♯36 魔王の憂鬱4



 魔王城がファーラット達に襲撃された。


 報告をアハート砦にて受けた俺は、すぐにでも魔王城に飛んで帰りたくなる衝動を、全身の理性を総動員させて抑え込む。

 こんな事で心を乱してどうする。落ち着け。


 襲撃に際して幸い酷い怪我人はでなかったようだ。どうにもレフィアを狙っての行動らしいが、本命の彼女は無事で、代わりにベルアドネが拐われたらしい。


 何が起きたのかの詳細や事の次第はまだそんなに聞いてはいないが、よりにもよってベルアドネが拐われとか、にわかには信じられん。

 ファーラット達に大人しく捕まるようなヤツでは無いハズなんだが、一体何がどうなってるんだか。


 四魔大公と称される魔の国の有力者。

 その内の1人、幻魔大公を母にもつベルアドネ。


 四魔大公は魔王の配下には下らず、魔の国を統べる者の協力者としてその支配を支える事に表向きはなっている。なってはいるが、今の所協力を得られているのは悪魔大公でもあるセルアザム1人だけだ。


 先代魔王スンラを見限り、距離をとった他の四魔大公達から助力を得られるよう約定を取り付けるには、未だ至っていない。

 四魔大公と敵対したのはスンラであって俺ではない。協力は得られずとも敵対関係にまでにはなっていなかった四魔大公達との関係修復より、まず足元を固める事に重きをおいたからだ。


 現に幻魔大公シキ・ヒサカは実の娘であるベルアドネを俺の花嫁候補として送ってきた。

 本当なら輿入れよりも先に、幻魔大公として俺とどういう立場で関係を持つのかを明確にしてからだと思うのだが、ベルアドネからその話はなかった。


 どういうつもりなのかは分からないが、娘を輿入れさせようと言うのだから友好よりではあるのだろう。


 だが、そのベルアドネを拐われてしまった。


 折角労せず友好な関係を築けるハズの幻魔大公との間に、みすみす亀裂を入れる事になる。

 非常に有り難くない現状に胃が痛む。


 いや、城の事はセルアザムに任せたのだ。

 任せた以上今は余計な心配をするべきじゃない。


 それよりも目の前の問題にに集中するべきだ。


 聖女達の一軍は今朝方野営地を出て陣を構えた。

 物見からの報告では騎兵1000と歩兵500、攻城兵器の類いを組み立ててる様子は無いと言う。

 どう見ても完全に野戦の備えだ。


 対してこちらは近衛騎士150に歩兵300。

 絶対数では3倍近い差があるがそこは人間と魔族。種族としての身体能力の差を考えれば戦力差はほぼないに等しい。


 そもそもこちらは防衛側で砦があるのだから、わざわざ互角の戦力で野戦に応じる利は無い。


 あらかじめ斥候を放って調べさせた所、奴等の兵站へいたんは荷馬車で5台分。

 3台が主食の小麦だとしても6t程度。

 1500名の兵站としてはかなり少ない。

 一週間以内に砦を落とさなければ、奴等は帰りの食糧さえ覚束なくなる計算だ。

 余程の馬鹿でも無い限り、砦を越えての領内侵攻など最初から想定してないとしか思えない。


 一体、奴等は何を考えているのか。

 その狙いが分からない。


「陛下。敵に動きがありました」


 アハート砦の内部。

 全体指揮の為に用意した本部に伝令が届いた。


 まぁ、ウダウダ考えていても始まらない。

 本部を後にして城壁の歩哨の上へ出る。

 報告を促すと、布陣して全く動かないままでいた中から、1人進み出てきた者がいるらしい。

 城壁から見下ろすと確かに、いる。


「アイツか」


 敵の布陣とこちらの砦の丁度中間辺り。

 白銀の鎧に身を包み、兜を脇に抱えたまま大剣を肩に担いだ男が太々しく突っ立っていた。

 ボサボサの髪に延び放題のヒゲがむさ苦しい。

 なんだか全体的にだらしない感じだ。


「あの男。勇者です」


 側に控えていた近衛副騎士団長のモルバドットがそっと教えてくれた。


 あれが、か。


 ちなみに、アドルファスが近衛騎士団長を辞した後、モルバドットを騎士団長にしようとしたのだが未だ及ばずと丁寧に断られてしまった。

 こいつもこいつで相当な頑固者で困る。


「あんな所だといい的でしかないな。弓でも射掛けてみるか?」

「人間如きにご冗談を。もし目障りな様でしたら私が排除してまいります故、ご許可を賜りたく」

「まぁ、あんなんでも勇者なら油断はできんな。レフィアにも出来るだけ穏便に済ますよう約束もしてしまった。アレは何か言ってきたのか?」

「いえ。ただあそこで立ったままです」


 挑発のつもりなのだろうが、こんなんいつまでほっといてもこちらには何の害も無い。むしろこのまま時間を稼がれると困るのはそっちじゃないのか。


 何がしたいんだかさっぱり分からん。  

 これみよがしに欠伸までしてやがる。


「分からんのなら直接聞くのもアリか」

「陛下」

「俺が直接行く。皆は指示あるまで待機せよ」

「はっ」


 兜を被り直して歩哨の上に身を乗り出す。

 大体200メートルといった所だろうか。

 このぐらいなら軽い軽い。

 ひとっ飛びで勇者の目の前に降りたってやった。


 さて、どう来る?


