第4話 うっかり

 上位種アンデッド三体が灰になったことを確認すると――。


 ドラゴン姿のシドウは廃墟のまわりを一周し、他にアンデッドがいないかどうかを注意深く観察した。

 そしてどうやら大丈夫だろうと判断すると、ティアのところに戻った。


 彼女は尻を地面に着いたまま、目を見開いていた。


「ティア……」


 シドウがそう名前を呼ぶと、彼女の体がビクンと反応した。

 まるで、地面から少し浮きあがったかのように見えた。


 ドラゴンの姿だとかなり低音の効いた声になってしまう。

 余計に驚かせてしまったか? と思いながら、


「ごめん。こんなことになるなら、最初にきちんと話しておけばよかった」


 と謝罪し、翼を一段と小さく畳んで頭を下げた。

 ティアはそれを見ると、声を絞り出すようにして、言った。


「……えっと……シドウ……なんだよね?」


 シドウは頭を少しだけコクリと動かした。


「うん。そうだよ」

「ど、ドラゴンに化ける魔法なんてこの世にないよね……? ど、どうなってるの……」


 もう姿を見られてしまったので、正直に言うことにした。


「これは魔法じゃない。俺は半分モンスター。ドラゴンと人間のハーフなんだ。少しの時間ならドラゴンの姿になれる」

「……!」


 ティアの体は完全に固まった。


 ロングの黒髪だけが、わずかにひらひらと動いている。

 そのまましばらくの時間が流れた。


 しかしシドウが、

「黙っていてごめん」

 と再度声をかけると、彼女はハッとした表情をして立ち上がった。


 逃げ出すのかな? シドウはそう思ったのだが、ティアが背を向けることはなかった。


「……そ、その姿になっても、性格が凶暴になるとか……ないよね?」

「多分、ないはず」

「そ、そっか。わかった。まだその姿のままでいて!」


 シドウには、その言葉の意味がすぐわからなかった。

 だが彼女がスルスルと近づき、

「顔を近づけてみて」

 と言ってきたので、首を降ろして言われたとおりにした。


 ティアは少しの間、シドウの――ドラゴンの顔を、硬い表情でじっと見つめていた。


 やがてゆっくりと伸びる彼女の右手。

 鼻の少し上の部分を、恐る恐る、右手の人差し指と中指、薬指の指先で一瞬触り、すぐ手を離す。

 それを二回繰り返すと、今度は手のひらでしっかりポンと叩いた。


「うん。もう大丈夫」


 そう言ってティアは表情を崩し、少しだけ笑った。


「……意外だ。逃げないんだ」

「あー。ものすごく驚いてはいるよ?」

「そうか。まあ、そうだよね」


 約二十年前に勇者パーティによって討伐されたとされる大魔王。

 それに協力していたモンスターの中でも、ドラゴンは最も恐ろしい存在とされていた。


 一緒にパーティを組んだ男が、実はドラゴンと人間のハーフ。

 そんな展開では驚くなというほうが無理である。


「詳しくは戻ってからゆっくり話すよ。じゃあ、変身を解くから」


 ドラゴンの体が急速にしぼんでいく。シドウはすぐに人間の姿に戻った。

 が……。 


「キャアアア!!」


 ティアから大きな悲鳴があがる。

 そして回れ右すると、元来た道へと逃げ出した。


「?」


 わけがわからず、シドウは立ち尽くす。




 ――あ、そうか。


 しばしの放心の後、自らの過ちに気が付いた。

 ドラゴン姿に対する彼女の反応に気を取られてしまい、変身する際に服が破けることをうっかり忘れていたのだ。


 シドウは、自身のミスを呪った。


 ――でも、ドラゴンを見ても逃げなかったのに、これで逃げるってどうなんだろう。


 一人残された全裸のシドウは、先ほど放り投げた荷物袋を拾い上げた。

 袋には色々な道具のほかに、着替え――先ほどまで着ていたものと同じもの――が何着も入っている。


 それを一着取り、今度こそ完全に元の姿に戻った。

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