第2話 おかあさんと一緒

 首がすわらないというのは実に面倒だ。


 視力などの五感はある程度戻ってきたものの、歩けない以前に自分で動くことができないし、座ることさえできない。寝返りを打てないので寝転がってずっと天井を見つめているだけだ。それに、由利に頼りきりの生活、三人目で子育てに慣れているとはいってもストレスがかかるのは間違いない。

 由利、それにお義母さんに申し訳なさを感じながらも、最低限の食事、おむつ替えの時は泣いて呼び出している。いい子に暮らして、適度な関係を保っている。食事などの抱っこの際は、今でも慣れることなく近すぎる距離に少しドキドキしてばかりだ……。

 そういえば由利の髪が俺の生前の同時期より短くなっている気がする。何か気持ちの変化でもあったのだろうか。


 退院からしばらくは由利の実家で暮らしていて、家に子どもたちの姿はない。

 時々やってくることはあっても、その日のうちに帰っていく。学校があるらしい。家同士は距離的にはあまり離れていないが、由利やお義母さん、お義父さんの精神的な問題や、免疫などの問題が諸々あるのだろう。

 幼い二人がどう暮らしてるのか、残念ながら俺の知るところではない。智の親が協力してくれているはずだが……。


 さて、そんな自由のない俺が普段何をしているかというと、寝る、食う、お風呂等であるが、さらに加えて考え事や盗み聞きをしている。

 別にやましいことではない。情報を仕入れるためだ。

 この世に戻ってきてから、浦島太郎のように今の現状をほとんどなにも知らないままである。スパイのように、というほどうまいものではないが、まあどうせしゃべれないのだ。ばれやしない。


 ちなみに今は俺が死んでから五年になることを最近知った。

 いつ二人が結婚したのだとかはさすがに自然に話題には上がらないので知らないが、一年前にはさすがに結婚しているだろう。二人に限ってまさか出産をきっかけなんてことはありえないだろう。


 意外と俺の家族との交流も残ってるらしいことも知った。

 出産祝いが届いていて、もらった服を由利は愛用しているようだ。いくら嬉しいからって同じのを着すぎよと義母さんからは呆れられている。とは言っても会ったことはないので、俺の寝ているタイミングで見に来たのかもしれない。

 というのも本当に何もすることがないので、身体と共に大半寝ているのだ。不可避なのと、意識的にしてるのと二通りあるが、とにもかくも俺が起きてるのはわずかな時間だ。情報を仕入れるために起きていようとは思うのだが、やはり退屈で仕方ない。

 そういうこともあって、月日の経過も実に早いのである。


「あ、起きてる」


 由利が写真を撮りに来た。寝すぎなせいで起きている写真を撮るタイミングを失っているらしい。申し訳ないようなそうでもないような。

 視界が限られたこの身体では大体の情報は音声からしか得られないので、覗いてくれると顔が見えて嬉しい。


「じんくんかわいいねえ」


 仁というのはこの赤ん坊の名前だ。智が付けたらしい。撮ってかつほめているのは赤ん坊であり、俺ではないのだが、なんだか照れくさくなる。


「忘れないうちにいっぱい撮っときなさいよ。子どもが増えるたびに写真少なくなりがちなんだから。子どもが大きくなってから泣くわよ」


 お義母さんがそう言うと由利は苦笑いした。


「わかってるって」


 実はお義母さんはこれを何回も言っている。何回も言うほどお義母さんは写真を残すべきだと強く思っているらしい。その内心がどのようなものかは知らないが。



 そういえば俺の死んだ年の写真はどうなっているのだろう。あのころはまだ咲良も幼い。もしかしたらその時あまり写真を残せていなかったりするのだろうか。そこからお義母さんがうるさくなったりして、なんて思ったりもした。あくまでも予測だが。


 ふと、玄関のあたりが騒がしくなった。お義母さんが玄関で客を迎えているらしい。

 多分大希かな、と思っていると案の定大希の声がした。

 赤ちゃんの珍しさからか、友達を連れてやってくることの多い子どもたちだが、その中でも大希は咲良よりも来るし、さらに言うと一人で来ることが多い。

 しかし、会いに来ているのは俺にではない。

 由利単独でもない。

「ばあちゃん手伝うよ」

「母さん手伝うことある?」

 この家族に会いに来ている。

 さすがにごはんは向こうでとることが多いが、結構な頻度で来ている。

 大変さが分かって来てくれているいるのだろうか、と少しは感心していたのだが……。


 どうやらそれは違うらしかった。

 大希が来た翌日に大体智の親からお義母さんに電話がかかってくる。詳細を聞いているようで、まだトラブルまでにはいっていないようだが、毎回無断で行っていたりして智の親にとって気になって仕方ないらしい。確かに、せっかく来ていても皆が帰ってこないと心配になるものである。

 そういわれると俺たちも気になってくるものだ。

「嬉しいんだけど、なんでここにいっぱい来てくれるの?」

 ある日、由利がそう聞くと、大希は黙りこんでしまった。

 それを見た由利は即座に話題を変えるのだが、結局のところなぜ来ているのか、俺たちの関心ごととなったのであった。



「毎日どうなの?」


 ある日、咲良だけ来たので、由利はすかさず普段の様子を聞いた。咲良はいつも素直に答えてくれる。


「おばあちゃんと暮らすのも楽しいよ。お母さんたちがいないと少し寂しいけどね」


 そういう咲良は確かに誰に対しても人当たりがよく、揉めているのはあまり見ない。

 友達も多いタイプだ。


「そう……お兄ちゃんは?」


 さらに由利が尋ねると咲良は少し黙った。


「……あんまり話、しないんだ。宿題が忙しいんだってすぐに部屋に行っちゃうから」


「……ふうん」


 由利はそう言ってしばらく考え込んだ。


「ありがと」


 しばらくしてそう言った由利の中には、答えが出ているのかもしれない。そしてそれからあまり咲良にあのように聞くことはなく、普通に接しているから、大したことはなかったのだろう。

 智の親と大希は少しタイプの違う人間だからかな、とそれなりに事情を理解している俺の中ではそう自己完結しているが、実際はどうなのか知らなかった。



 日を追うごとに身体は成長し、俺は少しずつ真実を知っていく。

 あとから思うが、この時は少し勘違いしていたのだ。

 それは、浦島太郎の俺にはわかりようもなかった話だった。

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