♯28 そして奴等は甦る



 残念な着物美人は吹き飛んでいった。

 乙女にあるまじき声と鈍い音を立てて。


 何かばるるんに思いっきり蹴り飛ばされて、錐揉み状態で飛んでったような気がするけど。

 あれ、大丈夫なんだろうか。

 お付きの人に特に慌てた様子は見られない。


 いいのかあれで。


 魔族の頑丈さに感心する。

 下顎にクリティカルヒットしてたかのように見えたのに。本当に人間より頑丈に出来てるんだなぁと。私なんかだったら全治1ヶ月くらいかかりそうだ。


 そういえば虎のおっさん、今日も虎だ。

 宰相を辞めてからずっと虎のままでいる。

 こっちの方が可愛いから構わないけど。

 人型でいられるのは高位である証だから、城内では威厳を保つ為に人型でいる者が多いのだと。本人から聞いた気がする。


 いいのかそれで。


「それで。その魔王リー様はこんな所で何を?」


 あれから魔王様は時折、時間を作っては私の様子を見に来てくれるようになった。これはこれで、それなりに気を使ってくれてたりするのかな?

 気持ちはありがたいけど面倒臭い。

 レダさん達の減刑の為とは言え、実に余計な事を言ってしまったもんだ。ほっといてくれるならそれはそれでも構わなかったのに。

 失言だったなぁと、心から悔やまれる。


 カーライルさん達の協力を得る為の交換条件だったんだから、まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。


「ああ、違うんだ。今日はお前に用があった訳じゃなくてな。ここで会ったのはたまたまだ。レダと少し約束しててな」

「レダさんと?何か珍しいですね」

「いや。白の宮の再建の為にも、どうしても俺に現場に来て欲しいと頼まれたのだ」

「白の宮に?」


 ん?


 魔王様が現場に必要なの?

 なんで?

 何か凄くいやな予感がする。

 ……まさか。


「石像の製造にかかるのですね」

「私も行きます!」


 奴等か!奴等の事だな!

 すかさず同行を申し出る。

 そういえばすっかり忘れてたけど、あれ、魔王様がモデルだったよね!


「ああ、構わないが。どうしたんだ急に」


 白マッチョ軍団を再び作るとあっては、私も黙って見過ごす訳にはいかない。もう白の宮が自室扱いなのはしょうがないとしても、またエントランスホールに全裸白マッチョを並べられるのは御免こうむりたい。

 作りだす前に一言物申さねば。


 ささっ。さくっといきましょう。さくっと。

 魔王様に先行するように歩きだす。


 華美な装飾で彩られた廊下を進むと、アドルファスがあけた壁の穴を抜ける。白の宮に行くには丁度良い近道になっている。

 この辺り、瓦礫なんかは取り除かれてるけど穴自体はまだそのまんまなんだね。何かと手が回ってないっぽい。予算の関係か。

 だったら白の宮を後回しにして欲しかった。


 ばるるんの頑張りの所為だ。庭師のはずなのに何でそこで頑張るんだろう。庭が未だ無いからかな。庭があったとして、ばるるんがのんびり剪定してる姿は想像しにくいんだけど。


 白の宮が見えてくると、宮の前には人影が2つあった。白の宮を任せたレダさんと、もう1人はセルアザムさんだ。

 なんでセルアザムさんもいるんだろう。


「陛下。多忙の折りお呼びだてしまい申し訳ございません」

「いや、構わぬ。お前も精力的に動いているらしいな。よろしく頼む」

「では陛下、早速はじめたいと思います」

「ああ。その事なんだが……」


 私達に気づいた二人が恭しく出迎える。

 鷹揚に反す魔王様だったけど、私の方を見て何だか言い淀んでるようだ。何をそんなに気にしてるんだか。

 そんな事よりも他に誰もいないのが気になる。


「あの……。例の石像を作ると聞いたんだけど。掘り師の人とかは何処にいるんですか?」


 白の宮の前には数十個の大理石の塊がゴロゴロと転がしてあるだけで、二人の他には誰もいない。

 あれ?石像を作るんだよね。

 あれらの石が材料なのは分かるけど、それを彫り込む人達はどこにいるんだろうか。何かそれらしい人がどこにもいない。


「リビングスタチュー、今回のはガーディアンスタチューでしょうか。これらは手作業で彫り込むのではなく、魔法で精製していただくのです。レフィア様は初めてでございましたね」

「魔法?」

「はい。前回はヒサカのお嬢様に精製していただいたのですが、今回はセルアザム殿にお願いする事が叶いましたので。レフィア様もご覧になられますか?」

「ヒサカのお嬢様って、……まさか」

「ベルアドネ・ヒサカ様にございます。前回の折りには、是非とも力添えをされたいと申し出がございましたので」


 おいこら残念着物娘。

 あの全裸の白マッチョ軍団作ったのお前か。


 何だろう。私の中であの娘の印象がぐるぐる変わっていってる気がする。四魔大公とかいういいトコのお嬢さんじゃなかったけ。

 セルアザムさんとリーンシェイドが揃って目を逸らしてる。


「今回は私めが担当させていただきます。では、早速はじめますのでこちらへ」

「ああ、それなんだがセルアザム。なるべく鎧兜を脱ぎたくないんだが、どうにかならないか?」


 脱ぐなよ?

 全裸マッチョの石像はもういらないからね?


