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淡路 霊二郎

プロローグ SCREEN saver

……見える。あの丘。青く光る魂が、森をさまよって芸術を形にしている。壮観だ。


歩く。


靴はなく、素足だ。


小石が足の皮膚を裂く。しかし、痛くない。


歩みを止めない。


この先には一体何があるのか、この光景は、私が見たことないものを見せてくれそう、と、そんな自分勝手な期待を抱いている。


頬に、漂う魂がぶつかる。


白い頬に、火傷したかのような焦げた跡がつく。焦って、震えながら遠くへ素早く逃げてく魂が、滑稽に見えて微笑んだ。


歩く。


まだ着かない。てっぺんまで、そう遠くなく見えるのに、果てしなく遠い。


何も考えないことにした。


……………………


……………………


雑念が、まっさらな頭を踏み荒らす。駄目か。


またうっかり屋さんの魂がどっかにぶつかってくれないかなって、物騒なことを考えてみる。


すると、大きな木の幹に魂がぶつかってゆらゆらと足元に落ちてきた。


わたしは、それを拾い上げてポケットに入れる。


……この服。あの時と同じだ。


黒のパーカー。ポケットが腹の辺りに大きなものが1つだけあり、左右両方の口が開いているやつだ。大きめの胸が服越しに膨らみを作って主張している。


下にはスカートも履いていた。私の学校の制服だ。スカートの下にはいつも何も履いていない。……露出狂なんてタチじゃない。ただ、少し不警戒なだけだ。


都合よくスカートをめくる神風なんて、創作上のものだけだと信じていたから。裏切られたけど。


フードをかぶって、あえて何も聞こえないようにする。魂達の雑談が、聞こえてきそうで怖いから。


そのままどのくらい歩いた頃だろう。山のてっぺんにたどり着いた。空の景色を邪魔する葉っぱはもう無く、ただ、だだっ広い草原があるだけだった。


空は、アクリル絵の具で群青色に塗ったくったようなもので、そこに星の欠片を散らばして満天の星空を表現しているよう。


「……すごい。」


ただ虚しく響くと知りながら、そう嘆息した。


「そうだろう?いつも、この景色は変わらなかった」


前の方から私に呼びかけるように声がした。


「……嘘。おじいちゃん?」


白衣姿にスッキリとした頭。シワだらけの顔面は、いつか子供の頃に見た、元気な祖父の姿そのものだった。


わたしは溢れる感情を堪えきれず祖父に駆け寄って抱きしめた。私は、祖父のことが大好きだったから。


「寂しかったのかい?ワシも、お前のことを待っていた」


声が出なかった。


しばらくして、感情の昂りが落ち着いて、私と祖父は、どこまでも広がる草原のど真ん中に座った。私は、祖父の話に耳を傾けた。


「ワシは、君たちに看取って貰ってから、ずーっと、数十年間この山にいた。亡霊、怨霊。あらゆる霊がこの山にいる。かく言うワシも亡霊のひとりなんじゃが。」


「……じゃあ、あの漂っている魂は何?」


「あれは、自意識を失い、でもこの世にとどまることを望んだ結果生まれたものじゃよ。ただ無意識に漂っている。可愛らしいものじゃろ?しかし、いずれはあれも成仏させなければならないんじゃ」


「おじいちゃんも、行かなきゃならないの?」


「ああ。しかし、成長したワシの孫に、元気な姿で会うまで、ずっとこの世界に地縛霊としていたんじゃよ。本来は、もうお空の彼方にいなくてはならない」


「おじいちゃん……」


言葉に詰まる。もっと、もっと早くこっちに来れば、おじいちゃんはこんなに苦しまずに済んだんじゃないかって、想像すると涙が出る。


「私も、おじいちゃんと会いたかった。今日までいてくれて、ありがとう」


ようやく出た言葉だ。この言葉は、私自身の胸にも大きく刺さった。自分の言葉で、思わず泣きそうになる。それを堪えて、何か言いたげな祖父の顔をしっかりと見る。


「ああ、ありがとう。でも、君に会いたかった理由は、これだけじゃないんだ。」


すると、祖父は立ち上がり、私の肩に手を伸ばした。肩と手が触れると思ったその時、祖父の手は貫通した。


「えっ、なんで……?私は、おじいちゃんの体を触れたのに……」


「いいかい?君はまだこの世界にいていい幽霊になっている。だから君がワシに触れても、ワシは君を触ることが出来ないんだ。何故か?君の死体は、まだ見つかっていないからだ。君の死体が見つかり、燃やされて墓に入るまで、君は成仏したくてもできなくなっている。」


愕然とした。幽霊は、死んだらすぐに成仏していなくなるのが定説で、この世に残る幽霊は、なにか強い怨念がある人ばかりだと思っていた。


私は、この世界に未練も怨念もない。そんな私が、幽霊でありながらこの世界に残れるなんて、考えもしなかったことだった。


「君はこの世界でどんなことをするかを選べるんだ。だが……君の良心に漬け込むようなことを言うようで悪いんだが、ワシの願いを、聞いてくれるかい?」


「うん。私、おじいちゃんの願いなら、なんでも叶えてみせるから。どうせ、私この世界に残ってもやることないし。」


祖父は微笑んだ。その笑顔で、まだこみ上げてきそうになった。


「この山に何年かいると、幽霊たちの愚痴や噂話を聞くようになるんだ。成仏したくてもできない幽霊が、この日本に沢山いるんだって。……その幽霊を、どうか、なるべく沢山、君の手で成仏させてくれないか?手段は問わない。最近、そういう幽霊が以上に増えてしまっているんだ。」


……思い出した。ココ最近、心霊現象の噂を多く聞くようになっていた。もう数えたくないほど、その数は昔より膨れ上がっていた。


「うん。わかった。それが、おじいちゃんの願いで、私の役目なんだね。」


承諾の意が伝わったのか、祖父は懐から拳銃と鞘のついた脇差を取り出して、銃口と刃先が私に向かないように渡してくれた。


「……これは?」


「これは、最終手段。自我を忘れた怨霊に対して使うといい。霊を殺す凶器。でも、君がこの手段に望んで出ないのはわかってる。だから、持ってるだけでいい。」


祖父のもの。皿からぶら下がった紐を腰にまいて結び、ポケットに拳銃を入れた。


殺し屋になるつもりは無い。でも、死ねないことが、楽になれないことがどれだけ辛いのか、私は知ってる。だから、会話出来ない怨霊に対しては容赦なく使っていく。その意を祖父に伝えた。


「それは頼もしい。では、あとのことは頼んだぞ」


祖父の体が宙に浮く。光をまとって、天に昇る。


私は、最後になにか伝えなきゃと言葉を振り絞る。


そして、言った。


「先に、待っててねっ!私も、いつかそこに行くから!それまで!私の事忘れないでね!約束だよっ」


そう、叫んだ。


祖父が最期までその言葉を聞いたのかは、わからない。


深く、息を吸う。そして吐く。溜まっていたものが全て体の中から消え去ったような感覚。


胸の中に、祖父の言葉が残ってる。


残っている限り、私は歩き続けられる。


フードを脱いだ。少しだけボサついた金髪が、突然吹いた風になびく。


「……今この瞬間が、生きてる時よりも、複雑な気持ちで、でも……笑ってる。心が喜んでる。」


目を閉じて、風を感じる。常世を生きて浴びる風よりも、流れる風のなんて爽快なことだろう。


詩的にそう思いながら、


不気味に時の過ぎる街に向かって、山を降って行った。

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SCREEN saver 淡路 霊二郎 @kurasiki_eitaro

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