「……やっとおいでなさった。臆病風に吹かれて砦に篭ったまま出て来ないかと諦めかけてた所だ」


 ヤツからしたら突然目の前に現れたも同じだろうに、妙に飄々としている。

 自分の腕に相当自信があるのか。

 それともただの馬鹿か。


 とりあえず言うだけ言っておくか。


「どこの馬鹿かは知らんがこれより先は魔の国の領域になる。大儀なき刃に名誉は残らん。見逃してやるからとっとと己の国に戻るがいい」

「大儀ねぇ……。ねぇこともねぇんだが」


 面倒臭そうに頭を掻き始める勇者。

 まぁ、そうだよな。言った俺が言うのも何だが、俺だって言うだけ言ってみただけだ。

 これで帰るならそもそもここまで来る訳ない。


 さて、どんな大儀がでて来る事やら。


「とりあえずお前さんとこの大将に、拐っていった娘を返してくれって伝えてもらえるかい?強引に力づくで連れて行くのは拉致って言うんだってな」

「伝えるだけでいいのか?」

「おいおい。子供の使いじゃないんだ。娘を返して貰わない事には話にならんだろう」

「ならば断る」

「だよな」


 なんか、……やる気のない勇者だなコイツ。

 何がしたいんだ何が。

 勇者ユーシスだったか。

 人間の間ではそこそこ実力を認められた歴戦の強者扱いされていたが。本人に会うのは初めてだ。

 話に伝え聞く印象とだいぶ違う。


「その娘1人の為だけに一軍を率いてきたのか?だとしたら人間の国も余程ヒマなのだな」

「まぁ大袈裟なのは自覚してるんだがな。何せ自分の女だ。他に取り替えもきかないんでね」

「自分の女、だと?」


 何を言い出すんだコイツは。

 あてずっぽうだと分かっていてもイラっとくる。


「ああ、お前さん達が拐っていったのは俺の恋人でね。将来をこっそり誓い合っていたんだ。いくら魔王でも人の恋路を邪魔するのは良くないと思うんだが、お前さんはどう思う?」

「ボッサンが何をほざく」

「ん?ボッサン?」

「ボサボサ頭のおっさんだからボッサンだろ。お前みたいなのとレフィアが恋人だと?冗談も大概にしとけ」


 調子の狂うヤツだ。

 言うに事かいてレフィアと恋仲だとか。

 ありえんだろ。お前みたいなのなんかと。

 断じてありえん。

 まずもって似合わんし、釣り合わん。


 挑発のつもりなんだろうがクソ面白くもない。

 レフィアを自分のモノみたいに言うな。


「ぷっ、くわはははは!ボッサンってかっ!」

「何が可笑しい」

「お前さん面白いな。気に入ったそれ。ボッサン。これから使わせてもらうわ。これでも一応勇者なんてやっててな。俺は勇者、勇者ボッサンだ」


 何が面白いんだか。


「やっぱり伝言頼むわ。お前さんの後ろの方で惨めに縮こまってる大将に伝えてくれ。その娘は俺の女だ。いくらモテないからって他人の女に手を出してんじゃない。そもそもがお前なんかにゃ勿体ないってな。ゴブリンでもオークでも選り取り見取りだろうが。人間の娘に岡惚れしてないでバケモンのケツで童貞卒業してろってよ」


 ……。


「あれ?ケツじゃ卒業できないか……」

「挑発のつもりにしてもゲスいな。貴様」

「まぁな。生まれが生まれなもんでね」


 勇者の顔つきが変わった。

 そう、だな。

 俺もそろそろレフィアを自分の女呼ばわりするお前にはムカつき始めてた所だよ。


「1つ提案なんだが。女1人取り戻すのに無駄数揃えてやり合うのも不粋な話だ。俺とお前さんの二人で片付けるってのはどうだ?」


 勇者が脇に抱えていた兜を目深に被り直す。

 飄々とした態度はそのままだが、さっきまでとは全身から迸る剣気の質が変わってる。


 攻城戦でも野戦でもなく一騎打ち。

 今までの挑発はそれが狙いか。

 俺をイラつかせたのはそこに持っていく為か。


 そうだな。

 そうでもしないとこちらに何のメリットもない一騎打ちなんて、受ける必要も無いものな。


 自分の腕に自信があるのかただの馬鹿なのか少し迷ったが、ここにきてようやくどちらなのかが分かった。


「いいだろう。乗ってやる」

「話が分かりやすくて助かる」


 勇者は担いでいた大剣を構え、俺は腰元の長剣を抜き払った。


 お前はただの馬鹿だよ勇者。

 そんな事をせずとも話し合いがしたいなら、それに応じる事も出来ただろうに。

 ワザワザ俺を逆撫でしてくるとは。


 すまんなレフィア。

 コイツに加減する気は失せた。

 殺しはしないが力づくで叩き伏せてやる。

 己の愚かさを知らしめんとな。


 魔王である俺と勇者であるコイツ。

 二人の剣が互いに向けて振り払われた。





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