三章『天への挑戦 - 嵐の都ダラム -』

第28話 王都ダラムヘ

 マーシアの町長が、怪しげな人間の術によりアンデッド化。

 しかも、アンデッドになった後も生前の記憶を保持していた。

 それは衝撃的な出来事だった。


 シドウは当初、マーシアの町にしばらく滞在し、冒険者としての活動をおこないながら、ゆっくり周辺地域を見るつもりだった。

 しかし。


「今回の事件は重大すぎる。王都ダラムの冒険者ギルドや王城に対し報告が必要だ。当事者である君たちにも同行願いたい」


 副町長からそう頼まれたため、予定を変更することに。

 シドウたちは町の役人や冒険者ギルドの職員たちとともに、マーシアの町を出発した。




 そしてその旅路の途中。小さな町にて、さらに予期せぬことが起きた。


「この近くの村に私の師匠がおります。寄っていきたいので、申し訳ありませんが私はここでお別れです」


 赤毛の青年、自称世界有数の魔法使いアランが、突然そう切り出したのである。


 シドウはその申し出に対して驚くとともに、大変な抵抗を示した。

 きっと彼はこの先も力を貸してくれる――そう思い込んでいたためである。

 ここですぐに「はいさようなら」と、頭を切り替えることはできなかった。


「とても失礼で勝手なお願いとはわかっていますが……。お師匠様の家に行くのを後回しにはできないんですか? そうすればここで別れなくてすみます。王都への報告だって、アランさんがいたほうが正確にできます」


 そう言って、アランを引き留めようとした。

 が、赤毛の青年は相変わらずの穏やかな微笑みを浮かべながらも、首を縦には振らなかった。

 事件のときに、シドウが入れなかった町長の自宅の中には、アランと一緒にティアが入っている。アラン一人しか見ていないという現場はない。よって問題はないと言うのだ。


 それでもなお必死に彼を説得しようとするシドウだったが、それをたしなめたのはティアだった。


「アランにも都合ってもんがあるでしょ? だいたいね、組むのも別れるのも自由。それが冒険者の常識だよ。それにアランはちゃんと登録したパーティメンバーでもないんだから、引き留めちゃダメだよ」


 これはまったくの正論である。


 アランとはイストポート海竜事件の後に馬車の中で知り合ったが、そのときは彼のほうから絡んできていた。さらにマーシアの町の市長アンデッド化事件では一緒になって問題解決にあたってくれていたため、シドウの中ではすっかり仲間の一人という認識になっていた。


 しかしながら、同じ馬車に乗っていたのは彼いわく「偶然」。その後マーシアの事件で力を貸してくれたのも、単なる彼の厚意にすぎない。パーティを組んでいたわけでもなく、単に一緒にいただけ。彼は彼で、何か目的もしくは用事があって旅をしていたはずなのである。

 ここで別れましょうというのはおかしなことではなく、それを引き留めようとするシドウのほうが無礼にあたるのだ。


 反論できる材料がないことに気づき、ようやくシドウは折れた。


「きっとまた会えますよ、シドウくん」


 アランは町の出入り口まで見送りに来て、亜麻色の髪の上に手のひらを乗せた。

 シドウはうなだれて馬車に乗り、引き続きティアやマーシアの町の職員らとともに、王都ダラムを目指した。




 * * *




 この大陸の南東岸には、大きな湾が存在する。

 そしてその湾には、大陸有数の長さと流域面積を誇る大河が注いでいる。


 ダラム王都は、その大河の下流部に位置している。

 方角的にはマーシアの町からほぼ真南である。


 高さはないが、頑丈そうな石造りの建物が延々と続く街並み。それがこの都市の最大の特徴だ。

 その中心にある王城も、他の都市の城に比べ背こそ控えめではあるものの、圧倒的な太さの主塔を擁し、力強い形貌となっていた。

 重厚。

 ダラム王都の景観を一言で表すならば、そうなるだろう。


 そしてその独特な景観には必然性があるということを、シドウは知っていた。

 毎年、今くらいの時季になると、この地域は激しい暴風雨に見舞われることがある。軽い建材の建物や、背の高い建物を建てるのは不適切なのである。

 ちなみに、シドウは師匠より、その暴風雨は『熱帯低気圧』であると教わっていた。




 無事にダラム王都に到着した一行は、まず冒険者ギルドへの報告をおこなった。

 冒険者ギルド長は驚きながらも、「すぐに王城へ報告に行きましょう。私もお供します」と、みずから付き添いを申し出て、一行はすぐに王城へと向かうことになった。




 マーシアの職員三名、ダラムの冒険者ギルド長、そしてシドウたち二名。合計六人で、王城へと続く石畳の大通りを進む。


「アランさんがいないと少し不安だ」


 マーシア職員やダラム冒険者ギルド長らの後ろで、シドウはそうつぶやいた。

 もはやどこでどんなアンデッド事件が起きても不思議ではない。マーシアの件では彼の冷静な判断力に助けられた部分が大きかったが、その彼がいない。口からつい不安が出てしまったのだ。


「あら、私だけだとそんなに頼りないの?」

「そういう意味じゃないって」


 隣のティアに突っ込まれてしまったシドウは、少し慌て気味に否定した。


「だいたい、アランはナルシストで気持ち悪かったじゃない」

「たしかに気持ち悪かったけど、あの人は大人だったし」

「えー? 何それ。私が子供ってことー?」

「そうは言ってないよ」

「じゃあどういうことー?」

「……」


 シドウはティアのわざとらしい顔を見て、あえて面倒くさいことを言ってきているということに気づいた。


「なんかティアは意地悪だね」

「あら、今さら気づいたの?」


 そう言って腕を回してきて、首を絞めるフリをしてくる彼女。


「開き直ってるし……」


 口ではそう返したが、彼女の腕から、元気づけようとしてくれている気遣いが十二分に伝わってきて、シドウは心の中で感謝した。




 * * *




 城に到着すると、一同は身分を提示し、大臣との面会を希望した。

 もちろん事前の約束はなかったわけであるが、緊急を要する話ということで許可が出た。


 大臣の執務室にて、今後世界を揺るがしかねない『生前の記憶を保持したアンデッド化』について、シドウは目撃者として一生懸命に説明した。

 だが――。


「報告についてはよくわかった。今回のマーシアの町の対応については問題ないだろう。今後の対策については、またじっくり各ギルド長や関係者と協議して決めたうえ、ダラム傘下の全都市でそれを共有することにしよう」


 髪も髪も白混じりな初老の男性――大臣。彼からの返事には、期待したほどの危機感は見えなかった。

 心配になったシドウは、城門を出てからすぐにマーシアの町の役人に尋ねた。


「これで大丈夫なのでしょうか?」

「マーシアの町として問題はない。あとは王城側がどう対応するかだからな」


 報告の義務は果たしたということで、役人も一仕事終えた顔をしてしまっている。

 シドウはなんとなく足を止め、後ろを振り向いた。


 城の入口の扉が、ゆっくりと閉じられていく。

 その様を不安な気持ちで見つめた。


 すると、扉は最後まで締まらず、僅かな隙間がある状態で止まった。


「……?」


 その不自然さにシドウは首をひねったが、すぐに扉が逆に動き始めた。

 そして広がった隙間から、一人の兵士が慌てて飛び出してきた。

 その兵士は息を切らせ、「よかった。間に合った」と言って続けた。


「シドウさん、ティアさん。女王様への謁見をお願いします」

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