♯34 囚われの姫を追え



「セルアザムさん!ベルアドネがっ!」


 留守居役のセルアザムさんは、私を落ち着かせる為かゆっくりと頷いた。


「承知しております。私の失態でございました。ファーラット達に備える為、城内に満遍なく兵を配置したのが、逆に仇となってしまったようです」

「セルアザム殿の責任ではない。セルアザム殿は私の進言に耳をお貸しくださったに過ぎぬのですから。確証も無しに進言した私の落ち度です」


 人型に戻ったばるるんが、渋面をより深めながらセルアザムさんに頭を下げる。


 まだ麻痺毒が抜けきれてないのか、身体の動きがどこかぎこちない。責任感からなのか相当無理をしているのがうかがえる。


「すでに城内には残ってはいないようです。調度品の搬入と運び出しに紛れて城門を抜けたのでしょう。麻痺にやられた時間が惜しまれます。後手に回ってしまいましたが、まだ挽回できましょうぞ」

「以前から内偵を進めておられた様子ですが、バルルント卿、ファーラット達の拠点はどこに?」

「城下に1ヶ所と、東と南にそれぞれあるのを確認してあります。城下の拠点にはすでに手の者を向かわせておりますが、こちらは多分空振りに終わるでしょう。最大の拠点はこの南にあるものです」


 執務室の机の上に地図を広げて、ばるるんが場所を印していく。


 魔の国の地図だ。

 おおよその地形と街と街道が記してある。

 これが地図か。ふむふむ。

 話に聞いた事はあったけど見たのは初めてだ。


 セルアザムさんとばるるんが覗き込む隙間から、こそっりと地図を盗み見る。

 真ん中にあるのが多分この魔王城だろう。


 ふむふむ。


 ……。


 分からん。何をどう見るんだ? これ。


「地図の上側を北と見るんです。なのでお日様の昇るのはこちら、地図を正面から見たときに右側になる方角ですね。こちらが東、反対が西になります」


 地図を見ながら首を捻ってると、リーンシェイドがこっそりと地図の見方を教えてくれた。

 ありがたい。そういう事か。


「城下から1日の距離にある最初の街がここです。縮尺はそれほど確かではありませんが、このぐらいの長さが徒歩で大体1日の距離になります」

「……というと、あっちが南でばるるんが記した所があそこだから、城下から5日ぐらいの所かな? ねぇ、あの印の向こうに書いてあるフィアって何?」

「人間の世界との境界にある砦の1つです」


 フィア砦。

 なるほど。その砦に近くにファーラット達の最大の拠点があるって事か。

 距離にして南に歩いて5日程度。

 そのすぐ向こう側は人間の世界。


 意外に狭いんだね、魔の国って。


「報告を事後にしてしまうと幻魔大公の心証を悪くしてしまいます。事の責任は私にあります。私がヒサカに報告しに行きます」

「バルルント卿にお願い出来るのであればこれ以上の者はおりませんが、よろしいのですか?」

「勢い余ってとはいえ、ベルアドネ嬢の幻晶人形を壊してしまったのは私です。あの人形さえあればベルアドネ嬢もファーラット如きに遅れを取る事は無かったでしょう。それぐらいの責任は取らせていただきたい」

