♯198 瓦礫の中の激闘(魔王の憂鬱29)



「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおーっ!」


 スンラが雄叫びを上げ、赤黒い炎をまとった拳が大気の壁を突き破りながら迫ってきた。


 敢えて避けずに、その拳を受け止める。


 インパクトの瞬間、山が落ちたかのような轟音が衝撃波となって周囲を凪ぎ払った。過度の圧力を受けた大気が悲鳴を上げ、足下の大地を巻き込んで大きく沈み込む。


 だが俺は、大地ほど柔じゃない。


 砂礫と土埃が巻き上がる中で、しっかりとスンラの拳を受け止めた掌に力を込め、逃がさないように捕まえる。


 微動だにしない俺の姿を映したスンラの瞳孔が、かすかに揺らいで動揺を示した。


「おおおおおぉぉぉっ、りゃあぁぁーっ!」


 強張りを見せるヤツの腕を両手で引き寄せる。


 引かれまいと頑なな抵抗を見せるが構わず、力の限りに強引に引っこ抜く。その勢いをのせたまま、背後の地面に背中から叩き付けた。


「がああっ!?」


 スンラの身体が地中深くにめり込む。


 陥没した大地が更に深く抉れ、叩き付けられた地面が大きくひび割れ、めくれ上がった。


「ぜりゃぁぁああああーっ!」


 一息つく間さえ与えない。


 掴んだままの両手を引き絞りながら地中にめり込んだ身体を引抜くと、反対側の瓦礫の山の中へと更に叩きつけるようにして放り投げた。


 全身の骨がズタズタに砕けたであろうスンラの身体が、派手な土煙を上げながら瓦礫の山を吹き飛ばす。


 周囲はすでに、城の一角であった面影など微塵も残ってはいない。相当な範囲が、破壊に次ぐ破壊の衝撃の余波を受け、崩れた瓦礫と石片の荒野へと変わり果てていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 大量の土煙を巻き上げながら、地響きとともに瓦礫の山が沈んでいく。その睨み付けていた土煙の一点が、大きく揺らいだ。


 一瞬の間に、衝撃が全身に叩き付けられる。


「がっ!? っぜぇぇえええええっ!」


 土煙の中から貫くようにして、たった今放り投げたばかりのスンラがチャージをしかけていた。


 勢いの乗ったぶちかましに対して、折り畳んだ左肩で正面から全力で抗う。


 骨が軋み、衝撃に耐えた身体がかすかに沈み込む。


「無駄だっ! どれだけ虚勢を張ろうともっ、お前に俺は倒せんっ!」


 すでに互いの鎧は砕け散り欠片も残ってはいない。剥き出しの上半身がぶつかり合う。


 『闘神闘気』を更に奥底から引き出し、闇の女神に教わった通りに自身の肉体の奥深く、芯にある魂の根元へと厚く重ねていく。


「っるせぇぇぇええええーっ!」


 ヤツの赤黒い炎と漏れ出た闘気が弾け合った。


 圧力を受けて沈みかけていた膝に根性を込め、ヤツの身体を気合いで押し返す。


「ぜぁぁぁああああああああーっ!」


 最後の一押しで闘気を爆発させ、その勢いをもってスンラを弾き飛ばした。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 弾き飛ばされたスンラがやや離れた位置に距離を取る。その口元を拭う表情を、厳しいものへと変えていた。


