第50話 人類代の終わり

 アンデッド二体。

 黒いローブを纏って宝玉付きの杖を持っているのは共通している。


 異なる点としては、一体はフードをかぶっておらず、もう一体より身長も高い。そして頭蓋骨を見るに、やや面長な印象だった。

 もう片方は背が低めであり、フードをかぶっている。


「あなたがたは、マーシアの町長の自宅でお会いした二人組さんですか」


 赤髪の青年・アランは、すぐにその正体に気づいたようである。

 シドウとティアはそれを聞いてなるほど、となった。


「ずいぶん痩せられたようですね? グレブド・ヘルは冷涼で土も悪く、世界でもっとも不毛な地の一つと聞きますが……ずいぶんとご苦労なさったのでしょうね」


 チクチクと言葉を刺していくアランだったが、二体は乗ってこなかった。

 フードをかぶっているほうが、静かに言葉を返す。


「魔法使い、お前はもうそのハーフドラゴンに関わらないはずじゃなかったのか?」


 そんな話があっただろうか? とシドウは首をひねる。

 が、アランがシドウを見上げ、小声で「あなたと別れてから、旅の途中で片方とお会いしまして」と一言説明をつけてきたので、納得をした。


「私はそのつもりだったのですが。世界有数あらため世界一の魔法使いなら休まないで働いてくださいと、つい先日このハーフドラゴンくんに怒られてしまいましてね」


「休んでもいいんじゃないか? お前はもう世界三位に下がっているからな」

「ふむ。アンデッドになって魔力があがっているのでしょうかね? ですが彼に言わせれば、あなたがたはアンデッドになった時点でもう生物ではないわけですので、枠外です。私の順位は不変ですね」


 またアランが視線を送ってきたので、シドウはコクリとうなずく。

 一方、アンデッド二体の首が縦に振られることはなかった。

 今度はフードをかぶっていない背の高いほうが話し出した。


「お前たちはアンデッドというものを誤解している」


 シドウから見ると、アンデッド二体は生前よりも背中がよく伸びており、姿勢がよくなっていた気がした。

 白骨なので眼窩は黒く窪み、表情などはないはず。だが、気のせいか誇らしげな、そんな雰囲気を感じた。


「私は人間だったが……アンデッド生成技術に無限の可能性を見た」


 二人組のうち、この者がもともとアルテアの民ではなく人間であったこと。

 それはシドウ、ティア、アランの三人は気づいていた。マーシア町長宅の庭で対峙したときも彼はフードをかぶってはおらず、わかりやすかったためだ。


 人間なのに、新魔王軍なる集団の幹部となった理由。シドウとしては気になったものの、あのときは聞く機会がなかった。


「痛みも苦しみもなくなり、寿命もない。知識や知恵はそのまま引き継ぎ、不要な感情は排除され……こんなに優れたものがあるだろうか?」

「優れているから、新魔王軍という集団はアンデッドになって、人間を支配するべきという理論なのですか?」

「そんな小さな考えではない」


 彼がシドウの言葉を打ち消すと同時に、もう一体の背の低いほうが、杖を一度振るった。

 ガチャガチャという金属のこすれあう音。

 二体の後方の入り口から、鎧に身を包んだアンデッドが多数現れた。

 そしてシドウたちの後ろからも、である。どこから現れたのかは謎だが、アンデッドが多数入室してきた。


 挟まれるようなかたちとなり、一同の緊張が強まる。

 大きさの関係でシドウよりも少し下がっていたデュラと、その横についていたソラトが後ろを向き、背後からのアンデッドに対峙した。


「私は気づいた。アルテアの民も人間も、究極の生物・アンデッドの世になるまでの過程にすぎない生き物なのだ、とな……。かつての大魔王もアンデッドの生成技術を生み出すためにこの世界に誕生し、今無数にいる人間たちもアンデッドになるために存在しているのだろう。

 すでにアンデッドの生成技術は完成形となり、私もアンデッドとなった。あとはダヴィドレイ様が研究している『大魔王を意のままに操れる』術が完成すれば、いよいよ我々は未来に向けて動き出すことになる」


