第27話 湖 - それは陸水が生み出した儚き地形 -

 事件後、シドウら三人は町の庁舎に向かった。


 町長宅でのドラゴン姿は、現場にいた自警団や冒険者以外にも目撃されていた。情報は街中に拡散中と思われるが、まだシドウの顔までは知られていないようだ。三人が道を歩いていても、すれ違う人たちから特段の反応は見られなかった。




 庁舎に着く頃には、既に日も沈みかけていた。


 普段であれば、もう警備以外の人間はいない時間である。

 だが、今日は慌ただしく人が動いていた。

 庁舎は緊急対策本部となっており、職員たちが皆残っていたほか、冒険者ギルドの長や自警団の団長なども詰めていたからである。

 

 会議室に通されたシドウら三人は、中年の副町長、壮年で白髪交じりの冒険者ギルド長、そしてやや若めの青年である自警団の団長の三人と面会した。


 イストポートのときのように、生い立ちからネチネチと聴取をされることもシドウは覚悟していた。

 しかしちょうどそのときに、イストポートの冒険者ギルドから送られてきたシドウの資料がタイミングよく到着。幸いにもそのようなことにはならなかった。




 今回の件の報告を一通り済ませると、さっそく今後問題になるであろうことを話し合った。


 すなわち、

「今後、生前の記憶を持ったアンデッドが出現した場合の対応は?」

 ということであったが……。


「アンデッド化した瞬間に、人間としては死亡。現時点ではそうするしかない」


 生前の記憶を持っていようが、もうそれは人間ではない――。

 予想はしていたが、そのような結論となった。


 シドウは話し合いの途中、

「捕えて行政側で〝裁く〟という選択肢は、やはりあり得ないんですか?」

 という確認も、いちおうはしてみた。


 シドウは地理学者である師匠から、アンデッドは『生物の定義から外れる存在』と教わっているし、シドウ本人もその考えは強固である。

 だが、今回のアンデッド化町長が犯人によって殺される光景をの当たりにし、モヤモヤがあったのもまた事実だったのだ。


 それに対して副町長は、

「町としては、アンデッド化した元人間を罪人として引き渡されても困る」

 と、やや困惑しながら、そう答えた。

 色々ややこしくなってしまうのが、その理由らしい。


 現状でも〝アンデッドを生成する〟行為は禁忌である。

 今回亡くなった町長のように〝自らがアンデッドになる行為〟は前例がないため、禁忌とはされていないのだが、それは早急に禁忌とするそうである。


 これは当然の話で、誰でも手軽に生前の記憶を持ったままアンデッド化できるようになって、それが合法ということになってしまうと、死の間際にアンデッド化する人間が続出する可能性がある。禁忌とするのは理に適っている。


 ところが。問題はそこからである。


 〝自らがアンデッドになる行為〟を犯したとしても、アンデッドとなってしまえば、もう〝人間ではない〟となってしまう。

 つまり、その時点で〝罪〟を問える対象ではなくなってしまうため、矛盾してしまうのだ。


 しかも、仮に無理やり『裁く』対象にしたとしても、『死刑』以外の選択肢がない――という指摘もあった。


「罪を償ったからといって、野放しにして町を歩かせるわけにはいかないだろう?」


 つまり、社会復帰が物理的に不可能なので、罪を償わせること自体が無意味ということなのだ。

 アンデッドには寿命も存在しないため、『終身刑』は永遠に牢でつないでおかなければならず、選択肢としてはあり得ない。

 かと言って、『懲役』では刑期を終えて出てきたときに困る。


「非情なようだが、生前の記憶があろうが人間扱いせず、自警団や冒険者の手で〝処分〟することが最も安全であり、望ましい」


 副町長は後味が悪そうな顔ではあったが、そう結論を出した。

 今後同様の事件が起きた場合は、聴取などの目的で捕えることはあるかもしれないが、その場合でも裁判をおこなうことは無理だろうということらしい。

 ギルド長や自警団の団長もスッキリという表情には見えなかったが、それに同意した。


 ただ、これはあくまでマーシアの町の〝現時点での〟見解である、という点でも出席者の意見は一致していた。

『生前の記憶を持ったアンデッドが出現した』という事実は、非常に深刻な問題である。これだけ大きな問題であれば、王都ダラムの王城や冒険者ギルドが違う方針を出せば、そちらのほうを優先したいとのことだった。