「分かりました。ではベルアドネ様の身柄は命に代えても私達で取り戻してみせます」


 魔王様の出征中に起きた不祥事。

 セルアザムさんもばるるんもいつになく深刻だ。


 魔王様の執務室に集められた面々に、細かな指示を振り分けていく二人。

 私なんかがいても誰も気にかけない。

 出ていけと言われなくてよかったけど、本来なら私なんかがいていい場所じゃないよね。


 あたかもここにいるのが当然って顔をしながら、魔の国の地図を頭に叩き込む。


 この情報は是非とも欲しかった。


 そのまま素知らぬ顔をして部屋を出る。

 なるべく誰にも気づかれないように、そぉーっと扉を閉めて息をついた。


 よし。

 大体覚えた。


 覚えたばかりの地図を頭に浮かべると、私は足早に城門へと向かった。


 ベルアドネが拐われたのは私の所為だ。

 私の身代わりになって拐われたようなものなのに、のんびりと他人に任せてなんていられない。


 懐にある黒い扇を握りしめる。

 ごめんね、ベルアドネ。


 ファーラット達が何を考えて彼女を拐ったのかは分からないけれど、あの変態残念っ子でも黙ってれば普通の美人さんだ。若くて綺麗な娘であれば、それだけで色々嫌な目にも会う。

 一刻も早く助けないといけない。


 長い廊下をひた走り城門に向かう。

 大体の場所なら分かるけど、さて。

 今日の城門警備は近衛騎士の当番ではなかったハズだけど、どうやって誤魔化そうか。


 私が駆け込んで行くと、当然の事ながら城門を守る兵士達が私に気づいて近づいてくる。

 見覚えの無い顔だ。これならどうにか誤魔化せるかもしれない。とりあえず、ぶっつけ本番力押しで行ってみよう。


「あなた達。ファーラット達についての連絡は聞いた?今、関係各所に大急ぎで連絡が回っているハズだけど」

「あ、ああ。警戒体制の強化の事ならさっき連絡が回ってきた。あんたは?見ない顔だがどこの所属の新人だ?」


 新人さんと来たか。

 この白いチュニックの訓練着で判断したかな?

 よし、それで行こう。


「まだ登城したばかりで所属が決まってないの。けどこんな時に遊んでる訳にもいかなくて。今、上からの通達を皆に伝えて回っている所。ここにも連絡があったなら、城門の外には? 確か城下に出ていった人達もいるって聞いてきたわ。彼等にも連絡をつけないと」


 聞き噛りの情報で適当に誤魔化す。

 外から中にだと厳しいけど、中から外にだったらそんなに警戒もされないはず。……されないといいな。


 とにかくまずは外に出ないといけない。

 その後の事は後になってから考えよう。


「そういえば近衛騎士達が数人城下へ出ていったな。えらく気合いが入ってたけど」

「詳細は分からんが何かえらい事になっているらしい。陛下の留守中に何が起きているんだか。お前さん何か他には聞いていないか?」

「城内にいらっしゃったベルアドネ様が拐われたのだとか。ベルアドネ様の救出にはセルアザム様からの指示がありますのでそれに従うようにと。ファーラット達は馬車で逃げたのかしら?追走の編成はどこまで出来ているのかしら。もうここから外へは向かいました?まだかしら。次の指示があるハズなんだけど、貴方の方へは他に何か指示はありませんでしたか?」


 怪しまれないように、こういう時は矢継ぎ早に早口で捲し立てるのがコツだよね。


「あ、ああ。そ、そうだな。……えっと」

「先の報告からは何も。あんたが来たぐらいだ。色々と上の方も大変らしいな」

「そう。なら外にいる人達にも声をかけてこないと。あなた達は引き続きここをお願い。多分無いとは思うけどもしかしたらまだ何か仕掛けてくるかもしれないし。これ以上陛下が留守の間に失態を重ねる訳にはいかないものね」

「ああ。よろしく頼む。あんたも大変だな」


 勢いに任せて兵士さん達の間をすり抜ける。

 兵士さんは少し引き気味になりながらも道を開けてくれた。ありがとう。適当に言ったけど、やっぱり外にもまだ門番はいるっぽい。

 さて、城下に出るまで後いくつ門があるんだろう。


 このままノリと勢いで誤魔化せるといいな。


「こんな所で何をしているんですか」


 城門の脇の通用口を開けた所だった。


「リーンシェイド様。このような所に何か」


 あぅ。見つかった。

 ヤバいかな。

 ヤバいよね。

 絶対怒ってそうだ。


「ベルアドネ様を拐った不届き者達を追いかけます。あなた達は引き続き城門の警備を厳重に」

「はっ」


 ツカツカと背後から迫る足音が怖い。

 これは相当怒ってるな。

 ごめんねリーンシェイド。

 でも私だってここで引く気はない。


「貴女もボーっとしない。グズグズしてるなら置いていきますよ。足手まといは必要ありません」


 振り返ろうとした背中を押し留められ、そのまま城門の外まで押し出された。


 あれ?


