自然地理ドラゴン

どっぐす

序章『不死生物 - 森の町チェスター -』

第1話 海溝

 ――最初の出会いって、案外ロクでもなかったりするもんだよ。


 亜麻色の髪と碧眼を持つ少年・シドウは、以前に父親からそう聞いたことはあった。

 しかし、それを身をもって感じたことは、今までの人生、まだなかった。




「お姉さんただいま。依頼、終わりました。これが立会証明書です」


 シドウは冒険者ギルドのカウンターで、受付の若い女性――とはいっても彼より五歳以上は年上だろうが――に挨拶し、一枚の紙を渡した。

 記されているのは、魔物の巣の殲滅を確認したという旨の文と、立会人のサインである。


「あら、もう片付いたの? ちょっと待っててね」


 女性は肩ほどの長さの赤髪をなびかせながら、奥に一度引っ込む。

 そしてすぐに袋を持って戻ってきた。


「さすがだわ。その若さで上級冒険者なだけはあるわね。はい、これが報酬」


 シドウは頭に手をやって軽く掻くと、「ありがとうございます」と答えて袋を受け取った。

 その時――。


「えっ? 上級冒険者?」


 やや高い声が聞こえてきた。

 受付からではない。その横にある、依頼が貼りだされている掲示板の前。

 そこにいた黒髪の少女から発せられたものだった。


「あ、ティアちゃんは初めて見るの? 上級冒険者のシドウくんよ。少し前からこのチェスターの町を拠点に活動してくれているの」


 ティアと呼ばれた少女は「へえ」と言うと、シドウのすぐ横に寄ってきた。

 シドウはやや困惑しながらも向き合う。


 上が白のタンクトップ、下はカンフーパンツ、左手には立派な籠手型の武器爪。

 それが少女の格好だった。

 露出の多い上半身にはまったくゴツさがない。柔らかさとスピードを生かして戦う武闘家タイプなのだろう。


 少女は「ふーん」と言いながらさらに近づき、腰に手を当てシドウの顔をジッと見た。

 やや身長差があるために、見上げる形になる。ストレートで艶やかなロングヘアが、なだらかに後ろに流れた。


「若そうだよね? 何歳なの?」

「……十六歳だけど」

「げ! わたしと一緒じゃないの。すごい! わたしまだ初級なのに」


 彼女はそう言うと、今度はシドウの全身を下から上までジロジロと確認した。


「でもその割にひどい恰好……というか、だっさ! 剣はまあまあ普通に見えるけど。鎧も着けてないし、服もどこかの浮浪者にしか見えない!」


 上下ともくすんだ茶色の服。粗悪な感じが滲み出ている生地。

 たしかにティアの言ったとおり、浮浪者と表現されても違和感がないようなひどい服かもしれなかった。


 だが彼女は声をひそめずに言ったため、待合室に溜まっていた二十人ほどの冒険者の視線が一斉に飛んできた。

 そして発生する大きな笑い声。


「なにもそんな大きな声で言うことないじゃないか……」


 恥をかかされたかたちのシドウは、困惑と若干の迷惑を声に乗せて抗議した。


「あはは、ごめんごめん」

「冒険者って、そういうことを詮索しないものだと思っていたけど」

「そうだけど。なんか怒らなそうな雰囲気だったから!」

「……」


「ウフフ、シドウくんの恰好についてはここでもたまに話題になっていたわよ。『乞食をきれいにした感じ』みたいだって。私も少しもったいないと思うわ。せっかく顔はまともなのに」


「お姉さんまでそんなことを……。売っている服でこれが一番安かったんです」


 受付の女性の追撃に対応するシドウ。

 ティアはその隙に右手でシドウの服の袖をつまみ、生地の触り心地を確かめる。


「うわあ、やっぱりひどい。いま報酬もらったんでしょ? それでもっといいのを買えばいいじゃない。それとも博打漬けで借金でもあるわけ?」

「いや、それは余計なお世話というか」


 完全にペースを乱されていると判断したシドウは、

「恰好の話はもうやめよう」

 と言ってティアの手を引き剥がした。


「お姉さん、次の仕事を受けさせてください。さっき掲示板を見てもう決めていますから」


 シドウは先ほど出した紙とは別の紙を、カウンターの上に置いた。


「あら、もう次の仕事にかかるのね? 本当に真面目ね。ええと――」

「あ、それわたしもついていっていい? パーティ組もうよ、パーティ」


 横から紙を覗き込みながら、ティアがそう提案してきた。


「ティアさん」

「ティアでいいよ!」

「じゃあティア。お断りするよ」


 あっさり断られたティアは、頬を膨らませて抗議した。


「ひどい! パーティの誘いをこんなに簡単に断るなんて。自分より低級だから要らないってこと? 最低!」

「そういう意味じゃないよ。俺は諸事情でパーティをまだ組まないようにしているんだ」


「ウフフ、たしかにシドウくんはいつもソロでやっていたわね。でも、たまにはこういうかわいい女の子と仕事するのも悪くなくてよ?」

「いえ。女の子だとなおさら」

「やっぱりひどいじゃない! 女は邪魔だってこと?」


 気づけば、待合室にいる冒険者――主に男たち――から、今度は

「なにいじめてんの?」

 というような、非難の視線がシドウに向かって送られていた。


「だからそれは受け取りかたがおかしいって……。だいたい、今のやり取りだけでもなんとなくわかるけど、たぶん俺と君との間には海溝のような深い溝がある。パーティを組んだとしても合わないよ、きっと」


「カイコウって何?」

「海溝は海の中にある大きな谷のような深淵のこと。そこまで潜れないから、実際に見た人はいないけど。理論上は存在する」


「へー! 海の底ってだいたい平らなのかと思ってた」

「そう勘違いしている人がほとんどだろうけど、あまり平らじゃないんだ」

「その海溝ってやつの他にも、海の中には色々あるの?」

「あるよ」

「教えて!」

「説明したいところだけど、今この場では長くなるから無理」

「じゃあ道中でゆっくり聞く」

「ああ、それなら」


 ――あ、しまった。


 そう思ったが、時すでに遅し。ティアと受付の女性は、

「やったあ上級と組める!」

「良かったわねティアちゃん」

 とハイタッチしている。

 

 待合室にいた他の冒険者たちからの目もあり、今さらダメだとは言いづらくなったので、シドウは仕方なく「今回限り」と言って了承した。

 出発は明日だ。

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