「……身体強化とは違う。その力」


 纏う赤黒い炎が身体の表面を撫でていく。炎が触れ、撫でていった場所からダメージが消えていくのが分かった。


 千切れて壊死していた筋肉が、砕けた骨格が。

 傷だらけだった皮膚が炎の一触れで再生していく。


 何度も致命傷に至る程の手応えがあった。

 それだけのダメージを与えても尚、即座に復活してくるその理由をしっかりと目視する。


 死なない。それだけじゃない。

 致命的なダメージでさえ、即座に回復させてやがる。


 感じる魔力にも消耗が見えない。

 体力を損なっているようにも思えなかった。


「それは間違いなく、闘神闘気。……貴様っ、か」


「っざぁぁぁああああああーっ!」


 地面を蹴って間合いを詰める。


 突き付けた拳を受け止めようとしたヤツの掌をぶちぬき、更に上腕部辺りまでを激しく吹き飛ばした。


「無駄だと言った」


 吹き飛ばしたハズの腕が瞬時に再生を果たし、凶悪なまでの握力を込めて喉元へと叩き付けられた。


「がはっ」


 気道が締め付けられ、息が詰まる。

 朦朧としかけた意識の中にスンラの声が届く。


「よもやアスラの血を残すものがまだ生きていたとはな。大人しく隠れておればむざむざ殺されずに済んだものを」


「ぐぅっ、……っるせぇっ!」


 喉を締め付ける腕の手首を取り、力まかせに握り潰した。


 首元への締め付けが解かれ、塞き止められていた空気を一気に肺へと吸い込む。


 喉へのダメージと自由になった呼吸にむせ、前のめりになって激しく咳き込んでしまった。


「力だけはあるようだが、所詮は有限っ! 再生し続けるこの身体の前では無駄な事だっ!」


「がっ!?」


 潰したハズの手首が直ぐ様再生し、後頭部を鷲掴みにされてしまう。咄嗟に堪える事が出来ず、そのまま地面へと盛大に叩き付けられた。


「そうと知った以上、アスラの血は残さぬ。あの忌々しい戦神の血など、一滴たりとて残しはせぬっ!」


「んなのっ、知るかぁぁあああーっ!」


 押さえつけていた腕を掴み、再び叩き折る。


 上体を起こす勢いそのままにスンラの腹部へと渾身の力を叩き込み、その上半身を吹き飛ばした。


 赤黒い炎が集い、吹き飛ばしたハズの上体が瞬時に再生を果たす。


「無駄だと言っている。お前では俺の不死を覆す事は叶わぬっ!」


 無防備になった一瞬を突かれ、その腕を防ぐ事が間に合わなかった。


「がぁぁぁああああああっ!?」


 ヤツの掌に顔面を覆われ、激しく締め付けられる。


「砕け散れっ、アスラの血を残す者よっ!」


 指先にとんでもない力が加えられ、頭蓋にひびが入る音が直接頭の中に響く。


「ががっがっぐがぐぐぐっぐっ……」


 刈り取られそうになった意識を気合いでつなぎとめ、奥歯が欠ける程に食い縛り、抗う。


 力に対して力で抗いを見せつける。


 スンラの手首を握り返し、ゆっくりと顔から引き剥がした。


 消耗が激しいこちらとは違って、スンラの力は最初に殴り合った時から一切減衰が見られない。


 傷やダメージだけじゃない。


 コイツの再生とやらは傷やダメージだけでなく、損なった体力や魔力でさえも回復させていやがる。


 どれだけ吹っ飛ばしたとしても。

 どれだけ叩き潰したとしても。


 赤黒い炎がその全てを、まるで無かった事のようにしてしまっている。


 赤黒い炎がヤツの身体を包むたび、全てをゼロに戻してきやがる。


「……上等じゃねぇか」


 押し込む両腕に、更なる力が籠る。


 ヤツの力に対して、更なる力を持って上回る。


「潰しても潰しても元に戻るなら、何度でも叩き潰してやるっ……」


 再生しやがるのなら、再生するたびに。

 復活するのなら復活するたびに。


 何度でも。


 何度でもそのたびに、叩き潰してやる。


 言い逃れも出来ねぇ程に徹底的に、とことん叩き潰してやらねぇと気がすまねぇ。


「どうせっ、一度ぶっ殺したくらいじゃ到底収まりきらねぇんだっ。上等じゃねぇかっ! 何度でも再生してこいやっ! そのたびに何度だって叩き潰すっ!」


「ほざけぇぇえええっ!」


 互いが同時に、互いの腕を弾いた。

 弾かれ、強く握り込まれた拳が交差する。


 ヤツの拳がこちらに届くよりも一瞬だけ早く、突き出した拳の先がヤツの顔面を捉えた。


 スンラの身体が、激しく吹き飛んでいく。


「……何度だって再生すりゃいいっ、てめぇの出来る事の全てを、やりたいようにやってみせろっ!」


 体力だの再生だの面倒臭ぇ。

 そんなもの、今はどうでもいい。


 逃がしはしない。


 絶対に負けもしない。


 この瓦礫の中で、ここで終わらせる。

 ここで全てを終わらせてやるっ!

 

「てめぇの全てだっ! てめぇの全てを否定してやるっ! てめぇの全てを叩き潰してここで全てを終わらせてやらぁっ!」


「調子に乗るなぁぁぁあああっ!」


 再生を果たしたスンラが再び迫る。

 赤黒い炎が高々と燃え上がり、雄叫びを交えた衝撃が激しく辺りを吹き飛ばす。


 互いの肉体を破壊しながら、豪打が交わる。


 砕けた瓦礫の散らばる荒野に成り果てた場に、果て無き爆音がただひたすらに、響き渡っていた。





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