♯132 大群包囲
「……高い所が苦手だと言う訳でも、無いのにね」
オルオレーナさんが隣に座って腕を組み、自分の指で顎下を押さえながらじぃーっと見つめてくる。
一旦小屋の中へと戻り、皆で頭を悩ませる。
原因である私を中心にして……。
「目を瞑って堪える訳にはいかないのであるか?」
「……ごめんなさい。無理です」
強面な目元が申し訳なさそうに下がる。
やたらマッチョで巨漢なエルフの爺様。エルフという言葉の持つイメージとはかなりかけ離れた外見をしてるけど、話してみると意外に優しいル・ゴーシュさん。
親身になって心配をしてくれている様子に、今までの変態呼ばわりを心の中でそっと謝っておく。
でも全裸にはならないで下さい。
真向いに座る剣聖さんがうーんと首を捻りながら、髭だるまの渋面をさらに歪ませる。
「高い所が苦手と言う訳では無いのでござろう? ならば拙者の様に岩肌を蹴り上がっていけば……」
「……更に無理です」
それが出来るのはほんの一握りの、人間を超越した他の何かだと思います。
高い所が苦手な訳では無い。
落ちる分には平気だったのに……。
とにかく、空を飛ぶ事が怖くて仕方ない。
まさかここに来て、谷底からの脱出に自分の欠点がネックになるとは思わなかった。
申し訳なさ過ぎて言葉も無い。
魔法障壁を平たく置いて階段のように昇れないかとも思ったけれど、オルオレーナさんに止められてしまった。
あまり慣れていない私の魔法構築精度では、はるかに見上げる岸壁を昇るだけの魔法障壁を安定して作り出すのには不安が残るのだそうだ。
言われて確かにとも思う。
中途半端に登った所での立ち往生は洒落にならない。
考えて見れば落ちてくる最中、何枚割った事か。
強度にも問題があると言えばある。
結局、良い代案が出ないまま一夜が過ぎた。
次の日の朝。
下流へ進んでも行き止まってしまうと言う事で、今度はさらに上流へと足を運ぶ事になった。
「……すみません。私の所為で」
一人足を引っ張ってる状況に頭が下がる。
「誰しも苦手な事の一つや二つはあるものでござる。さらに上流の方へは、拙者も行った事がござらぬ故、逆に良い機会でもござる。お気になさるな」
谷底から脱出出来るまでは助力を惜しまないと、剣聖さんは腰に二本を差し、一緒に来てくれた。
「先に一人で上がっても、一人じゃ森を出られる自信が無いからね。こうなったら、とことんどこまでも一緒に行くよ」
爽やかな笑顔で情けない事をはっきりと言うオルオレーナさん。付き合わせてしまってる以上突っ込みも入れられない。
……ごめんね。
「このル・ゴーシュ。一人で置いて行かれるのは寂しいのであるっ!」
……。
……。
何と言うか、直接的な人だよね。
四魔大公の他の三人がどこか知的な分だけ、ちょっと意外な気がしてならない。
誰がこの四人を決めたんだろうか……。
「……妖魔大公さんは、聞いていたのとはだいぶ印象の違う方で、少し驚いています」
「ふむ。どのように聞いていたのであるか?」
狭い岩場を足元に気を付けながら歩く。
行けども行けども岸壁に囲まれた岩場が続けば、代わり映えのしない風景に気分も沈み勝ちになる。
何気なく話しかけた言葉に、ル・ゴーシュさんは気さくに応じてくれた。
「結界術に長けた、老エルフさんだと……」
「その通りであるな」
「そう、……ですね」
……。
……。
あれ?
聞いた通りだった。
……いや、待て。そうじゃない。
うっかり納得しかけてしまったけど、ル・ゴーシュさんに感じる『そうじゃない感』はそういう所では無くて、もっと根源的な事だと思うのであります。
「エルフさんって、もっとこう……、何て言うんでしょうか、華奢で儚げな姿をつい想像してしまって」
透き通るような肌、線の細い身体。
森と神秘のマリアージュと言うか、もっとこう清々しいような、淡いイメージを強く持っていたのに。
テッカテカに生光りする隆々たる筋肉がムッキムキな巨漢は、そんなイメージとははるかにかけ離れてるように思える。
「ふむ。確かにそれは間違いとは言えないのであるな。エルフとは総じて身体つきが細く、他の種族に比べて体格的に劣るものである」
「……とてもそうは見えませんけど」
「なに、己の欠点に思い至り克服するのは誰もがする事。このル・ゴーシュとて、その習いに従い己を鍛えただけに過ぎないのである」
何事にも限度はあると思うのです。
もうすでにエルフ以外の何者かになってます。
「かれこれ千年になろうか。不断の努力というものは必ず実を結ぶものなのである」
「そりゃ、千年も鍛えれば……。って、千年っ!?」
……。
……。
はい?
