第5話 ドラゴンの血

 冒険者ギルドに戻るなり、


「あ、シドウくん」


 と受付の女性から声をかけられた。

 気のせいか、笑いをこらえているように見える。


「ティアちゃんから伝言を預かってるわよ」

「なんて?」

「その通りに伝えるわね。『このヘンタイ! 死ね!』だって」

「……」


 待合室のほうから、笑いが起こった。

 この日もいつもと同じように、二十人程度は溜まっているようだ。


「あの。もう少し周りに聞こえないように言ってもらえると嬉しいです」

「ウフフ、ごめんなさいね」

「他には?」

「ん?」

「他にも、何か俺について言っていませんでした?」


「特に言ってなかったわよ? 『これから酒場に行く』とは言ってたけど……。何をやったのか知らないけど、ちゃんとあなたも行ってあげてね」


 シドウは酒場へ向かうことにした。


『ヘンタイ』のほうか。やはり『バケモノ』ではないんだな……。

 そんな謎の安心に包まれながら。




 * * *




「出たな~、ヘンタイ」


 シドウを迎えたティアの第一声が、それだった。

 酒場の円形テーブルのところに座っていた。顔だけでなく、首や、白のタンクトップから覗く肩や胸元まで、ほんのり赤く染まっている。

 顔もやや緩んでいるため、それが酒によるものであることは間違いないだろう。


「ええと、酔っているのかな?」

「酔ってないよ~」

「じゃあそういうことにしておくけど……。お酒、好きなんだ?」

「まともに飲んだの初めてだよ~。というか突っ立ってないで隣に座りなさいよ」

「怖く……ない?」

「わたしに怖いものなんてないよ~」


 シドウはなんとなく少し笑うと、ティアの隣の背もたれのない椅子に座った。


「ティア。伝言、聞いた。ありがとう」

「罵倒だったはずだけど?」

「俺にとっては、どちらかというと、ありがたい罵倒だった」


 伝言は『ヘンタイ』だった。

 森でドラゴン姿を見たときも、驚いたとは言っていたが、『バケモノ』呼ばわりはしていなかった。


 本当にバケモノとは思っていないのか、思っているが頑張って触れないでいてくれているのか。

 後者だとすれば、まだ会って二日目の女の子に気を遣わせてしまったことになる。

 だが、彼女の反応は今のシドウにとって、素直にありがたいものだった。


「何がありがたいのかしらないけど……なんなのあれは。いきなりスッポンポンなんて。びっくりして逃げちゃったじゃないの」

「それについては申し訳ない」

「ま~、シドウの服がひどい理由はわかったけどね。どうせ破けるから安物を買ってたんだ?」

「うん。仕事のたびに破れているから。高いのなんて買えないんだ」


「でもスッポンポンを見せた罪は消えないけど!」

「だから謝っているのに。申し訳ないって」

「いきなりあんなモノを見せた罪は重いよ~? ま~あんたのおかげで助かったっぽいから許すけど」

「……ありがとう」


「で。ここに来てくれたということは。教えてくれるんでしょ? 生まれてから今までの人生、一通り」


 もちろん、「冒険者同士だから詮索禁止」とは言えなかった。


 しかし今回の仕事はすでに終わっている。

 パーティも解散で、偶然を除けば今後会うこともないだろう。

 そんな相手の半生を聞いても仕方がないのに――。


 若干戸惑いながらも、シドウは説明を始めた。




 ―――




 俺が生まれたのは、大陸最南端にある港町ペザルに近い山。

 すでに言ったとおり、俺の父さんは人間で、母さんは純血のドラゴン。


 大魔王が約二十年前に勇者一行に滅ぼされて……。

 ドラゴンやサイクロプス、バジリスクなどの高位モンスターも滅ぼされたというのは知っているね?

 けれども、ドラゴンである俺の母さんだけは生き残ったんだ。


 なぜかって?

 母さんが勇者パーティに討伐されるというときに、俺の父さんが間に入って、見逃してもらったらしいよ。

 詳しくは長くなるから省くけど、父さんは冒険者時代に、色々あって母さんに世話になることがあって、すっかり惚れ込んでいたらしい。だから一生懸命頼み込んだって言ってた。

 その必死さが通じたらしくて、勇者さんたちやペザルの町の人たちは、二人でぺザルの近くの山で暮らすことを認めてくれたらしい。母さんは「私は人間に生かしてもらっている」と、いつも感謝していたよ。

