第44話 あなたは、嘘をついています

「嘘?」


 シドウの問いに、聞き返すアラン。


「アランさん、あなたは『不運』と言っていましたけど。本当は心のどこかで運がいいと思いませんでしたか。ホッとしませんでしたか。とめてくれる人が来てよかったって」

「思いませんでしたが?」


 即答。表情も変わらない。シドウのいる方向から――山頂方向から――の風で、彼の赤い髪をなびかせただけだ。


「嘘だと思います。あなたは本当は優しい人です。誰かにとめてほしかったんです」

「残念ですが、私は優しくありません」


 またアランが手のひらを構えた。


「やめてください。戦いたくありません」


 抗議は無視され、アランがその手のひらを斜め下に向けた。

 シドウはその瞬間に空へと飛んでいた。


 直後。シドウが立っていた場所に、小さな爆音とともに、炎が地面から円形に出現した。先ほどのような荒々しい火ではなく、シンプルで無駄のない淡い色の、しかし相当な高温と思われる炎だった。


「よい反応です。ですが空というのは――」


 すぐにアランの手が上空を向く。

 今度は轟音とともに、大きな火球が発せられた。


 何か大きなもので殴られたかのような衝撃とともに、強い痛みがシドウの全身に走った。

 バランスを失い墜落すると、また打ち付けられる痛みが全身を襲う。


「格好の的ですね。ドラゴンの飛行は小回りがあまり効かないようですので」


 そのアランの指摘、シドウには遥か遠くから聞こえてくるように感じた。

 命中した魔法の爆音が大きく、体の外と内どちらからも響いてきたため、耳が一時的に遠くなったのだ。


「シドウ!! 大丈夫!?」

「大丈夫」


 今度はティアが駆け寄ってきてしまった。

 彼女の声がクリアに聞こえたおかげで耳はすぐに回復したと理解しながら、体を起こす。


「シドウ。腹くくって」

「……」


 ティアがシドウの大きな腹板をポンと叩いた。


「どう考えても決裂ってやつでしょ。話し合いが無理なら戦うしかないよ」

「でも、相手が――」

「相手はあんた自身とあんたの母親を殺そうとしてる敵!」


 そう言うと、ティアはシドウの前に出た。 


「ていうかアラン。黙って聞いてればさあ」


 手を腰に当て、赤髪の青年を見据えた。


「あんたが過去に酷い目に遭ったってのはわかるよ? でももう何年経ってると思ってるの? しかも一緒にいたころそんな話一回もしたことなかったよね? なんで? シドウがドラゴンの子って知っていたわけでしょ? 言えばよかったよね?」


「……」


「当ててあげよっか? 言ったら、シドウのことだからあんたに謝り倒してたと思うけど、それが怖かったんでしょ? さっき復讐のために生きるとか言ってたけど。実の子どものシドウに謝られ続けてたら人生の目標とかいうのが揺らいじゃうかもしれないもんね!?」


 ティアは早口でまくし立てていく。


「そんでもって、シドウにベタベタくっついてきてドラゴンの力の確認? それで勝てそうだからって途中で適当な理由つけて私たちと別れて、こっそりこの山に来たわけ? あんたは確かに強いかもしれないけど、やってることが弱虫だよ?」


 アランは答えない。が、やや表情を険しくした。


「あとねー、わたしを無視するのやめてくれない? シドウとシドウのお母さんが殺されちゃったら、わたしはどうなるの? シドウはさ……あ、ちょっと! シドウ!」

「何」

「ちょっとだけ耳塞いでて!」

「塞いでもたぶん聞こえるけど」

「いいから塞いでて!」

「うん。わかった」


「えっとね! あんたがわたしの目の前でシドウを殺しちゃったりしたら、わたしこの先どうすればいいの? 今度はわたしが一生かけてあんたを殺しに行けばいいいわけ? あんたがやろうとしてることってそういうことだよ!?

 だいたいね。シドウは鈍いから全然気づいてなかったみたいだけど、わたし今日シドウの両親に会えるってことで、どうやって挨拶しようかとかいろいろ考えてきたの! でもあんたのせいで全部パーになりそうなんだけど? どうしてくれるの? 女の子の恨みは怖いよー?

 はい! シドウ! もう耳戻していいよ!」


 シドウは言われたとおりにした。

 無意味だとはわかっていても、そのとおりにしたほうがいいような気がしたから。


 アランは小さくため息をついた。


「あいにく、私の知ったことではないですね。あなたも邪魔をするなら――」

「はーい邪魔しますし戦いますよーだ」

「……あなたでは不可能ですよ」

「私が無理でもシドウがあんたをぶん殴るから大丈夫ですよーだ!」


「それも無理だというのが今のでわかりませんでしたか? シドウくんであっても私に触れることすらできないでしょう」

「そんなのまだわかんないでしょ! シドウ! やっちゃって! このバカは一度痛い目を見ないとわかんないみたいだからっ。ぶん殴っちゃって!」


 まだ体から黒煙があがっているシドウだったが、急に慌ただしくしゃべりだしたティアを見て、不思議と気持ちが整理されてくるように感じていた。


「うん。そうだね」


 ティアにそう返すと、一歩前に出た。


「俺の体には人間とドラゴンの血が半分ずつ流れています。どちらも家族の絆を守ろうとする動物だからかもしれませんが、俺の頭も家族が大切だと思っているようです。

 アランさんと同じ目に遭ったことがないので、俺はあなたのことを完全に正しく理解できていないかもしれません。ですがこれだけは確かです。俺は母親が目の前で殺されるのを黙って見ていることなんてできません」


 シドウは後ろを振り向いた。


「母さん。俺、ずっと言いつけを守ってきて、まだ人間とまともに戦ったことはありませんでしたが。今日初めて戦います」

「いや、それは」

「だめだと言われても戦います。親不孝な息子でごめんなさい。そこで見ていてください」


 母親デュラはそれ以上言ってこなかった。否、その前にシドウの首は元の方向に戻っていた。

 後でいくらでも怒られてやる――シドウの中で、その覚悟ができた。


「ティアも離れてて」


 そう指示すると、ティアは先ほどまでの位置ではなく、デュラのほうへ向かって離れていった。

 ゆっくり挨拶しているときではない。ティアは小さく頭を下げただけで、シドウの母親の横に位置した。

 もともとどんな挨拶するつもりだったのかは、シドウの知るところではない。だが

彼女の構想が崩壊したのは確かだ。


「アランさん。俺、もしも途中で偶然アランさんに会うことがあれば、一緒に来てくださいとお願いをするつもりでした。これから俺らはグレブド・ヘルに行くつもりですが、アランさんがいてくれれば心強いなとずっと思っていました。

 だから、もしも俺が勝ったら……」


 シドウは一つ、頭を下げた。


「母を許してくれとは言いません。ですが復讐はあきらめてください。そして俺らと一緒に来てほしいです」


「無理ですね。何度も申し上げていますが、あなたは私に触れることすら不可能だからです」

「……。では行きます――」


 アランが構えると同時に、シドウは一直線に突入した。

 少しでも大きな魔法を使う時間を与えないほうがよいという判断だ。

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