第43話 許しては、もらえないのですか

「俺にお願いする資格はないのかもしれません。ですが、母を許していただくことは……できないのでしょうか」


 なんとかシドウはそう切り出したが、とても言葉に力は込められない。


 シドウがまだ生まれる前。母親デュラはシドウの父ソラトの必死の懇願により、勇者一行による討伐を免れた。その後勇者一行のとりなしにより、巣の近くにあったペザルの民との和解が成立。それを全土の国・ギルドが追認するかたちとなっている。


 しかしそれは、ウルカジャーニアがドラゴン族の襲撃で文字通り〝消滅〟し、ドラゴン族による直接の影響を受けた町がペザルくらいしか存在しなかったことが前提となっていた。

 ウルカジャーニアの生き残りがいたならば、すべてが覆ってしまうことになる。


「あなたの頼みでも、不可能です」


 あまりにも予想どおりの回答。

 シドウは焦り、母親のほうに顔を向けた。

 しかしデュラはまぶたを閉じ、頭を小さく振った。


「この赤髪の人間の言っていたことについては、私も記憶は鮮明だ」


 シドウは次に顔を向ける先を探し、視線をさまよわせた。

 そして今さらながら一人、ここにいるはずの人間がいないことに気づく。


「そういえば父さんは。父さんはなんて言ってたのですか。姿が見えませんが」

「ソラトはいない。買い出しのために街に出ている」


 シドウの父でありデュラの夫であるソラト・グレースは、不在。

 母親のどこか安心した口調は、彼が巻き込まれなくてよかったと思ってさえいるのかもしれない。シドウはそう感じ、さらに焦る。


「もう説明はいいですね。さて、では始めましょうか」


 アランの視線はふたたび母親へと向かう。

 腰の剣は抜かない。半身の姿勢で手のひらを向けた。魔法を撃つ構えだ。


「ウルカジャーニアの生き残りとして、あなたを処刑――」

「あっ。待ってください」

「……まだ何か?」

「無理なお願いであるのは承知しています。それでもお願いします。母を許してください」


 シドウはドラゴン態の長い首を垂れ、頭を下げた。


「不可能だと申し上げたばかりのはずですが?」

「そこをなんとか、お願いします」

「あなたにはなんの恨みもありません。ですが邪魔をするのであれば話は別です。まずあなたと戦うことに――」


 まずあなたと戦うことに。

 シドウの心臓が、ふたたび大きく拍動した。跳ねて飛び出すのではないかとすら思った。

 思わず首を上げてしまったシドウの前には、アランの冷たい顔。


「――いや、戦いにはならないでしょうね。一瞬で私が勝つでしょう。脇で処刑をおとなしく見ていることをおすすめします。そうしていただければ、あなたにもティアさんにも危害は加えません」


「おとなしく見ているって……。そんなこと……」

「いや、私からもそれをすすめよう。シドウ、離れていなさい」

「――!?」


 死刑宣告されている本人から声が飛んできて、シドウは驚く。


「このような日がいつか来るのかもしれない、とは思っていた」

「母さん……」

「よい御覚悟です。硬い爪を振るうのか、それとも鋭い牙で噛みつこうとするのか、燃え盛る炎を吐くのか。どうぞご自由に、そして全力で抵抗なさってください。あなたがどんな手段に打って出ようとも、私は確実に死刑を執行します」


 その煽りには、自信と余裕が満ちているようだった。

 だが。


「抵抗するつもりはない。望む方法で処刑してほしい」


 デュラが静かに自らの刑死を受容すると、赤髪の青年の表情は一変した。


「それでは意味がありません。私がこの日のためにどれだけの準備と修行をしてきたか。抵抗していただいて、そして命が尽きるまで苦しんでいただかないと困ります」


「……。今の私は人間に生かされている身だ。人間に手をあげるつもりはない。ただもしも一つ願えるのであれば、死ぬ前にドラゴン族族長の娘として、そしてドラゴン族最後の生き残りとして、そなたに詫びを入れ――」


 デュラがそこまで言うと、アランの濃い碧眼が強く光った。

 赤い髪が激しくざわつく。地面に広がる薄い植生の揺れが、彼を中心に水面の波紋のごとく広がった。


「ふざけるなっ」


 シドウらが行動を共にしていたときには聞いたこともなかったような口調。

 デュラに向けられた手のひらが、強烈に発光した。




 爆音は激しかった。

 あたりは濃い煙に覆われ、視界が失われた。


 煙が晴れると、デュラの前方で翼を畳み、受け身のような姿勢で黒煙をあげるドラゴンの姿があった。


「シドウ!」


 これはティアの声である。

 シドウがとっさに間に入り、アランが放った魔法を体で受けたのだ。


「アランさん……」


 その場で態勢を戻すシドウ。その声は一段と落ちくぼんだ。

 自身の体からは黒煙が上がっている。が、無事だったからである。


 兄弟たちを焼いた火魔法は、おそらく下から高温の炎を出現させたものだろうと思われた。

 地面から火を出し、周りの木々は焼かず、対象のみを一撃で倒す。

 通常はそのような火魔法の操作は不可能だ。伝説の勇者の仲間であったという魔法使いを師匠に持つ彼だからできた技だと思われた。


 だが、今のはただの大火球。鱗で受ければなんともない大火球。

 計算づくで出した魔法ではなく、きっと衝動的に放った一発――。


「なるほど。わかりました。邪魔をするということですね」


 口調を元に戻した赤髪の青年は、一つ大きく息を吐いた。


「復讐成就の前に、一度は一緒に旅をした者を手にかけることになるわけですか。偶然ここで君と再会してしまった不運を私は呪います」


 そしてふたたび、いつでも魔法を撃てる構えを作る。

 標的はもちろんシドウ。


 一方、シドウのほうは特に構えなかった。


 ――ここで君と再会してしまった不運。


 その言葉を頭の中で反芻させながら、アランの顔を、その濃い碧眼を見つめた。

 記憶とは違う彼の表情を見つめるのはつらかった。

 でも見なければならない。じっと見つめた。

 そして、言った。


「アランさん。それは……嘘でしょう?」

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