♯188 戦神の誇り(魔王の憂鬱27)



「スンラの出現は、あまりにも突然すぎた」


 会議室に集められた顔ぶれの前で、重たい空気を引きずったままそう、切り出す。


 それは実際に、自分が体験した事では無い。


 アスラ神族の最後の一人として生き残った自分が、その力に目覚めたあの日。一族として受け継いだ力を自覚したあの時に、セルアザムから告げられた事。


 そして、その後、魔の国に戻り、自身の目と耳で感じた事、調べあげたその結果と、事実。


 今まで公表する事を避けてきた、真実。


「スンラの生まれや生い立ちは、誰も知らない。ヤツは突然そこに現れ、当時の魔王を殺し、新たな魔王の座についた」


 押し黙る皆の前で言葉を、続ける。


「ヤツがどこから来たのか。それまで何をしていたのか。散々手を尽くして調べてみたが、結局、何も分からないままだった。ヤツに繋がる情報は驚くほどに、何も残ってはいなかったんだ。……クソ丁寧なほどにな」


「……何者かの手が入っている、と?」


 慎重に言葉を選びながら、法主が尋ねる。


 空想上の生き物でもなければ、必ずそれを生んだ親があり、育った環境が何処かにある。なければおかしい。


 だがスンラにはそれらの情報が一切無かった。


 何者かが意図的に、それらの情報を潰していたのだと見るのが普通だ。そしてそれは、本人ではありえない。何故ならそれらの情報を潰した痕跡は、本人が姿を消した後にも見られたからだ。


 法主に対して浅く、頷きを返す。


「それが何者かは未だ分かってはいないがな。……いや、いなかったと言うべきか。スンラがラダレストと繋がっていたのだと分かった今なら、それも自ずと見えてくる」


 ラダレストの名前を出した所で、アリステア側の者達の表情が暗く強張る。流石にそれは法主でさえも同じらしく、固く結んだ口元が痛々しい。


 無理もない。


 聖女教と女神教。例え教義が違えど同じ人族として、その片一方がよりにもよってスンラと繋がっていたという事実は、受け入れがたいのだろう。その心情は察して余りあるもののようにも思える。


「魔王になったヤツはすぐさま魔王軍を掌握し、人の世界へと侵攻をはじめた。……この辺りの事はお前達も知っての通りだ。ヤツは人の世界に侵攻し、当時の勇者と聖女を、殺した」


 先代の勇者ファシアスと、聖女ソフィア。


 どちらも俺にとってはその名前と、スンラに殺されたという結果しか知らない者達だが、アリステアの者達にとってはそうではない。それは、今の勇者ユーシスと聖女マリエルに対する接し方を見れば分かる。


 聖女とは文字通りこの国の要であり、それを守る為の勇者とは希望や憧れといった概念、そのものなのだろう。


 中にはその時の事を生々しく記憶している者もいるかもしれない。それは、遠い昔の話などではない。


 13年という月日は長くもあり、短くもある。


「……だが、当時の勇者と聖女を殺したスンラはそこで動きを止めた。それ以上の人の世界への侵攻を止めてしまった。ヤツには元々、人の世界をどうこうするつもりなど、一切なかったからだ。スンラの目的は最初から、この国の勇者と聖女、この二人だった」


 事情を説明する為に、敢えて前置きを語る。


 周知であろう事実に法主が反応を示す。


「スンラの目的がこの国の勇者と聖女だったとは、……それは一体、どういう意味なのか」


 法主からの問いかけに対して一つ間を置き、はっきりとその事実を、告げる。


 魔の国の者でさえ、ごく少数しか知らない事実。


「スンラは、他の者の『能力』を『喰らう』」


「……力を、……喰らう?」


 言葉を反芻する法主に対して静かに肯定を示す。


 スンラは他の者の能力を喰らう。


 それはその言葉通りの行為をもって相手を喰らい、その身の持つ能力を自分の身に宿らせてしまう。……故にスンラは、より強者を求める。より強き者を、求め続けていた。


「勇者と聖女は人族として、抜きん出た強さを持っている。今代の勇者と聖女を見てもそれは分かる。……だが逆にそれは、個としての強さという面において、人の世界に勇者と聖女以上の者がいないという事でもある」


「……だから、だからスンラはあの時」


「勇者と聖女を喰らったスンラにとって人の世界は、それ以上の価値を持つものでは無かったのだろう。個の力において人族は、魔の国の者には遠く及ばない」


 当時の魔王を倒した時、すでにスンラは相当な力を得ていたのだという。それは、それだけの力を喰らい続けてきたという証でもある。そして更にそこに、魔王の力が加わり、勇者と聖女の力が加わった。


