第48話 どちらも野生動物(1)

「魔王城……やっぱり大きいけど。なんか想像と違うなー。飾りも全然ないし、魔王って感じが足りないね」


 魔王城を目の前にしてのティアの感想。緊張感が強くなりすぎることを防ぐ効果はあった。シドウは知らず知らずのうちに入っていた肩の力を自覚すると、大きく深呼吸をした。

 そういえば今まで、彼女のふとした一言に助けられたことは何度もあったな――と、そんなことを思っているうちに、内門の木の扉の前まで到着した。


 母親デュラは純血ドラゴンであるため、そのままの姿である。だが扉の大きさは大型モンスターが入ることも想定されていたのか、十分な高さと幅があった。

 ここまで案内役だったデュラと、その横にぴったりとついていたソラト。ここでもその夫婦が先頭となって扉をくぐった。


 この地に入ってからというものの、二人はずっとこの距離感だった。

 後ろから見ていたシドウとしては、距離が近すぎてデュラがソラトを蹴り飛ばしてしまうのではないかとヒヤヒヤもした。が、両親の異様な仲の良さが久し振りに会っても変わっていないことは嬉しかった。


 シドウはなんとなく、ティアのほうを見た。

 視線に気づいた彼女は「ん?」という顔をしたが、一度前を向くと、ふたたびシドウのほうにニターっとした笑いを向けた。




「誰もいませんね」


 扉の中、入り口のホールで、シドウがそう言って首を傾げる。

 発した言葉が広い空間で残響した。


 新魔王軍と名乗る集団については、まだあまり大規模なものではないと考えられている。

 今までの活動の仕方が堂々としたものではなかったことや、同じ幹部が再登場していたことなどから、人型モンスター・アルテアの民のごく一部のみがダヴィドレイに協力しているのだろうと思われた。


 旧魔王軍構成員だったデュラは、ダヴィドレイについても名前を知っていた。


「ただの研究者と聞いていた。大魔王様と比較になるような人物ではないと思う。アルテアの民を束ねる器ではないし、ましてや他の種族に号令することなどできないだろう」


 とのこと。

 大きな組織になるとしたら、それは大魔王復活後だろうという予想である。


 なお、この旧魔王城に来る途中でなら、人型モンスター……つまりアルテアの民の集団を、一度だけではあるが遠くに見かけた。特にこちらに寄ってくるような動きはなかったため、シドウたちも特に何もしなかったが。


 世界でもっとも非力とされた知的生物、アルテアの民。

 そのルーツは、デュラですらもよくわからないという。

 閉鎖的なグレブド・ヘルで独自に進化し、収斂進化で結果的に人間によく似た生物となったのか。それとも、大昔に下界で人間との生存競争に敗れ、この高地に逃れたのか。

 非接触の種族なので、謎は多い。




 気持ち悪いくらいの静寂に包まれた廊下を歩き、一行は大きなホール状の部屋へとたどり着いた。

 そこもやはり静かだったが、鼻の利くデュラは存在を感じ取っていた。入室前に一度振り返り合図をしていた。一同油断はない。


「よく来たな」


 シドウとティアの二人にとっては聞き覚えのある声がかかる。


 特徴的な銀髪を後ろだけ束ね、金属の鎧に赤いマントの、騎士風の青年。

 ダラム王国で一度戦っているエリファスだった。

 もちろん再登場をまったく想定していないわけではなかった。事前の打ち合わせで彼の戦闘能力については情報を一同共有できている。


「なんだ、思ったよりも人数が少ないな。ドラゴンがいるということは……お前の母親か」


 彼はそう言いながら、背負っていた大剣を手に持つ。

 シドウは声をかけた。


「こちらはアンデッドの実験阻止が目的です。中止さえしてもらえれば、俺らはあなたに危害は――」

「意味のないことを言うのはやめろ、ドラゴンの子よ。おれは大魔王様の親衛隊長になるはずだった男だ。今の役割は大魔王様の復活を妨げる者を誅殺すること。それ以外にない」


