♯216 断罪のシナリオ2(勇者の挑戦5)
オハラ総大主教の更迭。
断頭台の設けられた広場に姿を見せたリディア教皇はそう宣言すると、引き連れてきた兵士の一団を背にオハラと向き合った。
若くしてラダレストの教皇になったカリスマは、妙齢に差し掛かった今でもその美貌に衰えは見られない。
凛とした鋭い視線を、まっすぐに見据えるその姿にはどこか、オルオレーナの姿が重なって見えた。
「これは……、どういう事だ。オハラ総大主教が更迭?」
「オハラ総大主教には、数千人に及ぶ行方不明者との関連に、深い疑惑がかけられているそうです」
当の本人よりも困惑を深めている法主に、アリシアが簡潔に現状を報告してみせる。
「数千人の、……行方不明者?」
「ラダレストでは十年程前から、突如行方不明になる者が後を立たなかったそうだ。原因も分からず、その調査も難航していたらしいんだが、何の事もない。総大主教が全て握り潰してやがった」
オハラが逃げ出さないよう警戒をしつつ、後ろ背に法主への説明を付け加える。
「オハラ総大主教が? ……何の為に」
「そこまでは知らんが、他にも『
「……勇者は何故そこまで、どこでそれだけの情報を」
「教皇がオハラに幽閉されていた所を助けた。んで、助けたついでにちぃとばかし話も出来た。……まぁ、そういうこった」
「幽閉……っ!?」
その為にヴォルドに時間を作ってもらい、ラダレストまで強行軍で行って戻ってきた。多少賭けみたいな所もあったが、それだけの成果は出せたように思う。少なくとも、人が一生懸命働いている裏で女を口説いていた誰かよりは頑張った。
「長い間体調が優れないからと人前に姿を見せていなかったそうだが、出てきたくても出てこれなかったって事だったらしい。よくもまぁ、やりたい放題やってくれたもんだ」
言いながらも、法主の横にいるアリシアに対して目線で合図を送る。
アリシアは一つ頷くと、広場の群衆に紛れている冒険者仲間達に指示を出した。さすがにいつまでも人質に取られたままではこちらも身動きが取れない。
こちらの仲間達が群衆の盾になるかのように前へと姿を見せると、その事に気づいたリディア教皇が傍らに立つ兵士の一人に何事かを伝えた。
「武器を収め広場の封鎖を解けっ!」
その兵士が今度は広場を取り囲んでいた兵士達に指示を出す。やや戸惑いながらも武器を収めていく兵士達。
広場の封鎖が解かれるのを確認すると、リディア教皇は一度だけこちらを向いて頷きを示した。
そして再びオハラに対して、強い視線で向き直る。
「オハラ総大主教。貴方にはオルオレーナに関する事でも聞きたい事があります」
「……はて、何の事でしょうか」
「いくらあの子とて、誰にも知られず、宝物殿から一人で『悪魔の心臓』を持ち出すには無理もすぎるというもの。……誰かが、手引きでもしない限りは」
そっと細められた視線の先にオハラを捉えると、リディア教皇は背後にいる兵士の一団に指示を出した。リディア教皇に率いられていた兵士達はその指示に従い、断頭台の設けられた舞台ごと壇上のオハラを取り囲んでいく。
広場を囲んでいた兵士達は教皇からの指示に従い武器を収めたが、オハラを守るようにして囲んでいる神殿騎士達は警戒を緩めようとはしていない。
神殿騎士のクセに教皇よりも総大主教を優先するその様子に、嫌な予感が拭えなかった。
こいつら、……まさか。
「ふっふっ。何を言うかと思えば」
オハラがその相貌を嘲笑に歪ませ、含んだように突然笑い出す。
「小賢しい真似を。だからどうしたと言うのです。あの娘が『悪魔の心臓』を持ち出せるように指示を出したのは私ですよ。更に言えば、その使い方が分かるようにもしましたし、最果ての森に行けるように色々と準備もしました。全て私の指示通りです。だからそれが何だというのでしょうか」
「己のしでかした罪を、悔い改めなさいっ!」
「罪っ!? 私の罪っ!? 下らぬ。実に下らないっ!」
ヒステリックに声をあげるオハラに対して、苦い感情が広がっていく。
オルオレーナの身に何があったのかは、リディア教皇を救出した時に直接教えてもらった。
ただ元気でいてさえくれれば良いと願っていた彼女に、何が起きて、どうなったのかを。
そして、多分。
もうこの世のどこにもいないであろうという事も。
「私をお前達の下らぬ法で裁くなど、身の程知らずも甚だしいっ! 私の言葉は女神様よりの言葉っ! 私の指示は女神様の意思のみっ! それを罪と断ずる事こそっ、その身の背徳の至りと心得よっ!」
「驕ったかオハラっ!」
「罪というならば女神様の言葉に背いたリディア教皇っ、貴女こそ真に罪深き者っ! 貴女は聖女マリエルを殺せと命じられたにも関わらず、己の浅慮によってそれを拒んだっ! 真に断罪されるべきはリディア教皇っ、貴女であるべきなのだよ!」
「私は自身の意思で選んだ事に、一切の後悔などしてはいません。今でも正しき道を選んだと、そう確信していますっ!」
大剣の柄を握る手にぐっと力がこもる。
ここに来て、その情報だけがどうしても掴めなかった事に、一つだけ後悔が残る。
ラダレストが捕らえていたハズの、聖女マリエル。聖都にその身柄を移して後、聖女マリエルが捕らえられている場所だけがどうしても掴めなかった。
その居場所は、オハラだけが知っている。
「女神の声も届かないような下賎な者が、何が教皇だっ! 全ては女神様の意思のままにっ!」
「……聖女マリエルは今どこに」
「私は貴女とは違うっ! 貴女とは違い、女神様の言葉には全霊をもってただこれに従うっ! 聖女マリエルはすでに、女神様へと捧げられるその時を待つのみっ!」
「……まさかっ、オハラてめぇっ!?」
その言葉の意味する所など、一つしかありえない。
「……本人の意思を無視して降臨の儀を成そう等とっ! オハラっ! 貴方は何を考えているのかっ!」
女神の強制降臨。
こいつらっ、何考えてやがるっ!?