 だが、スンラはそこで止まらなかった。


 それが飽くなき強さへの渇望なのか、それとも違う、他の何かなのかは分からない。分からないが、ヤツの矛先は人族の世界から別のベクトルへと向けられた。


 言外に含ませた意味に気づいたのか、そこで法主が表情を変え、顔を上げた。


 人の世界への侵攻を止めたスンラがその後、何をしたのか。その事にようやく思い至ったのだろう。もしかしたら今まで、その事を想像した事さえなかったのかもしれない。 


「……まさか、スンラは魔の国に戻った後」


 法主が言葉を濁し、言い淀む。


 その意を汲んで頷き、そっと視線を閉ざした。


 そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「魔の国にいた力ある者達を片っ端から、喰らい始めた」


 居並ぶ者達が総じて、息を飲んだ。


 顔色を青褪めさせている者は、その様子を想像してしまったのだろう。実際、その者が想像した通りの惨状が、魔の国において行われたのだ。


「……魔の国はその後、狂気に飲まれた」


 スンラの暴虐はその矛先を選ばなかった。


 オーガやゴブリン、虎人やドラゴン、巨人にいたるまで、力あるとみられた魔族は尽くその猛威に曝され、喰らい尽くされていった。


 中にはファーラットのように全く眼中に無かった一族もあったが、それは例外中の例外であり、ほぼ全ての魔族がスンラの標的になったといっても過言ではなかった。


「……不謹慎ではあるが敢えて聞きたい。まさかシキ殿の『力』も、……すでにスンラに?」


「……いや、シキはスンラには『喰われて』はいない。スンラが力を喰らった者達は、遺体が残らない。ヤツは文字通り、相手を『喰らう』からだ。……先代の勇者と聖女が、そうだったようにな」


 スンラに喰われたものは遺体が残らない。

 命懸けでシキを連れ帰ったアスタスはそれだけでも実際、大きな役割を果たしてくれた。


 それが意味する所は実に大きい。


「……スンラが思っていた以上の化物であり、我々と魔王殿達の共通の敵である事は分かった。……分かったのだが、その他者の能力を喰らうというスンラの能力を今まで内密にしていたのは、何か他ならぬ理由があっての事、……なのだろうか?」


「ヤツがアスラ神族を、喰らったからだ」


 佇まいを正し、こちらの意図する所を尋ねる法主に対してその答えを、返す。


「アスラ神族は戦神アスラの血を受け継ぐ一族として、戦神と同じ『闘神闘気』を使う事が出来る。簡単に言えばお前達の使う『身体強化』の魔法を固有能力としたものだと思ってくれればいい。魔法とは違うし、そもそも根本的に違うが、……まぁ、似たようなものだ」


 実際に俺ですら、闇の女神に会うまでは『闘神闘気』とは『身体強化』の強化版だという認識でしかなかった。


 闇の女神からその本質を教わり、あれは身体を強化する為だけのものでなく、『存在』の力そのものをより次元の高いものへと高めるものなのだと知ったが、……それを詳しく説明する必要は、今はない。


「そしてそれこそが、俺達アスラ神族が戦神の末裔であるという証であり、誇りでもある。その力を、一族以外の者に奪われた等と、……広める訳には、いかなかった」


「戦神の末裔である事の、……誇り」


「ただ一族の誰かがスンラに敗れただけであったのなら、その後も関わる事はなかっただろう。神話の時代よりずっと、俺達アスラ神族は魔の国との関わりを極力避けてきたのだから。それは神話の時代に交わした女神との約束でもあったらしい。……さすがにその詳しい内容までは伝わってはいないらしいがな」


 途中で言葉を区切り、セルアザムへと視線を移す。


 実際、アスラ神族についての知識はセルアザムからの受け売りでしかない。魔の国と関わりを絶っていたハズのアスラ神族の事を、何故セルアザムが知っているのか。個人的にとはいえ、その長であったらしい俺の両親と、何故交遊を持っていたのか。ずっと抱いていた疑問も、セルアザムが初代魔王である『悪魔王』だと知った今なら、その理由も少し分かるような気もする。


 黙って控えるセルアザムから視線を外し、方主達へと向き直る。


「……だが、戦神の誇りを奪ったスンラを放って置く訳にはいかなかった。アスラ神族は一族の誇りにかけて、スンラを滅ぼさねばならなかったんだ」


「それで、魔王殿の一族がスンラを?」


「アスラ神族とスンラの戦いは凄惨を極めたらしい。魔の国の至る所でぶつかり、破壊と混沌を撒き散らし、すでにスンラによって混乱の極地にあった国内を、更に破壊し尽くす程に激しいものだったそうだ」


 幼かった俺の記憶には無いが、魔王として魔の国の復興を進めていけば、それがどれだけ激しいものだったかは容易に想像出来もする。それがどれだけ、魔の国に住む者達を困窮に追いやる事になったのかも。


「他者の力を奪い続け、あり得ない程の強さを身に付けていたスンラだったが、アスラ神族は一族の命運と引き換えにして、最後には討ち果たした。僅かに残った俺の両親をはじめとする、その命を代償にして」