 銀髪の騎士はニヤリと笑った。


「ドラゴンが二匹いようとも、屋内で能力を発揮できるとは思えん」


 人型モンスター・アルテアの民とは思えないようなスピード。

 大剣を振りかざしつつ、まだ人間態のシドウへ飛ぶように突っ込んでくる。


「大魔王様復活の術はすでにほぼ完成している! あきらめろ!」


 彼の怪力が乗った大剣。まともに受けられる人間はおそらくこの世界に存在しない。


 唯一受けることができるとすれば、世界最強の生物と言われたドラゴン。

 デュラがシドウの前に出て、爪でその大剣を受けた。

 高い音が響く。


 そしてデュラはエリファスを弾き飛ばす。

 エリファスは太い柱に叩きつけられた……かのように見えた。

 が、彼は空中で体を回転させ、柱を蹴って別の柱へと飛び、またそこを蹴って違う角度からデュラに襲い掛かった。


 速い。


 ドラゴンの鱗が貫かれた。デュラの背中に大剣が刺さる。

 デュラが時間を稼いでいる間に変身していたシドウは、腕を振り、エリファスを叩き落しにかかった。

 しかし空振りした。彼は素早く剣を抜くと、また跳躍していた。


 今度は大きく高く飛んでおり、柱の上部、天井近くに作られていた凹みに止まる。

 シドウがそこを見上げると同時に、横でドンという音がした。

 慌てて目を戻すと、母デュラが倒れていた。

 かなり深く刺されてしまったのだろう。背中から血が噴水のように噴き出していた。


「母さん!」

「デュラ!」


 シドウと父ソラトの声が響く。

 戦闘開始後に少し離れていたソラトが寄り、デュラの傷を確認。かばうように構えた。


「わたしに任せて!」


 ティアも寄ってく。回復魔法をかけ始めた。


「あのときの女は回復役だったんだな」


 舌打ち交じりにそう言いながら、ティアを目掛けエリファスが急降下。大剣を振り下ろした。

 しかし、今度はエリファスの胴体に大きい球塊が横から勢いよく衝突する。それは人間の頭部以上に大きい氷球だった。

 衝撃で大剣の軌道が逸れた。

 床に振り下ろされたそれが、大きな金属音を発する。


 シドウはその隙を逃さず、着地したエリファスをめがけ腕を振った。

 が、またも彼の動きが速く、空を切る。

 彼は素早くバランスを回復させると、また跳躍して、先ほどとは別の柱の上部に止まった。


「ふむ。頑丈ですね。魔法は確実に当たったのですが」


 氷球を放ったのは、アランだった。

 エリファスの速度を考えると、火であぶろうとしても一瞬で抜けられてしまう。熱ではなく衝撃で、というのは最善の選択のように思えた。


 その氷球の精度と、グレブド・ヘルの乾いた空気を材料にしたことが嘘のような大きさ。それは銀髪の騎士に警戒感を抱かせるには十分だった。


「魔法使いもいたのか――」


 エリファスの標的はアランへと向かったが、その大剣はふたたびドラゴンの爪によって遮られる。シドウが体高を生かし、アランの体の上で受けたのだ。


 今度は一転、エリファスは天井近くには戻らず、そのままシドウとの近距離の戦闘に切り替え始めた。

 これだけ距離が短ければ、強い魔法は使いづらいだろう?

 アランに対しそう言っているように見えた。


 柱が点在しているので、腕を遠慮なく振り回すと柱に爪をめり込ませてしまう恐れがある。

 シドウはそう考え、加減して爪を繰り出すが、まったく当たらない。


 逆にエリファスは自在に動く。

 回避の跳躍でも、最初から計算していたかのように柱で三角飛びをし、シドウが次の攻撃を出す前に懐に入る、もしくは背中に回る。


 シドウは腕や尻尾で振り払おうとするが、その速い動きについていけない。

 純粋な力比べならドラゴンに軍配が上がるはずなのだが、エリファスはうまく動き回り、押し合いにはしなかった。


 ソラトも、回復魔法を使用中のティアを意識しながら加勢のタイミングをうかがう。

 が、なかなか入るチャンスがない。


 やがて、大剣がシドウを捉えた。

 鱗が割られる音が響く。

 右足が深く斬られ、赤い血が噴き出した。

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