「陛下……。まことに申し上げにくいのですが、石像作成に鎧兜を脱ぐ必要はございません」

「……。は?え、いやだって。鎧兜をつけたままだと魔力の通りが悪いからと前回は……」


 本当に言いにくそうにセルアザムさんは困ったように微笑んでいる。なるほどね。

 騙されて剥かれたのか魔王様。


「……ベルアドネのヤツっ!?」


 さすがに気付いたみたいだ。

 うかつに過ぎるね魔王様。


 納得がいったのか、鎧姿のまま魔王様がセルアザムさんの前まで歩み寄る。

 困った変態残念着物娘もいたもんだ。


「それでは始めます」


 セルアザムさんはそう言うと静かに目を閉じた。いよいよ始まるらしい。魔法なんてとんと縁がなかったから、何がはじまるのかワクワクする。

 しばらく集中していると、セルアザムさんの身体から、またあの黒い靄が染み出てきて広がっていく。色の濃さからかなりの密度である事がわかる。

 散々見て来てなんだけど、あの黒い靄って何だろうか。よく見かけはするけど何だかよく分からない。


「ねぇリーンシェイド。あの黒い靄みたいなのって何だか分かる?」

「黒い靄、ですか?」

「うん、あれ。セルアザムさんと魔王様を包み込むように広がってるヤツ。結構な量だよね」

「私には見えませんが……。セルアザム様の魔力が圧力を増して、陛下を取り込んでいるのは感じられますが目に見えるものではありませんよ?」

「……へ?」

「レフィア様には黒い靄のように視覚的に見えていらっしゃるのですか?」


 あれ?見えてない?あの黒い靄が?

 あんなにはっきりくっきり濃く見えるのに?

 ちょっと待って。

 あれ、他の人には見えてなかったのか。

 あの黒い靄が見えたのは今が初めてじゃない。

 ちょくちょく色んな所で見えてた。


「リーンシェイド、ちょっと確認したいんだけど。あに様が暴れてた時とか、魔王様が怒った時とか、随分前だけどばるるんが怒った時とか。出てたよね?黒い靄」

「……レフィア様には見えてたのですよね」

「うん」


 リーンシェイドが真剣な面差しで確認する。

 どういう事なんだろう、これ。


「それらは魔力や瘴気だと思います。訓練すれば感じとる事は出来るようになりますが、視覚的に見えるモノではありません」

「魔力……。あれが魔力なんだ」

「自身に内包する魔力量が飛び抜けて多い方の中には、稀に視覚出来る者もいると聞いた事があります。もしかしたら、レフィア様もそれに当たるのではないでしょうか」

「へ?私、魔法なんて使えないよ?」

「それぞれが持つ魔力量と魔法技術は別のものですから。魔法が使えるかどうかと魔力量は関係ないんです」


 ほほう。

 何だか凄い事を聞いてしまった気がする。

 リーンシェイドの言う事が本当なら、私にも魔力があるって事なんだろうか。そのうち魔法も使えるようになれたりして。

 ちと想像もつかないけど。


 そうこうする内にセルアザムさんの様子が変わった。魔王様を包んでいた黒い靄、すなわち魔力が、一定のリズムを刻むように波打つ。次第にその振れ幅が大きくなっていくと、ぐぐっと一気に縮まった。

 お。と思った瞬間。魔力が弾けた。


「おお。スペクタクルだ」

「セルアザム様の魔法が発動したようですね。レフィア様にはどのように見えてるのですか?」

「黒いモヤモヤが踊り狂って周りの石に弾け飛んだ。何かそのまま石に絡み付いて中に入り込んでいったみたい」

「魔力を視覚出来るって、何だか凄いですね」

「うん。何か面白い。魔法って、我が意に従い敵を何たらとかって唱えたりしないんだね」

「吟遊詩人の唄う伝承歌なんかですと色々演出とかがありますね。本来は魔法の行使に詠唱は必要ありません。中にはわざわざ唱える方もいらっしゃるようですけど、普通は無言で集中しますね」


 魔法使いの呪文は演出だったのか。

 そういえば以前に治療術師の人が魔法使ってた時も、黙って傷を治してた気がする。


「あ、石が起き上がった」


 魔力がそれぞれに染み込んだ大理石達が文字通りむくりと起き上がった。

 まるで今まで蹲っていたかのように、折り畳まれていた手足をゆっくりと広げながら上体を起こした。それまでただの石だったのが信じられないくらい自然に動いて、石像群がゆらりと立ち並んだ。


 あえて言うけど、まるで魔法みたい。


 ごつごつした表面がパキパキと音を立てて形を変えていくと、あっという間に鎧姿が出来上がる。うん。鎧姿の魔王様だ。白い魔王様がいっぱい出来上がった。魔法って凄い。


「30体ですか。ベルアドネ様には及びませんでした。力及ばず申し訳ございません」

「いや、充分だろう。むしろ助かった。アイツに頼んでたらまた半裸に剥かれる所だったからな」

「……」

「……」

「……」


 石像は全裸でした。

 筋肉と供に男性を主張しておりました。

 まさか魔王様。あれを知らない?


 そういえばあの時魔王様が来たのは白マッチョが全滅してからだったような気がする。

 奥さんになる人の為の宮だから普段は閉じてるし、魔王様がわざわざ立ち入る事も無い。


 魔王様、知らなかったんだね。


「半裸どころか全裸の魔王様と2週間過ごさせていただきましたとも」

「……は?ぜん……ら?」

「薄布一枚纏う事もなく、ご立派なものをまざまざと見せつけておいでで、目のやり場にほんっっっとに困らせていただきましたとも」

「な、な、なっ!?」


 思い出したら腹の虫が騒ぎ出してきた。

 あの羞恥に苛まされた2週間はあのド変態残念着物娘の所為だったのか。


「「ベルアドネェェェエエエエ!!!」」


 期せずして二人の叫びが重なった。





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