「ル・ゴーシュさん、千年って……」
「うむ。まだまだ現役で行けるのである」
どうなってんだ、魔族の寿命って。
人間よりもはるかに長いとは聞いてたけど……。
……千年。
改めて目の前にいる人がそれだけの時間を生きてると思うと、何だか途方もないもののようにも思えてくる。
「……何だか凄いですね。想像もつきません」
「同じ事を千年前に思いもしたのであるが、過ぎてしまえばあっという間でもあるのである」
「そういうものでしょうか……」
「であるっ! 事実今までの事などこのル・ゴーシュ、ほとんど覚えてないのであるっ!」
「おいこらジジィ……」
「……レフィアさん、心の声が漏れてます」
道中、楽しく疲れる会話なんかもはさみながら、谷底を進むこと三日と三晩。途中で何度か休憩を取りながらも上流への探索は続いたけど、それでもやっぱり岩壁の切れ目を見つける事は出来なかった。
ここまで来ると、逆に不思議に思えてくる。
これ、自然に出来た谷なんだろうかと。
岸壁の高さといい、切り立ち具合といい、どこか意図的にこういう形にしてあるような気にもなってくる。
これだけの切れ目を意図的に作れるかと言われれば、人の力では到底無理なような気もするけど。
人智の及ばない力というのも、この世界には確実にある事もまた、確かな訳で……。
うーん。
「ここまで同じ高さの岩壁が続くと、まるで誰かが意図的にそう作ったかのようにも思えてくるね」
「……同じ事、考えてました」
「おや? レフィアさんも?」
「まるで、何かの回廊みたいだなぁ、……と」
「回廊か……。上手い事言うね。もしそうだとしたら、この先にあるものは何だろうね。何かあったりするんだろうか」
どこかオルオレーナさんが楽しげなのは気のせいだろうか……。
何かあったりすると言うか、もしこれが誰かの作った回廊のようなものだったりするなら、それは当然、どこかに続いてたりもする訳で……。
状況と場所を考えると、とても嫌な予感がします。
まさか、……だよね。
「何かあるでござるな」
胸中を過る嫌な予感に不安を感じていると、前を行く剣聖さんが何かを見つけて声をあげた。
「ふむ。どうやらここで行き止まりのようなのである」
岩壁が広がり、ちょっとした空間が出来ていたその先はル・ゴーシュさんの言う通り、そこで行き止まりになっていた。
下流からずっと続く、同じ高さの、切れ目のない岩壁。結局この岩壁は上流へ上りきってさえも、全く切れる事なく谷底を囲んでいた。
代わり映えのしない岩壁の様子。皆の視線は、その岩壁にぽっかりと開いた入口のようなものに注がれる。
岩壁に彫り込まれたかのような石組みの、明らかに誰かがそう作ったとしか思えない四角い入口のようなもの。
……と言うか、入口以外なにものでもない。
谷底を流れる小さな小川も、その入口の奥へとその水源が続いていた。
嫌な予感がまたしても当たってしまった事に、やるせない思いで頭を抱えてしまう。
これはどう見ても、……だよね。
「ここまで来た事はとんとなかったでござるが、……まさかこのようなものがあったとは」
「ふむ。明らかに面妖なのである」
剣聖さんとル・ゴーシュさんは、明らかに不自然な石組の入口を不思議そうに眺めている。
……けど、頭を抱えて肩を落とす私の横で、オルオレーナさんは驚きに目を見開いていた。
「……まさか、これ」
多分、だけど。
オルオレーナさんも同じ事を思ってると思う。
普通の人間では近寄る事すらないであろう谷底の、その最奥にぽっかりと開いたあからさまな入口。
……最深部。
まず間違いなくこれは、森の最深部へと続いてる。
古き神々の遺産とやらが封印されてるという、最深部へ。
……無いわ。
最深部になんかこれっぽっちも近づきたくもなかったのに、これは無いわ。
普通に森をさ迷ってたって、こんな所、まず見つけられ無いだろうに。……なんでわざわざ来てしまうかな。
……。
よしっ。
一つ手をポンっと打って気持ちを切り換える。
「上流に来ても何も無かった。他の手段を探しましょうっ!」
「……って、この奥へは行かないのでござるか?」
さも意外そうに言う剣聖さん。
ごめんなさい。
危ないと分かってて、行くわきゃない。
私は帰る道をこそ探しているのです。
そう口を開きかけた時、眉根をしかめて入口を見ていたル・ゴーシュさんが突然、私に背を向けた状態で目の前に立ち塞がった。
「……一歩下がるのである」
……何が、と思った私の目に飛びこんできたのは、入口からニョコニョコと出てくる何度か見慣れた姿だった。
……炎の蛇。
こんな所にまで。
ザッと、思わず腰を低く構えてしまう。
これがここにいるって事は、オルオレーナさんの言っていた泥棒さんは、……すでにこの中に?
余計にヤバいじゃん。
これはもう、絶対中になんて……。
秘かに入口には入らないぞと心の中で強く誓っていると、入口からニョコニョコと出てくる炎の蛇の様子が少しおかしい。
ニョコニョコ。
ニョコニョコ。
ニョコニョコ。
ニョコニョコ。
ニョコニョコ。
ニョコニョコ……。
「……なっ、ちょっ。……嘘でしょ」
入口から出てくるその数が、全く切れない。
次から次へと数珠つなぎのようにどんどん溢れ出てくる。
あっという間に周りが炎の蛇で埋め尽くされてしまった。
パチパチと火の粉を散らしながら、うじゃうじゃとこちらに向けて鎌首をもたげる炎の蛇の、……大群。
「……ふむ。これは中々に骨が折れそうなのである」
「これが炎の蛇にござるか」
呆気にとられている内に激変した周りの状況に、冷たい汗が頬を伝わる。
……。
ちょっとヤバいかな、これは。
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