?もしくは――国を乗っ取る……」
「国を乗っ取る……だと?」
「はい、コラプス一人で一つの国全体をスキル無効化できてしまうのです。まさに、チート」
「チートね。ちょっと、あの子の部屋いくぞ」
「え? ちょ、ちょっと!ユウタさん!」
部屋のドアには、鍵がかかっていた。蒼然とした部屋から、ピアノの音が微かに漏れ、俺の耳を美しく綺麗な音色で包み込んでくる。
「”アンロック”」
カチャと音を立て、部屋のドアが開いた。
ドアを開けた途端、ピアノの演奏が止まり、沈黙が訪れる。
そして、突如――
「どなた?」
高く透き通った声が聞こえてきた。
ピアノの前に座り、怯えながら機微を傾げている少女――。
「どうも、山本 ユウタといいます。あ、ユウタが名前ね」
「ユウタ……?」
「私は、オーロラと言います」
そう言ってオーロラは、ゆっくりとお辞儀をした。
「オーロラ……」
「あ、あの。君は何でここに?」
「わ、わたしですか? 私は、”コラプス”なので、詳しい事は知りません。ですが、ある日。目を覚ますとこのお屋敷にいたのです」
「覚えてないのか? その……、この屋敷に来る前の事は……」
「はい」
「そうか……。なあ、オーロ――」
「――駄目です」
オーロラは、俺の発言を遮る様にして口を開いた。そして、険しい表情で俺を見つめている。
そんな、オーロラの発言に俺はやや驚いていた。
「仲間とか、言うんですよね?」
「え、まあ。そうだけど……」
「分かっているんですか?コラプスを仲間になんて、厄介ごとになりますよ?」
「う、うう……分かっているんだが……。こんなに可愛い子を……」
「私が可愛い……?」
小さく呟き頬を赤面にする少女、その身体は部屋に天井に掛かっているシャンデリアの淡い光に照らされて、まるで輝く太陽のようだった。
俺は、そんな少女を淡々と見つめている。
「あ、あの。今、私の事、可愛いっておっしゃいました?」
「え? そうだけど」
「ど、どこが可愛いのです!?」
突如、俺の軽はずみな発言に反応を示した少女――その瞳は、先程とは違い輝いて見える。
それに対し、俺は頭をひねらせた。もともと、外見は可愛いと言う意味なので見た目、全部可愛いと言えばいいのだろうか?
「ぜ、全部?」
「な、なんと。全部ですか?」
「え? あ、うん……」
「そうですか……、今まで生きてきた中で可愛いなんて、言われた事もありませんでした」
「ええ? そんな、可愛いのに……」
「―――ッ!?」
少女は、より一層頬の赤さを濃くして、下を向き俯いた。
俺何かしたかと思ったので、オーロラの方に目を向けると、オーロラは『またですか』見たいな目で俺を見てくる。
「あ、あのー」
「はい!?」
「この屋敷に、地下牢ってある?」
「はい、あります。ですが、そこへ行くには”テレポート”と言う魔法が必要です」
「”テレポート”?」
なんだそれ?見たいな顔をしている俺に気が付いたのか、オーロラは口を挟んだ。
「”テレポート”とは、個人魔法の一つです。この魔法は、確か――」
「――世界でただ一人しか使えない、考えた場所への移動が可能な転移魔法の一つ、だが。その魔法の転移先は一度訪れた事のある場所だけに限る。ですよね?」
オーロラの発言を遮り、口を開いたのは俺の前に立っている少女だった。
そんな、少女をオーロラは不満気な表情で見つめていた。
「へえーすごいな。世界に一人だけか」
「はい、それで現在その魔法を所持している人物が、この街の町長。ルーズ・アルベルトです」
「ルーズ・アルベルトですか……」
”ルーズ・アルベルト”と言う言葉にオーロラが強く反応した。そして、何処か想起を浮かべている。
「ど、どうかしたのか?」
「たしか……半世紀程前、王族の右肩として多大な歴史に名を残した貴族”アルベルト”……ですが、
「貴族か……」
「はい、今は貴族では無いですが」
「あ、あの……」
弱々しい声を上げたのは、少女であった。
その小さい肩をより一層縮めながら、俺を見つめている。
対し、オーロラは堂々とした素振りで少女を細目で鋭く睨んでいた。
「どうしたのです?」
「えーと、先程言っていた地下牢へと行きたいのですか?」
「ああ、そうだ」
「な、ならば。私の頼み事を聞いてはくれませんか?」
「頼み事ですか?」
「はい、そうです。今、地下牢には私と同じ年の”マーヤ”と言った子が閉じ込められているのです。その、子を逃がしてはくれませんか?」
「い、いま。マーヤと言ったか?」
「はい、言いましたけど……」
服屋の一人娘、マーヤで間違いないだろう。
街中探しても、マーヤの足取りさえ見付からなかった理由が要約分かった。ずっと、地下牢に閉じ込められていたんだ。
「そ、そうか」
「ユウタさん……」
『ああ、そうだ』と、オーロラを見き頷いて伝えた俺は再び少女へと目をやった。
「あの子は、”時を遡る能力”を持っているのです」
「時を遡る能力?」
「はい、そうです。時を遡る能力、通称”イディオム”」
「イディオム……ですか……」
オーロラは、首を傾げている俺をよそに、眉間にしわを寄せ困惑の表情を浮かべていた。
対し、少女は心配気に俺を見つめている。地下牢に閉じ込められている、選ばれた子の事を思いながら――。
俺は、少女を力強い眼差しで見つめ口を開いた。
「わかった、マーヤを救いだそう」
「お願いいたします」
少女は、安心したかのようにホッと吐息を吐き胸を撫で下ろしている。
そんな、少女に対し俺はある疑問を口にした。
「だけど、君はいいのか?ずっと、この屋敷にいて」
「はい。私は、あくまでコラプスです。この屋敷から出た所で、世界に災いを起こすだけの存在……。この、屋敷に残ります」
「それも、そうだな」
そうして、俺とオーロラは少女の部屋を後にした。
部屋を後にする瞬間に見えた、少女の笑顔は――俺の脳内に焼き付いていた。
「いいな、オーロラ」
「はい」
俺とオーロラは、手を繋ぎ身を寄せる。
そして、俺は魔法を唱えた。
「”テレポート”!! 」
そう唱えた途端、辺り一面銀色の光に包まれ、俺の視界を徐々に奪い去っていく。
そして、何も見えなくなった。
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