 おーい。リンさんや。


 案の定というか城門の外にも城門があった。

 もちろん門番つきで。

 その先にもあるいくつかの門をリーンシェイドを先頭にして通過していく。


 うん。考えが甘かったみたい。

 外に出るまでにこんなにチェックがあるとは思わなかった。ノリと勢いだけだとどこかで止められてたな、これ。


 さすがと言うべきなのか、リーンシェイドと一緒だと何を疑われる事もなくすんなりと通れた。


 ようやく最後の門を抜けて外に出る。

 リーンシェイド様々です。


「……ありがとう。てっきり怒られるかと」

「もちろん怒っています。ご自分が何をされているのか分かっておいでなのですか」


 小声で話しかけると、同じように声を潜めたリーンシェイドにしっかりとねめつけられた。


「ごめん。だけど黙ってられなくて」

「大体、城下へ出た後にどうするつもりだったんですか。土地勘も無く伝手も無く、通貨さえ持っていませんよね。場当たりにも程があります」

「外に出れさえすれば何とかなるかな、と」


 リーンシェイドに促され足早に城門から離れる。

 思えば城下に出るのも初めてだった。


 うん。冷静に考えたら駄目すぎたね。


「城内に押し込めていつの間にかいなくなられよりも、目の届く所で一緒にいる方がいくらかマシです。ファーラット達を追われるのですね」

「あー。うん」


 溜息まじりに言われると思ったのに、割と肯定的に言われてしまった。


 ばっちり読まれてたっぽい。

 さすがリーンシェイド。


「何をグズグズしている。時間が無い。急げ」


 表通りの脇に止めてあった馬車の横を過ぎようとしたら、頭の上から声をかけられた。


「あれ。……アドルファス?」

「いいから乗れ。悪いが本来なら外にいてはいけないヤツがいるんだ。礼は取らんぞ」


 御者席にいるアドルファスにびっくりしてると、リーンシェイドに荷台に上がるように言われた。

 ここで問答してる時間も惜しいので黙って従う。


 荷台には更に見知った顔があった。

 リーンシェイドを助けに行く時に手伝ってもらった近衛騎士のカーライルさんだ。

 確かに色々と器用な人でいると助かるけど。


「……。何で俺がここにいるんでしょうか」


 半分死んだような目で私に聞かれても。


「あに様、出してください。カーライルもいつまで不貞腐れているんですか。いい加減あきらめてください」

「あきらめ、なんですか。これ」


 アドルファスが鞭を入れて馬車が走り出す。

 最初から飛ばす気なのか随分粗い走りだ。


「馬車も地図も何もかも用意しておいて今更逃げられるとでも?頼りにしてますのでしっかりしてください」

「……仕方ないのでされましょう」

「ありがとう。カーライルさん。リーンシェイドにアドルファスも。てっきり止められるかと思った」


 私がお礼を言うとリーンシェイドとカーライルさんが肩を竦めながら顔を見合わせた。


「止めて聞くなら止めてました。いくら言っても聞く気はありませんよね」

「うん。無い」

「良い顔して言い切らないでください。褒めてる訳ではないんですからね。早くベルアドネ様をお救いして戻って、レフィア様は陛下なりセルアザム様になりにこってりと叱っていただきますので」


 うん。

 無事に助け出せた後ならいくらでも。


 ありがとう。

 ありがとうカーライルさん。

 ありがとうアドルファス。


 ありがとうリーンシェイド。


 心強い仲間を得て私達は馬車を走らせた。

 ひたすら南に向かって。





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