 まだ幼子だった俺をセルアザムに託し、俺の両親はスンラとの決戦に挑んだのだという。


 その結果、スンラは死んだ。


 すくなくともその玉座からスンラは消え、魔王の腕輪はセルアザムの手元へと戻ってきたのだ。


 戦いの後、戻ってきた者は誰一人としていなかった。


 セルアザムは戦いの後にそれを確認し、ただ一つ残った魔王の腕輪を拾い上げ、……魔の国を後にした。


「……スンラは滅んだ。アスラ神族が一族の命を引き換えにして滅ぼした。……そのハズだった」


 そのハズだったのに。


「……アスラ神族がスンラを倒した事を公表しなかったのは、スンラの能力と『闘神闘気』を奪われた事を公にしたくなかったからだ。スンラは死んだ。ならば敢えて命を賭して戦った一族の誇りを貶めるような事は避けたかった。……それで本当に、スンラが滅んでいたのなら、……な」


「……だが、スンラは再び現れた」


 法主の一言に、場が静まる。


 滅ぼしたハズのスンラが、再び現れた。

 闇の女神からまだスンラは生きていると聞いてはいても、その存在をこうして確認するまでは、どこか半信半疑だった自分がいた事にも気が付く。


 臓腑が煮えくり返る程の憎悪と、悔しさ。

 そして、狂おしい程の歓喜が同時に沸き立ってくる。


 本当に、生きてやがった。

 まだこの手で、殺してやれるのだと。


「腕輪を引き継ぎ魔王の座についたのは、一族が残した戦いの傷痕から魔の国を復興させる為だった。それがアスラ神族としてただ一人生き残った俺の、俺に課せられた責任でもあり、守らねばならない一族の誇りだったからだ」


 言いながら、腕にはめた腕輪を手を添える。


 魔の国が創設された時代から代々受け継がれてきた、魔王の腕輪。所有者を魔王と認める、その証。


 特殊な金属で魔法による加工がなされたそれは、物質から時間軸が外され、何年経っても変化もしなければ決して破壊される事もない。


 失われた古代遺物アーティファクトの一つとしての価値は相当に高いが、腕輪に課せられた重さはその価値をも大きく上回る。


 その腕輪をそっと、腕から外す。


「だが、スンラがまだ生きていて、こうして目の前に敵として現れたのなら話は違ってくる。この話をお前達に伝えたのも、その為だ」


 腕輪を腕から外し、法主達やセルアザム達、その場にいる全員の顔を静かに見渡す。


「スンラは、俺が倒す。……リーンシェイドっ!」


 腕輪を掴み、掴んだ手を側にいるリーンシェイドへと向けてその名を叫ぶ。


「この腕輪をお前に預ける。他の誰でもない、お前にだ」


「……なっ、陛下っ!?」


 普段滅多に感情を顔に出さないリーンシェイドが、驚きに目を見開き、困惑したかのように後ずさる。


 距離を置くの許さず、その手の中へと、魔王の腕輪をさらに押し込んで強引に受け取らせた。


「勘違いするな。だ」


「……陛下、何を」


「スンラは俺が倒す。何が何でも絶対にだ。だがそれは魔王の俺としてではない。俺個人が俺の一族の誇りにかけて、倒さねばならない相手なんだ。……だったらこの腕輪を、身に付けている訳にはいかない」


「そんなっ、そんな事ありませんっ、陛下はっ……」


みたいなもんだ。分かって欲しい」


 何かを言おうとしていたリーンシェイドの言葉を遮り、腕輪を強く、その思いを込めて強く、託す。


「スンラを倒すまでだ。それまででいい。それまででいから、預かっていてくれないか。立ち上げの頃から一緒にいたお前だからこそ、こうして託せるんだ。……頼む」


 真正面からリーンシェイドへと向き合い、強い意思とともに決意を託す。驚きに見開かれていた宵闇色の瞳が揺らぎ、微かな動揺を謳い、静かに、凪いでいく。


「……ずるいです。陛下は」


 呆れの籠った呟きが、誰にも届く事のないような小さな嘆息とともにこぼれた。


「ご命令とあらば。身命を賭して、お預かりいたします」


「……すまんな」


 恭しく腕輪を抱えるリーンシェイドに一言声をかけ、その場にいる他の全員に対し、再び向き直る。


「勇者とアスタスの所在が分かって次の一手に進みたい所だが、スンラが姿を見せたとあってはこれを見過ごす訳にはいかないっ! 悪いがスンラ討伐を何よりも優先させてもらうっ、異論があれば申し出てくれっ!」


 見渡す一同の表情が固く結ばれる。


 誰もが眼差しに力を込める中、法主が皆を代表するかのように大きく首を縦に沈めた。


「わがままを言ってすまん。ヤツは王国連合軍の中に紛れている可能性が高い。ラダレスト軍のいる東はもちろん、西と南に対しても徹底してヤツを探し出せっ! 総力を上げて、ヤツを見つけ出すんだっ、いいなっ!」


「はっ!」


 アドルファスとモルバドットに指示を伝える。

 魔王軍の総力を上げて、必ず見つけ出してみせる。


「見つけたら必ず俺に伝えろっ! 必ずだっ!」


 スンラは俺が必ず倒す。

 この血に、戦神の末裔である誇りにけかけて。


 ……何があろうと必ず。絶対にだ。





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