 もっとも、違う方針を出す可能性は「限りなくゼロに近い」らしいが……。




 アンデッドの件の話が終わると、今度はシドウたちのほうから、副町長に対して提案をした。

 提案の内容は二点。この町の今後のことである。


 一点目は、マーシアの町に肥満の人間が増えすぎていることについて、である。

 前町長が揉み消してはいたが、『怪我が治らない病気を引き起こしているのは肥満』という研究結果がハッキリ出ていたわけであるから、町主導で改善していくことを求めた。


 たとえば、周辺の町と結んでいる街道を整備し、馬車が通れるようにしてはどうか――と勧めた。

 直接の原因は食料価格が安すぎることであるが、それを引き起こしている大元は『需要と供給のバランス崩壊』である。他の町からの流入による人口増や、食料を他の町へ売ることで町内への流通が減れば、少しは良くなるかもしれない。


 そして二点目は、タリス教の聖堂付属の治療所に予算を振り分け、病気に対しての研究活動を復活させることである。

 町主導で積極的にお金を動かし、積極的に病気と向き合うことを求めた。


 冒険者としては出しゃばり過ぎな提案であったが、副町長は二点とも快諾した。




 * * *




 翌日。


 シドウは再びドラゴンに変身し、マーシアの町の上空を飛んでいた。

 その背中に乗っているのは、三名の人間。


 先頭がティア。一番後ろにアラン。

 真ん中は……十字の入った濃紺の僧衣を着た、おかっぱ頭の少年。聖堂の治療所で働いている薬師の責任者、トーマスだ。


 この飛行、企画したのはティアである。


「どうせもうこの町では変身見られたんだし。いいでしょ?」


 ということらしい。

 しかし、トーマスを乗せることについては、アランの発案だった。


「あの少年にとって、空を飛ぶことは大きな意味があると思います。シドウくんがよければですが、ぜひ」


 とのこと。

 シドウとしては特に反対する話ではないため、了承していた。




 ぐるっと町周辺の空を回り、現在はほぼ東向きに飛んでいる。


 下には、ほぼ円形に見える、壁に囲まれたマーシアの町。

 前方には、それを中心とする水系がこの町を支えてきたと言ってもよい、大きな湖。地上で見る時と違い、対岸がうっすらと見えている。

 後方は、白く霞んだ巨大な岩肌のカーテン。旧魔王城のあるグレブド・ヘルだ。


「問題のない範囲で少し高めに飛んでください」


 そのアランのリクエストにより、少しだけ高めに飛んでいた。

 あまり高く飛びすぎると、グレブド・ヘルにいる人型モンスターの残党に目撃される可能性があるため、岩肌のカーテンの上端よりは下である。


 グレブド・ヘルでも、もうドラゴンのような最上級モンスターは全滅したことになっているはずである。できれば見られないほうがいい。




 ドラゴン姿になると、耳の感度もかなり良くなる。

 背中の三人が何を話しているのかは、シドウにも聞こえていた。


「少年。どうですか? 気分は」

「高くて少し怖いです」

「えー? 命綱つけてるじゃない。情けないなー」

「つけていても、怖いですよ……」


 ティアとアランは平気のようだが、トーマス少年はそうではないようだ。

 彼はドラゴン姿のシドウを見て一度失神し、ティアに活を入れられて起こされてから乗っていた。

 ドラゴンに対する恐怖に、高所の恐怖。ダブルパンチだったのかもしれない。


「ふふふ。素直な感想ですね。では、空から見た町はどう見えますか?」

「ええと、少し小さく見えます」

「では、聖堂の付属治療所は?」

「……ものすごく、小さく見えます」


「そうですね。あの聖堂はもちろんですが、この町だって、空から見れば決して大きくはないのです。この感覚、ずっと忘れないようにしてくださいね。

 これからは、目の前のことだけではなく、町全体のため……いや、この国や、この大陸のために頑張ってください。その能力はあるはずですから」


 なるほど――。

 シドウは、アランの意図にようやく気付いた。




 * * *




 湖の湖畔。

 広い砂浜になっているところにシドウが着地すると、ティアはぴょんと飛び降り、一つ大きな伸びをした。


「あー! 気持ちよかった!」