 シドウは反論せずにはいられなかった。


「アンデッドは自然から外れる歪な、不要な存在です。アンデッドが世界を脅かそうとしているのであれば、俺らはそれをここで阻止しなければいけません」


「歪? それならお前はどうなのだ? ドラゴンであり人間。これが歪でなくてなんだ? お前のような者こそ世界に不要な存在だろう」

「――!」


 背の高いほうのアンデッドが杖を掲げる。

 杖の先に付いている赤い宝玉が輝き、アンデッドの頭上に大きな炎の球……いや、色は白に近く、まるで光の玉のようなものが現れた。


 それは人間の背丈を超えるほどの直径で、薄暗いホールが明るく照らされた――

 のは一瞬であり、その光の玉は、多数のアンデッドに遠巻きにされていたシドウたちへと発射された。


 この大魔法を体で受けられそうなのは、前列はシドウ、後列はデュラである。

 デュラは素早く同じ後列のソラトをかばう姿勢に入った。

 しかしシドウのほうの反応は遅れた。


「ご安心を」


 ハッとするシドウを落ち着かせるように、アランが静かな、だが速い声を発した。

 シドウたちの体を周りを、鋭い冷気が一瞬で前方上へ鋭く駆け抜ける。否、この部屋のすべての空気が冷気となり、瞬時に一点を目指した。


 シドウたちの陣の中央で大爆発を起こす予定だったであろう光球は、その手前の空中で輝く冷気に包まれ、消滅した。


「シドウ、まーた考えてたでしょ。変なこと言われたから」


 肘で側腹部の鱗をつついてくるティアの顔に、責める色はない。


「言われたことをすべて受け取り、考える癖……直りそうな感じはなさそうですね。でもそれが欠点ではなく、長所になる世界になればいいと思いますよ」


 アランが浮かべているのも、いつもの微笑。


「とりあえずさ、シドウは不要じゃないよ。わたしが保証する。歪かどうかはわたし勉強してないからわかんないけど、人とドラゴンがちゃんと好きで夫婦としてくっついて生まれたんだから、シドウはこの世界に居ていい動物ってことなんじゃないの。ねえ?」


 ティアが同意を求めた先は、デュラとソラト。

 デュラは静かにうなずき、ソラトは「そりゃもちろん!」と大袈裟に何度もうなずいた。

 シドウは仲間に、両親に、感謝した。


「冷気で打ち消したか」


 アンデッド特有の響く声。今度は背の低いほうが杖を掲げていた。

 杖が振り下ろされる。同時に、大量に湧いていた鎧アンデッドが一斉に襲い掛かってきた。


 間髪を容れずにアランが前方へ広範囲の炎を放つ。

 鎧アンデッドは動きながら、それぞれが手のひらを炎に向けるように構えた。冷気を出したのであろうことはわかった。生前は魔法が得意なアルテアの民だったのかもしれない。


 しかし、赤髪の青年の魔法とは威力が違いすぎた。

 炎を受けた個体はすぐに灰化し、鎧だけが金属音を立てて床へと落下した。


 前方のアンデッドのうち魔法の直撃を免れた個体や、後方や側方の個体も、次々とティアの蹴り技やデュラの爪、ソラトの剣技の餌食となっていく。


 アランとティアが、鎧アンデッドの処理をしながらシドウに向かってうなずく。

 シドウもそれに応えると、前方を目指した。

 かつては人間とアルテアの民だった二名。今はアンデッドとなった二体へ――。


 人間よりも進んだ生物。

 いつかは現れるのかもしれない。

 でもそれはアンデッドではない。そうであってほしい。


 今、この地上でもっとも繁栄しているのが人間であることは間違いない。

 だがその人間は新生命体であるアンデッドが登場するための過程にすぎなかった?

 そんなのは寂しすぎる。


 そう思いながら、シドウは爪を振った。


 例によって考えながらなので、攻撃は決して鋭くない。それでもアンデッドを粉砕するには十分だった。

 背の低いほうのアンデッドが砕け散る。

 背の高いほうは、杖を掲げて何か魔法を放とうとした。

 が、シドウの後方から鋭く飛んできた小さな氷球が、その杖を弾き飛ばす。アランの援護射撃だ。


 背の高いアンデッドに、慌てるそぶりは見られない。

 だがシドウにはわかる。彼らは冷静にしかなれないんだ、と。

 恐慌、狼狽、絶望などという感情はアンデッド化するうえで削ぎ落したのだ、と。


 爪の直撃を受けて四散する、背の高いほうのアンデッド。

 シドウが処理を終えて後ろを振り返ったときには、湧いていた鎧アンデッドたちもすべて倒し終わっていた。


「で、どうなんです? シドウくん。これが人間に代わる未来生物なんですか?」


 床に骨が残っているアンデッドを炎で仕上げながら、アランはそう言う。


「そう思いたくはないですね」


 処理が終わると、一行は先に進んだ。

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