♯6 騎士の修練場



「そう、こういう事なのね。魔王様の伴侶には相応しくないと訓練にかこつけて私を亡きものにする。最初からそれがあなたの企みだったのね」


「何のことだ」


「とぼけないで。あなたを信じんてのこのことついてきた私も私だわ。この程度の事が見抜けないなんて、私も平穏に慣れすぎてたみたいね」


「……おい」


 私の指摘にアドルファスは言葉を失う。

 刃引きされた漆黒の片手剣を掲げ、私は正面からアドルファスと向き合った。


「このドラゴンの鱗より磨きあげた漆黒のホワイトファングが光を失わない限り、あなたの野望が叶う事はないと知りなさい」


「出来れば状況の説明を頼めるか」


「近衛騎士の訓練の熱気に当てられて、興奮された王妃様による寸劇だと思われます。あに様」


 冷静に解説されてしまった。


 魔王城の修練場は中庭にあった。

 一段高くなった塀の上から砂地の広場を見渡す。

 中央では今、魔王の近衛騎士達が訓練しているらしいんだけど、その練度の高さに、私は目を見張った。


 何これ!?

 すごい! 強そう! かっこいい!


 号令に合わせて50人程の集団が動く。

 縦列から横列への転陣。前列がばらけると即座に入れ替わる後列。千変万化する陣形に目を奪われる。

 黒で統一された鎧の近衛騎士達が、一糸乱れぬ統率で隊列を刻々と変化させていく様は、正に圧巻だった。


「これならドラゴンとか魔王でも倒せそう!」


「陛下の近衛が陛下に剣を向けるか! この馬鹿!」


「……あに様」


「分かってる! ……何も言うな。ヤツラに稽古をつけてくる」


「あ、稽古するの? 私も一緒に行きたい!」


「そんなドレス姿で修練場に降りる馬鹿がどこにいる!? リーンシェイド! コイツをみてろ!!」


 塀の上から軽々と砂地に飛び降りると、つっけんどんに言い放ってさっさと行ってしまった。


 ……。


 城の中を案内してる最中じゃなかったっけか。

 職務怠慢のブタゴリラめ。

 ちゃんと与えられた仕事はこなそうよ。


「あに様いっちゃったけど、どうしようかリーンシェイド」


「……どうと言われましても」


 魔王の近衛騎士団は、300人程を6つの組に分けて運用しているらしい。

 最小単位はペアを3つに班長をくわえた7人1班。

 1つの組は7つの班と隊長を加えた50人程。

 6つの組の内の半分が魔王の警護にあたり、残りの半分が予備待機、休養、訓練に別れ8時間サイクルで持ち回りになっているそうだ。


 近衛騎士というだけあって魔王からの信頼も厚く、精鋭揃いの彼らは普段からの士気も高い。

 近衛であるというその事がすでに誇りなんだとか。個々の動きを見てるとそれも頷ける。足運びから体重移動、抜剣からの突き打ち払い。無駄の少ないそれらの動作に精鋭たる者のそれを感じる。


 けれどアドルファスはそこからさらに頭1つ抜けていた。さすが近衛騎士団長といった所だろうか。


「次! 気合い入れてかかって来い!」


「はい! お願いします!」


 先程から目の前で1人ずつ剣を交えているが、50人からなる集団に息1つ乱さずに相手をしている。

 実力の程は明らかで、これだけの精鋭が50人掛りでたったの一太刀ですら当てられない。


 強かったんだねアドルファス。

 ブタゴリラのくせに。

 少し見直したかも。


 今、目の前で最後の1人が崩れ落ちた。

 これで50人抜き達成。お見事お見事。

 視界が開けて、疲れた素振りを欠片も見せない団長殿と目が合う。


「何をしているんだ貴様は……」


「はい!お願いします! 団長殿!」


「……おいこら」


 何だかとっても疲れてるっぽい。

 あれ? どうした、急に。


 ドレス姿のまま修練場に降りるなって言われたから、リーンシェイドにお願いして、せっかく訓練着にも着替えたのに。


 厚手の白いチュニックに乗馬用のズボン。

 見た目はゴワゴワしてるけどとても動きやすい。

 他の人達みたいに鎧は着てないけど、そもそも私用の鎧なんてあるはずもないんだから仕方ない。


「お願いします! 団長殿!」


 さあ、稽古だ稽古だ。


 村にいた時は誰も相手してくれなかったから、対面稽古なんて随分と久しぶりな気がする。

 もしかしたらマオリ以来5年振りだろうか。

 期待に胸を弾ませている私をよそに、アドルファスは大きく溜め息をついて眉間を押さえた。


 何だろうね、その態度。

 お母さんもよくそうしてた気がする。


「訓練は遊びじゃない。怪我をする前にとっと失せろ……なさい」


 ろなさい。

 リーンシェイドに睨まれて語尾をつけた。

 遊びじゃないさ。

 遊びじゃないけど私も入れろよ。


「こちらにおいででございましたか」


 どうやって相手をさせようか考えてたら、渡り廊下の方からセルアザムさんがやってきた。


 これは、ここまでかな。残念。


 そこそこの老齢だろうに、背筋がピンと伸びて所作も優雅で淀みない。

 どこか懐かしさを感じる穏やかな喋り方と柔和な表情に安心感のある、ある意味、魔王城に一番似つかわしくないお爺ちゃんだ。


「宮のご用意が整いましたので、一試合終えられましたらご案内させていただきます」


 セルアザムさんが軽く頭を下げる。

 動作の1つ1つがほんと絵になるお爺ちゃんだ。


 ……。


 ……。


 今、なんつった?


「セルアザム殿……」


「よし。ばちこい!」


「何がばちこいだ、貴様はっ!」


「アドルファス殿。見たところレフィア様も一通りの嗜みがおありのご様子。どうぞその胸、お貸しいただけないでしょうか」


「貴殿にそう言われては是非もありません」


 かっちーん。

 何だろうね、その態度。

 ブタゴリラでもご年配の方は大事にするんだ。

 コロっと変えちゃってからに。


 私としては願ったり叶ったりだけど。でもこの様子だと、真剣にやってくれるかどうかの方が心配になってくる。


 セルアザムさんが私へと頷いてみせたので、ペコリと頭を下げてみたりする。

 もしかしなくても援護してくれたっぽい。

 ありがとう。さすが老紳士。


 そうと決まれば気持ちを切り換えて集中集中。

 セルおじさんの教えを思い起こす。


 相手の全体をどこを見るともなく大きく捉える。

 身体は力まず弛まず、親指と膝に重心を置く。

 剣を握る時は人差し指と小指で。

 バランスを取るように親指でそれを支え込む。


 一歩目を踏み込む。


 地面を蹴る蹴り足の親指から膝、腰から背中を通って肩へと捻り上げるように力を込めていく。

 相手の急所へとの最短距離を意識して、手首、肘をまっすぐにして脇を閉める。

 上体だけでなく、身体全体の力を淀みなく剣先へと伝え突きを放つ。


「はっ!」


 避けられた。


 そりゃそうだ。まだ身体がかたい。

 こんなちぐはぐじゃ簡単に避けられちゃう。

 セルおじさんに教わった事を丁寧にちゃんとなぞらないと、どこかにいるマオリにだって笑われてしまう。


 それは、何というか。

 非常に腹立たしい事この上ない。


 肩と肘に余計な力が入ってたみたいなので、ぐるりと回して力を抜いた。

 アドルファスの雰囲気が変わった気がする。

 これで少しはまともに相手してくれるといいな。


 より早く。より鋭く。


 稽古は楽しいね。

 私は更にアドルファスに打ちかかった。





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