 満足そうにそう言うと、ドラゴン姿のシドウの横顔を、右手の拳で力強くパンチした。


「なんで殴るの……」

「気持ちよかったお礼!」

「……」


「ふふ。たしかに、空というものはよいものですね。私も初めての経験でしたが楽しかったです。シドウくんには感謝です」


 アランも降りながら、そう言う。

 そして、トーマス少年が降りるのを手伝いながら「大丈夫でしたか?」と声をかけた。


「ちょっと怖かったですが……貴重な経験でした。シドウさん、ありがとうございました」


 そう言うと、トーマス少年もシドウのほうを見て、少し硬いながら笑顔を見せた。




 シドウは変身を解いて着替え、四人は砂浜に座った。


 あらためて湖畔で見ると、大きな湖である。

 上下でよくマッチングした、湖面の青。

 決して雨の多いところではないが、左右を見ると森もあった。


「……シドウ。湖ってなんか不思議じゃない?」

「不思議?」

「うん。こんなに大きな湖なのに、寂しく見える。なんでだろ? 海と違って波があまりないからかな?」


 まるで水が砂浜を撫でているような、穏やかな波打ち際。そこを見つめながら、ティアが言った。

 シドウはティアが叙情的なことを言い出したことに対して驚いたが、思うところを答えた。


「そうだね。それもあると思うけど、湖自体の性格のせいもあるかもしれない」

「性格って何?」


「湖って、寿命が短い地形で。流入する川が土砂を運んでくるから、いずれ埋まって消滅する運命にあるんだ。だから、生物の目には寂しく映るようにできているんじゃないかな」


「へー。そうなんだ。寿命が短いって何年くらいなの」

「湖の成因にもよるけど、普通は何千年か、何万年か、かな。構造湖と言って、地殻変動で出来た湖はもっと長いけど、そういうのは例外」


「え? 普通は何千年か何万年? じゃあ長いじゃないの」

「自然の地形にしてはかなり寿命が短いほうなんだ。まあ、人間の寿命よりはずっと長いけどね。ティアがおばあちゃんになっても、きっと今見てるこの景色にはさほど変化は――」


 例によってシドウの顔面に荷物袋が命中し、最後までは言えなかった。


「なんでわたしがおばあちゃんになるの!」

「え、女の人なら誰でもなるよね?」


 ――アンデッドにでもなるつもり?

 という突っ込みもシドウは思い付いていたが、また何か飛んできそうなので、それは言わなかった。


「ふむ、それは面白い話ですね」


 ここで話に入ってきたのはアランである。


「大昔の文明の遺跡は、大きな川を中心としたものが多いです。湖を中心として栄えた大きな古代文明というものは、記憶の限りではほとんどなかったように思います」


 アランがその隣にいるトーマス少年に目をやると、彼も遠慮がちにうなずいた。

 魔法使いや薬師は、修行中に必ず歴史を勉強することになる。詳しい人が多い。


「もしかしたら、川と違って動きに乏しく、ただ消滅に向かうだけの湖には、大きな文明を育む力はなかったのかもしれませんね」


「あの。それは、今もそうなんでしょうか?」


 また遠慮がちに、トーマス少年が聞く。

 この湖は町に力を与えてくれる存在ではないのか? ということだ。


「いえ。もう文明のレベルも上がっていますし、マーシアの町と湖という括り自体がもう古くなっているようにも思いますが……。どうですか? シドウくん」


「そうですね。これから他の町との街道が整備されるでしょうから、色々なものが流動的になって、様々なところから発展するための力を得ることになると思います。あとは技術も進歩していますので、湖からの力の引き出し方だってもっと上手になっていくのかもしれません」


「それをやっていくのはトーマスたちだよね? いつまでもナヨナヨしてないで頑張りなよー?」


 三人から同時に激励の視線を浴びることになったトーマス少年。

 やや恥ずかしそうに「頑張ります」と抱負を述べる。


 四人はそのまましばらく、穏やかで美しい湖の景色を眺めながら談笑していた。






(二章『追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -』 終)

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