③ざわくん

喫茶店“cachette”スイーツは、どれも驚くほどに美味しいことで有名だ。一休みに来るお客様以外に、これ目当てのお客様も一人や二人ではない。

パティシエの気まぐれで開かれるスイーツフェスタの際には、行列ができるほどに店内は賑わう。その全ての作業を彼一人で行っているにもかかわらず種類は豊富、しかもその味の全てにムラがない。

なのにもかかわらず、この店が取材されることは何故かないのだ。これだけ人気があるのならば、話題になってもおかしくないのに。



「今日はタルト・オ・トロピックを作って行きたいと思います」



今日はパティシエであるざわくんのスイーツ講座の日だ。これも予約が殺到した為、抽選で選ばれた数名がこの授業を受けることとなった。

ざわくんが昨日早く帰ったのは、これの最後の仕込みがあったからだ。

なるべく広くテーブルを使って作業をしてもらいたいので、店内の配置はいつもと少し変わっている。

手伝い役は背の高いシェフのウドさん、ざわくんほどではないが、畑違いとはいえ彼の腕は確かだ。


彼はいつも通りの明るいピンクの髪を一つに束ね、帽子の中にしまっている。かなり派手めな姿にもかかわらず、作業には一切の無駄がなかった。

出だしの行程を一通り説明した後に、彼は完成したスイーツを厨房から持ってきた。


店内に歓声が響く中、一人だけ俯いて恥にいる女の子がいる。ざわくんはそれが気になった。

薄いピンクの品のいいワンピースを着た、顔のよく見えない少女だった。髪が長いことしかここからでは分からない。参加者の中から一歩引いて、彼の作品を眺めているが誰よりも見たさそうに足を伸ばしていた。


「前に見に来い、コイヅが居っかぎりケーキは逃げねぇがら」

「君も見えないでしょう、おいで」


実は女好きのざわくん、山田さんや店長の命令にホイホイ従っているのもそれが理由なのだが、件の少女には特別何かを感じているようだった。

おそらく少女の真っ白な手が彼の脳裏に何かを訴えているのだろうが、ウドに声をかけられてその記憶はまた奥深くへと沈んでいった。一瞬虚ろな目をしていたが、すぐにまた元どおりのざわくんに戻った。


「綺麗な手だね、お菓子を作るのは初めてかな?」

「はっはい……」

「髪が長くて不便だろうから、動きやすいように結んであげようか?」

「えっえっ??」


いいなーという黄色い声が上がる中、ウドがチョップをする。セクハラは禁止だと。


「僕目当てで来てるんだから別に良くない??」

「百合子さんがそこで見てるぞ」


ざわくんはものすごい勢いで、手を上げた。


「まだ……まだ何もしてないです……」

「給料から引いておくから安心しなさい」

「ハゥゥッ!そんな店長も好き!!」


冷たい棘のような言葉で、ざわくんへダメージが与えられたように見えたが、それは逆にHPに加算された。


「お前はモンスターか何かが……」




***




難しい作業の部分はざわくんが下ごしらえをしていたので、初めての人でも上手く作れているようだった。休憩の時間に、ざわくんやウドと写真を撮る者もいれば、握手を求める者もいる。ここでは彼らはアイドルのようだった。

例の少女は出来上がったスイーツに舌鼓を打っているようで、なんとも美味しそうな顔をしている。


「いちごちゃん、上手くできてよかったね」


ざわくんはさりげなく声をかけた。さっきの作業中に名前を聞き出したのだ。流石、純粋培養のタラシである。




「はい……あの、ときどきデイムっておっしゃてるように聞こえたのですが、それってフランス語ですよね」


「まだ癖が抜けなくてさ、お嬢さんって言う意味で使うんだ。君も、ここにいるみんなも僕にはお嬢様のようだよ」




クサイセリフを放つと、イチゴを含め周りの女子達も顔を赤らめた。


「ざわさんフランス語も話せるんですか、カッコイイ!!」

「他にも何か話してくださいっ!」


女の子に囲まれ–––鼻の下が伸びきっている彼を尻目に–––給料は驚くほどに引かれていく。



週末、彼はタダ働き同然の事実に顎が外れそうになる。


死体のような彼の顔は、昇天しそうなくらいにいい笑顔だった。



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