 その一件の直後に、二人は結婚して、子供を作ったんだ。その一人が俺。


 兄弟の数は、増えていなければ俺を入れて全部で八人。

 他のみんなは基本的にドラゴンの姿で、少しの時間なら人間に変身できるという感じだった。

 けれども、俺だけは逆だった。

 父さんの――人間の特徴が強く出ていたのか、通常だと人間の姿だったんだ。


 だからなのかな。

 他の兄弟姉妹は山から出ることはなく、今も山頂近くの巣に住んでいるけど、俺だけは十歳で山を出ることになった。

 行き先は、森でも話したとおり、地理学者のピーターという先生。


 修行に入っていたのは十四歳までで、ギルドに登録できる十五歳からは、冒険者として町を転々としている。

 母さんから「自然の仕組みを勉強し、その上で世界を巡れ」と言われていたから。


 その意味? さあ……。

 勉強については森で言ったとおり、やることの意味までは聞いてない。

 世界を巡る旅にしても、母さんには「最初はただ見るだけでいい」と言われただけ。何を期待しているのかは教えてもらってないんだ。


 結局、今もよくわからないまま、ただ普通に冒険者生活をして転々としているだけというような感じ。

 旅で色々なところを見るのは楽しいから、不満はないけど。




―――




「なるほど~、そうだったんだ」


 ティアはテーブルに肘をつきながら、トローンとした目で、しかし同時に興味深々な様子で、話を聞いていた。

 そして「説明ごくろう~」と、右手でシドウの頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。


「ペザルの近くの山にドラゴンが一匹だけ生き残っているという噂は、いちおうこのダラム王国にも伝わっているみたいだね」

「うん。噂はわたしも聞いたことはあったよ」


 大陸最南端のペザルの町が所属する国は『エレシエル侯国』。

 このチェスターの町が所属する『ダラム王国』の南に位置している。


 ダラム王国から見れば、エレシエル侯国自体がやや田舎のイメージであり、そのまた最南端の町ともなると〝ど田舎〟となってしまう。

 だが、ドラゴンがいるというインパクトは相当なものである。

 冒険者や吟遊詩人などの口を介して、国を越えて噂が少し伝わっていた。


「でも、そのドラゴンにハーフの子供がいて冒険者をやってるなんてね~。今までそんな人見たことないし、新鮮!」

「同じような人がいたら俺も驚いてしまうよ」

「ていうか、ドラゴンと人間の子なんてどうやって産むの。ぜんっぜん想像できないんだけど?」


「うん。母さんは純血のドラゴンなんだけど、魔法で少しの時間、人型のモンスターに化けることができるんだ。その時に父さんと……したらしい」

「え~、何それ。本当なの?」

「本当だと思うよ。父さん、嘘が嫌いだったし」

「へえ~面白いなあ」


 ティアはクスリと笑った。


「あ~そうだ。今まで回った町の人たちは、シドウの正体を知ってるの?」

「いや、知らないはず。誰かがいるところで変身したことはないし。ペザルの町でも、ドラゴンに子供がいるという話は知っていても、そのうち一人が人間の姿で冒険者をしているということまでは、基本的に知らないんじゃないかな」


「秘密なんだ?」

「別に秘密にしろって家族に言われているわけではないけど。でもバラしたときの反応が読めなかったから」

「じゃあわたし、結構貴重なものを見たんだ!」

「なんで嬉しそうなのかは知らないけど、一応まだ誰にも話さないでもらえると助かる」


 だいぶ酒がまわっているのか、ティアは「は~い」と気の抜けた返事をする。


「まだ聞きたいことはあるな~」

「もう喋り疲れたよ」

「あっそ~。じゃあ今後の仕事の途中にでも少しずつ聞いていくよ。一気に聞くとこっちも疲れそうだし――」


「えっ!」


 酒に伸ばそうとしていたシドウの手が、止まった。

 そして目を丸くして、ティアのほうに顔を向ける。


「ちょっと。『えっ!』って何よ~」

「いや、パーティを組むときに『今回だけ』と言ったはず。もう次の町に行くつもりだし、ここで解散するつもりだけど」

「は? ついていく気満々だけど? 別にわたしもこの町にいないといけないわけじゃないし~」

「それは話が違うじゃないか」

「シドウの正体も話が違うでしょ~!」

「……」


「『いい』って言わないと、シドウが十六歳の女の子に裸を見せつけたヘンタイだって言いつけてやる!」

「あ、それはやめてほしい、かも。ギルドから除名される」

「なら返事は一つだよね」

「……なんで俺は脅迫されているんだろう」


 半ば強引に、パーティはそのまま継続ということになった。

 約一年、ソロで活動してきたシドウに、旅のお供ができることになってしまった。

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