ハートブレイク・ミュージック

白玉

ハートブレイク・ミュージック

 彼女の口ずさむカースティ・マッコールが好きだ。ニューイングランドの軽快なギターポップには、少し気の抜けた君の声がとてもよく似合う。こんな夜はふたりでよく観た映画みたいに、キングのラブ&プライドの音楽に乗ってクラブで夜通し踊り明かしたい気分だった。薄暗い中で色なんてわからないだろうけど、気難しいバーテンダーが作る日が沈むころの西の空みたいな淡い三層になったカクテルを、胸の痛みもろともぜんぶ流し込み、今日の記憶を無いものにしたかった。

 ヘッドフォンをして気持ちを落ち着かせ、アイポッドをシャッフルで再生した。締め切った部屋の空気は、僕から発せられる悲しみ怒り後悔といった全ての負の感情で、曇天の空のように重く濁っていた。ふたりの想い出で溢れるこの部屋のあらゆる場所に君の残像を探しては、情けない僕は手を伸ばして空を掴んだ。空気の読めない林檎はビリー・ブラッグのほうのニューイングランドを再生し、そのメロディに僕は泣いた。僕にとって良かったのか悪かったのか、機械仕掛けのこの林檎には全くと言っていいほど毒がなく、これで良いんでしょう? と言わんばかりに次から次へと再生し続けた。「歌詞よりも雰囲気が大切なの」と得意げに言っていた君の英語はいつもめちゃくちゃで、しまいには鼻唄で誤魔化していたことを思い出すと、どこにまだこんなに隠れていたのかと驚かされるほどの量の水分が目から溢れ出た。ぜんぶで五千曲ははいっているはずなのに、僕らの思い出の曲ばかりを続けざまに五曲も聞く羽目になった。おかげで僕の涙は枯れ果て、その頃には六本入りの缶ビールのうち四本を空にしていた。

 翌朝、目覚めると僕はヘッドフォンをしたままどういうわけか上半身は裸で、強盗に殺された人がよくそうしているように、両手足を投げ出した状態で床に転がっていた。頭が少し痛んだけれど、大量の涙が浄化してくれたおかげで、酒は失恋の痛みほど残っていなかった。



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