そんな事をすれば聖女マリエルは確実にっ。
「女神様が生かせというから殺さずにいただけの事。リディア教皇よっ! 女神の声の届かない貴女には、もはや教皇であるだけの価値など欠片も無いのだっ!」
「オハラを捕らえよっ!」
舞台を取り囲んでいた兵士達がリディア教皇の号令の下、一斉に壇上へと駆け上がった。オハラを守る神殿騎士達との間で激しい剣撃が合わさる。
「待てっ! 気を付けろっ!」
そして、取り囲んでいた兵士達が弾き飛ばされた。
「な、なんだっ、こいつらっ!?」
「ぐぁあああーっ!?」
リディア教皇に従う兵士達に動揺が走る。
数で押すラダレストの兵士に対して、オハラを守る神殿騎士達は明らかにその様子が違っていた。
その身を相手の刃が貫くのも構わず、身に当てた剣を押し当てて前へと踏み出てくる神殿騎士達。更には押し込んでくる兵士達を受け止めた味方ごと、その背後から容赦なく剣を突き立ててきている。
我が身を省みぬ狂信者達。
こいつら……っ。
「こいつらっ、『
「女神様の意思は我とともにありっ!」
熱をもって自身に酔いしれるオハラを、我が身をとして守ろうとする神殿騎士達。その勢いに怯み、取り囲んでいた兵士達が逆に押し返されていく。
「くそっ、ここまで来てっ!」
ラダレストの兵士達の間をすり抜け、飛びかかってくる神殿騎士達を斬りふせる。『
逆に、狭い舞台の上で敵味方が密集してしまった所為で、怯むラダレストの兵士達を巻き込まないようにすれば、自由に身動きが取れない。
取り囲んだ事が完全に裏目に出てしまった。
それでもオハラを逃がすまいと迫る所で、同時に二つの叫び声が耳に届いた。
「法主ーっ!」
「教皇様ーっ!」
包囲を抜けた『
「っくそがぁぁぁあああああああっ!」
こいつら相手に並みの兵士では分が悪い。
相手を一撃で叩き斬りでもしない限り、こいつらは我が身を惜しまずにひたすら目標へと突っ込んでくる。
守るべきは法主か教皇か。
それを考えてるだけの時間すら惜しいっ!
「だりゃぁぁぁああああああっ!」
手にした大剣を力一杯投げつける。
まっすぐに飛んでいった大剣は法主に迫る神殿騎士を貫き、法主を守ろうと身を挺していたアリシアを掠めてそのまま断頭台の柱へと突き刺さった。
……正直すまん。アリシアには後で謝る。
同時に壇上から勢いよく駆け出し、教皇に迫っていた神殿騎士の背中に飛びかかる。全体重と勢いを乗せたぶち当たりに耐えきれず、教皇を狙っていた剣先が空を切って地面を抉った。
「ボヤボヤしてんじゃねぇっ! てめぇんとこの大将ぐらいてめぇらで守れっ!」
そのまま倒れた神殿騎士に一撃を食らわせて気を失わせ、教皇の周りで及び腰になっていた兵士達に怒鳴り付ける。
なっちゃいねぇにも程があるだろがっ!
「教皇様っ、オハラがっ!」
慌てて振り返れば、壇上では勢いで巻き返した神殿騎士達がオハラを守りながら、反対側へと降りていくのが視界に入った。
「勇者ユーシスっ、私の事よりもオハラをっ!」
リディア教皇が叫ぶが、かといってこのまま役に立たない兵士達に任せて放っておく訳にもいかない。
……くそっ、このままじゃっ!
「勇者殿っ! 教皇と法主は任されよっ!」
「……バゼラット騎士団長っ!」
迷っている間にも遠ざかっていくオハラの姿を苦々しく睨み付けていると、群衆を割ってバゼラット騎士団長が広場へと駆け込んできた。
バゼラット騎士団長には別途、中央神殿の制圧を頼んでいた。そのバゼラット騎士団長が広場に姿を見せたという事は、あっちの方は問題なく終えたのだろう。喉から手の出る救いに心から感謝する。
「勇者殿はオハラをっ!」
「すまんっ! ……教皇と法主を頼むっ!」
バゼラット騎士団長に後事を託し、舞台の向こう側へと姿を消したオハラに向かい、駆け出す。
ここまで来てオハラを逃がせるかっ!
聖女マリエルを救う為には、ここでオハラを逃す訳にはいかないっ!
舞台を飛び越えてオハラを追いかけようとしたその時、壇上に残っていた一人の神殿騎士が何かを飲み込んだのが見えた。
……こいつ、今、……何をっ!?
その次の瞬間。激しい光と熱が一瞬の内に視界の全てを染め上げ、壇上に残っていたものを尽く吹き飛ばす為の爆音が轟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます