路上占い師
音水薫
第1話
「占いを始めましょう」
宣言すると、カードを六枚、トランプの上から順に取り、六角形になるように並べる。本来なら七枚目を中心に置いて準備完了なのだけれど、最後の一枚は大抵残酷な結果になる。それに文句をつける人が出て以来、除外している。
「トランプ、新しくしたんだ」
並べる手を止め、前に掛けている常連客に目を向ける。OL風のお姉さん。こんな商売でもしていなければ、本来高校生であるところの私とは縁もなかっただろう。
「前のは傷んできましたから」
小学生の時に買ってもらった、初期のポケモントランプ。占いを始めようと思ったときに、手元にあったから使っていたのだけれど、それがお客さんにとって親しみやすさに繋がったらしく、割と盛況なのだ。
「またポケモンなのね」
片手で口元を軽く押さえて笑う。トレードマークとなってしまった今、やめるわけにもいかなかっただけだ。
「しかも最新版なんだ」
おかげで絵札を見ても、中学生でポケモンを卒業した私が知っているキャラクターはいない。モンスターの総入れ替えだなんてしなくてよかったのに。カメが好きだったよ、私。
「いきます」
深呼吸を一つ入れて、最も私の近くにあるカードをめくる。スペードのキング。
「キングの絵札は成功や勝利を表します。お仕事、うまくいくと思いますよ」
「そっか、でも上司が足引っ張るのよね。そればっかりは私の力じゃ回避できないし」
やれやれとばかりに両手を肩まで挙げ、首を振る。
「スペードは悪い状況の克服を意味します。人事異動とかあるんじゃないですか?」
「そうね、異動の季節だもの。少しは期待できるかも。それにしても、いろんなことが分かっちゃうのね、トランプで」
「占い師ですから」
「ねぇねぇ、その占いで宝くじの予想とか出来ないの?」
占いを始めてから何度目の質問だろうか。このお姉さんに悪気はないのだろうけど。
「私が解るのは人の縁や運の流れだけですから。物のそれを見ることは出来ないんですよ」
「そうよね。出来ていたら自分でやってるわよね。でさ、」
いつもながら話題の尽きない人だ。主な客であるところの中学生がまだ学校にいるこの時間は暇だからいいのだけれど。
「でさ、あなたの占い、当たるのに料金安すぎない? 私なら倍払ってでも見てもらうけど」
あまり高いと人が来てくれないし、来ても外れた時にうるさいし。重要と供給のバランスが取れた価格設定だと思うけど。
「好きでやってますから。出来るだけ多くの人を見たいし、自分の勉強にもなっているので、あまり高額だとかえって申し訳ないですよ」
と、言っておこう。
「欲がないのね」
うんうんと頷きながら納得された。
ふと、視線を感じて顔をあげると、大学生だろうか、その割には小柄な女性がこちらを窺っていた。私の視線に気付いたらしく、お姉さんも目線をそちらに向け、大学生(暫定)に声をかける。
「ごめんなさい。もしかして待ってた? もう終わったからどうぞ」
席を立ち、イスを指さす。
大学生(暫定)は戸惑いながらも指示に従い、腰を落ち着ける。
「じゃあね占い師ちゃん、また今度。あと、あなた。この子の占い、凄く当たるんだから」
ハードルだけあげて帰って行った。
「常連さんなんです、あの人。移店してからのですけど」
とはいえ、路上で違法に展開してるだけなのだけれど。
「何を占いますか?」
「じゃあ、恋愛について」
もそもそといった様子で言葉にする。こんな綺麗な人でも恋の悩みがあるんだな。
「解りました。では、あなたの生年月日を教えてください」
占いに関係は無いけど、雰囲気出るし。
「占いを始めましょう」
六枚のカードを六角形に並べ、一番手前のカードをひっくり返す。
「あなたの悩みは、あなたの想い人の悩みですね」
両手で口を隠し、驚愕に目を見開いている。まだ序盤なのだけれど。
「凄い、何で解ったんですか? まだ何も言ってないのに」
可愛い人だな。こんなに感情が解りやすい人も久しぶりだ。
「カードにかいてありますから」
「そう」
んっ、と咳払いもどきを一つ入れる。
「彼、最近なんだかやつれてきて。私には何も言ってくれないし、心配で」
「直接訊いたりしました?」
「なんだか訊きづらくて、まだ。友達には少し話しているらしくて。私、頼りないのかな」
おや? これは占いの域を出て、相談レベルにきてないか?
黙って二枚目のカードをめくる。
「女難の相が出てますね。その人」
「女難って、もしかして浮気?」
前のめりになって喰いついてきた。
「とはまた違うと思いますよ」
三枚目をめくる。
「彼の心は彼女一色と出ています」
「そうよね。浮気だなんて話聞いたこと無いもの」
ホッと胸をなでおろす。
「じゃあ女難って何かしら」
安心したのか、幾分柔らかい調子で疑問を口にする。
「例えば、マンガのようにたくさんの女性に言い寄られているとか。たくさんでなくともしつこいアプローチ、行き過ぎればストーカーですかね。そういう被害に関する話は?」
顎に指を当て、しばらく目を瞑ってうなっていたが、カッと開眼。心当たりがあったのだろう。
「そういえば、やつれてくる前になるんだけど、共通の友達にね、話してたの。最近夜捨てたゴミが荒らされてるとか、無言電話が夜な夜なかかってきたりとかって。今も続いてるなら、それが原因かも」
四枚目のカードをめくる。
「それどころかエスカレートしてるでしょうね。合鍵とか作られてるかも」
今度はピンと来たらしい。すぐに言葉が返ってくる。
「だからなのね。前に遊びに行った時、留守だったから貰ってた合鍵で入ったんだけど、違和感を感じたのよ。几帳面な彼にしては少し散らかってるなって」
「あなたと入れ替わりだったのかもしれませんね」
不安に駆られたのか、ソワソワし始める。
「私に何か出来ないかしら」
五枚目のカードをめくる。
「彼女に嫉妬しているのかもしれませんね」
「ストーカーが?」
「ええ、ですから彼女が彼と別れることでストーカー被害も減るんじゃないですか?」
「なんでそんなやつのために私が我慢をしなくてはいけないの?」
勢いよく席を立ち、財布から500円玉を取り出して、目の前に置く。
辺りが暗くなり、カードの絵札が見えなくなりつつあった。
「まだ終わってませんよ」
「こうしてはいられないわ。私が別れるなんていや。今から彼のところに行って対策しなくちゃ。そのストーカー、話し合いで解決できるかしら」
六枚目をめくる。真上の街灯が灯りをともす。おかげで、ハッキリ見える。
「無理でしょうね。彼女の身に危険と出ています」
「危険だとか、そんなの関係ないわ」
それだけ言うと、走り去ってしまった。
六角形に並べられたカードの中心に据えられるはずだった七枚目。何故か気になって手に取ってしまった。そして、所定の位置に伏せ、めくる。
「あぁ、あなたのことだったんですか。ストーカーって」
路上占い師 音水薫 @k-otomiju
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