HDDの見られたくないデータを吹っ飛ばせ!!

ちびまるフォイ

見られたくないものは、見られない場所へ

なんかいろいろ嫌なことがあったので自殺することにした。


高層ビルのへりに立って足元を見ると、

確実に脳しょうぶちまけて死ねるだけの高さを確信した。


「よ、よし行くぞ……!!」


明日への一歩を踏み出そうとしたその時。


「君、なにやってるんだい」


声がしたので思わず振り返った。

そこにはリストラという言葉が擬人化した幸薄そうな男が立っていた。


「私はこのビルの警備をやっている、幸 薄毛というものだよ」


「フッ、正義の味方ぶって俺を説得でもする気かい?」


「そんなつもりはない。ただ、この家電ビルは自殺する人が多くてね。

 そのたびに私が掃除するハメになるから他を当たってくれないかい」


「知るか! これから俺が死ぬのにそんなの知ったことか!」


「私だって死にたいよ。でも、嫁が死ぬ前には死ねないよ」


「意外と愛妻家なんだな」


「そんなわけあるか。単にHDDの中身を見られたくないだけだ」



「……あ!」


人の振り見て我が振り直せ、という言葉が頭を駆け抜けた。

そのまま屋上からダイブしてパラシュート降下したあと、家に猛ダッシュ。


パソコンを起動すると、そこには歪んだ性癖の伏魔殿のようなHDDが残っていた。


「やべぇよ、やべぇよ。俺が死んでからこれを見られたら……。

 俺、あの世でももう1回くらいは死ねるかもしれない……」


HDD消去系のアプリを探してみても、即消すのはない。

どのアプリを探しても「もしかしたら見られるかも」の不安はぬぐいきれなかった。


そんな中、1つだけ確実性を保証する広告があったので

ワラにもすがる思いで広告主の元まで急いだ。


「いらっしゃいませ。私どもは心臓のパルスを読み取って、

 パルスが尽きたときに、連動しているHDDのデータを吹っ飛ばします」


「そういうのを待っていたんです!!」


「では失礼して……」


お尻に電極が差し込まれビビビと電流が流れた。


「はい、これでお通じが良くなりましたよ」


「そっちはどうでもいいよ!!」


「いえいえ、ちゃんとHDDとの連動もできていますよ。

 あなたの心臓パルスが途絶えた瞬間に、データは消えます。

 安心して死んで来てください。あとパルスとバルスってなんか似てますね」


「あんたは余計な要素が多すぎるって……」


ともあれ、これで死後にHDDの秘蔵フォルダを見られる心配もなくなった。

安心したのもつかの間、いきなり息が苦しくなった。


「な、なんだ……息が苦しく……だ、だめだ……!!」


残った体力をすべて使って救急車を呼んだ。

あっという間に救急車が駆けつけて、勢いそのままにはね飛ばされた。


「大丈夫ですか!? 全身ズタズタじゃないですか!?」


「何かはねた感触感じませんでしたか?」


「…………まあ、治せば一緒です」


たまたま救急車に居合わせた名医の活躍により、俺の体は元通り。

かと思いきや、医者からは神妙な面持ちで病状を告げられた。


「実は……あなたの病気は幸福心臓病です」


「なんですかそれ……?」


「お尻に電極差して電流を流した人に0.0001%の確率で発症する病気です。

 幸福だと感じていないと、心臓が一瞬だけ止まります」


「電極の副作用かよ!!」


「あ、でも大丈夫ですよ。心臓が止まるといっても本の一瞬。

 0.1秒にも満たないので日常生活には影響しません」


「ああ、そうなんですか。それなら……ってよくなーーい!!」


気付いてしまった。

この病気がいかに自分の状況と相性が悪いかを。


心臓病でひとたび心臓が一瞬でも止まればHDDのデータは吹っ飛ぶ。

そんなのだけは避けたい。

死ぬ前日まで、秘蔵フォルダを見ていたい。満たされていたい。


「幸福心臓病は毎日を幸福だと思えば、病気は治りますから」


「が、頑張ります!」


その日を境に俺の日常は幸福なことでいっぱいになった。


「お、花が咲いてる!! 幸せ!!」

「今日も残業だ! みんなに必要とされて幸せ!!」

「ご飯が美味しい! なんて幸福なんだ!!」


なかば、やぶれかぶれというか強引というか。

別に幸福だと思ってなくても、

女子の「カワイイ」くらいのハードルの低さで乱用した。


「先輩、最近すっごく幸せそうですね」


「え? あ、そう?」

「前より生き生きしてますよ」


後輩に褒められた! 幸せ!!


言霊の力があるとすれば俺が生きた証人になるだろう。

あれだけ嫌々過ごしていたはずの日常なのに、

幸福だと思い込み続けることでだんだん本当に幸福に思えてきた。


今ではこの地球が存在していることにすら幸福を感じる。


「ありがとう地球!! しあわせぇ~~!!!」


今となっては、どうしてあんなに死にたかったのか思い出せない。

死ぬことで現実から解放されることよりも、

この先現実で待っている幸福が楽しみすぎて頭皮が薄くなる。


心臓とHDDの連携が今となっては足かせに感じる。


今はこんなにも幸福だからいいものの、

ふとした拍子に幸福が陰ったらHDDのデータは吹っ飛ぶ。


大事な連絡先も、友達との思い出も、大切な仕事のデータも。


「なんとかして、このHDDと心臓のリンクを解除できないものかなぁ……」


しかし、生涯契約の都合上、途中でリンク解除はできない。

強引にやったとしてもまた何か電極ぶっ刺されて、変な副作用出たらかなわない。


三日三晩、オカマとオネエの違いについて悩んだ結果

ついに解決策が思いついた。


「そうだ!! 別のHDDに移植しちゃえばいいじゃん!!

 こんな簡単なことにどうして気付かなかったんだ!!」


さっそく、いつぞやの電気ビルに行って安い中古HDDを購入。

家に帰って心臓にリンクしているHDDデータをつないでデータを移植。


少しづつ。

少しづつ。


思い出いっぱいのデータが別のHDDへと移植されていく。

なんだか感慨深いものがあった。


「一時期は死にたいとしか思ってなかった俺が、

 今じゃ生きたいとしか思えなくなるなんて、本当に驚いたな。

 これが思い込みの力ってわけか」


データの移植作業も残りわずか。


こんなに大事なデータを消そうとしていたなんて。

今じゃ昔の自分を殴ってでも止めていただろう。



100%



「よし! データの移植完了だ! これで心臓とのリンクも切れた!

 もう二度とHDDが吹っ飛ぶ不安を感じないで済むぞ!!」


移植が終わって安心した次の瞬間。


ボンッ!!


移植した先のHDDが高く高く文字通り吹っ飛んで、大気圏外へと消えていった。

俺の大切なデータは宇宙のチリとなってすべて焼失した。




『ただいま入ったニュースによりますと、

 高層ビルから自殺した男性はここの警備員の幸 薄毛さん。

 生前、HDDと心臓をつなげる契約をした翌日に

 HDDを売ってそのまま自殺したようです……』

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