第67話 スクラフト家の事情 5

 ミリア・スクラフトの呪いが解けた。その知らせはすぐにヤス・ポートピュア男爵の元に届けられた。伝えに現れたのは顔を隠した怪しいフードの男。

 ヤスは男のその怪しい姿を注意するような事もせず報告を聞いている。


「たしか息子がどこかに薬を取りに旅立っていたな。チッ、そのままモンスターにでもやられて野たれ死んじまえばよかったものを」


 自分が仕えているはずの貴族の息子に対して酷い言い方だが、彼にスクラフト家に対する忠義心はない。自分の祖父や父親がスクラフト家に仕えていていたからそのまま自分も使えているのだが、正直言ってトロワ・スクラフトの考えには付き合いきれない。自分達は貴族、偉い存在なので平民が自分達のために全てを投げ出し、食事や生活の世話をするのは当たり前の事だ。なのにその平民相手にただモンスターに襲われたり、不作になっただけで税の徴収を免除するどころか金をばら撒くなんて勿体ない事をしている。彼らは自分達に使われるために生まれた道具なのだ、自分に仕えるのが喜びでこちらが向こうに何かしてやる義理は無い。それがヤスの考えだった。

 そして間違った考えの無能なスクラフト家を潰し、いつしか自分が上に立とうと考えていた。

 そんなある日、一人の男が彼の前に現れた。自らを呪術師だという怪しい男、ヤスは最初その男を金目的のペテン師だと思っていた。貴族であるヤスの前には調子のいい事を言って彼の財産を狙おうとするヤカラはよく来る。目の前のフード男もそんな連中の一人だと思っていたのだ。

 男の要求は自分を雇えというものだった。やはりペテン師だ、目的は金だけではなく食事と住処のようだ。

(まあいい、暇つぶしにこいつを飼うか)

 新しいペットを飼うくらいのつもりでヤスは男を雇う事にした。金にも部屋にも食事にも困っていない。一人穀潰ごくつぶしが増えた所で何も問題ないのだ。自分を楽しませてくれるのならしばらく置いてやろう。つまらなければ捨てればいいだけだ。名前を教えられたが次の瞬間にはヤスは男の名前など忘れた。正直そんなものには興味が無かったからだ。

 飼うにあたり、まずは役に立つことを証明して見せろ男に要求した。呪術師と名乗る男がどうやって自分を騙すのかヤスは楽しみにしていたのだ。

 しかし男がやった事はヤスの予想を超えるものだった。まず男は自分は呪術師だから、呪いたい相手を言ってくれ。そうすればそいつを呪おう言ったのだ。そしてヤスがミリアの名前を言うと、見事彼女を呪ったのだった。直接トロワを狙わなかったのはトロワは自分が倒すべき敵であり、呪いなんかで殺してはつまらないと思ったからだ。

 呪術師の男を最初は信じていなかったが、これはいい拾い物だった。今では優秀な道具として自分の傍に置き、男が望むことを何でも叶えてやり大事にしていた。

 トロワは呪いに倒れた妻を心配し、スクラフトの街から出る事は無くなった。そのためヤスは謀反の準備をやりやすくなり、自分の担当である地域からなんだかんだと理由をつけて大量の金や兵糧、武器を集めていくこととなる。一年をかけて十分とは言わなくともそれなりの量はそっろった。

 ミリアをすぐに殺すのでなく、動きを制限する呪いによってトロワを一か所に留めていた効果があったというわけだ。


「それで、当然呪いが解けただけなんてつまらない報告じゃないんだよな?」

「もちろんです。呪いが解けた瞬間にわたくしの次の呪いが発動してます。今頃スクラフト卿は奥方様が再び倒れた事で絶望しているでしょう」


 そもそもミリアの呪いが解けたと分かったのは、男が使った呪いが解除した瞬間に同じ呪いを発動させるものだったからだ。そのため男の魔力が減り、自動で呪いが発動し、ミリアを再び呪う事で呪いの解除を把握したのだ。


「スクラフト卿が絶望し、まともな思考も出来ないであろう今が攻め時という事だな」

「はい、ポートピュア様の言う通りにございます」


 この一年、偶然にも・・・・モンスターの被害がスクラフトの領地で多発してくれたおかげで、心優しいスクラフト伯爵は被害にあった平民どうぐのために散財し、彼の懐事情は厳しく、兵もモンスター討伐で手いっぱいの状態だ。そこに妻の重病、それも一人息子を旅立たせてまで取ってきた薬が失敗に終わったのだ。

 今なら全てに絶望し、簡単に倒す事が出来るかもしれない。


「よし、機は熟した。出撃の準備をするぞ」


 ヤスの指示のもと、彼の配下たちがせわしなく動き出した。


 ◇◇◇◇


 バカな男達が謀反の準備をしているのを弓の魔王アルバレストは黙って見ていた。

 ここまでは作戦通りだ。力の魔王カイリキーとの戦いで死にかけていた彼は何とか動けるまでは回復した。そしてより早く力を回復し、カイリキーに復讐するために彼はヤスを利用する事にした。

 人間には大した魔力はない。だが人々が絶望しながら死んでくれると魔王としての経験値となる。経験値は他の魔王を倒したり、他の魔王のダンジョンを奪った時よりは少なく、増えたのか正直分からないくらい少量なのだが、今の弱っているアルバレストにとっては魔王としてのランクが上がる可能性があるのなら試しておきたかった。

 しかも魔王だけが出来る事だが、絶望に染まった魂を喰らうと大量の魔力を回復させることが出来る。

 そのためにアルバレストは姿を偽り呪術師としてヤスに近付き、『誘導の矢』にて彼の思考を操作して自分を雇わせ、さらに彼の目標を早く達成させるために配下のモンスターに指示を出してスクラフトの各地で暴れさせたのだ。

 目標を達成させ、幸福の中にいる所で全てを奪いヤスを絶望のそこに落とし、彼の魂を喰らう。

 その前に妻の病気に悩む男を救ってやるのもいいかもしれない。なにせその妻の病気を治せるのは自分だけなのだ。さぞ感謝する事だろう。

 ただ自分の放った矢の効果を消すだけ、アルバレストになんの苦労もない。そうして治った妻を目の前で殺す。こうして絶望した魂の出来上がりという訳だ。後は自分がスクラフトのフリをして数日ヤスの相手をすればいい。『誘導の矢』を使えば自分の存在をヤスの記憶から消す事も、スクラフトの配下に自分が主だと思わせる事も可能だ。全部は自分の思い通りに進んでいる。そうアルバレストは思いこんでいた。

 絶望した魂が二つあれば自分は完全回復し、さらには配下の魔物を一体は復活させてやれるだろう。

 こうして一人の魔王はこっそりとヤスの屋敷を抜け出し、スクラフトの街を目指し移動を始めるのだった。

 まさかすでにミリアの呪いが解けているなど、アルバレストは想像などしていなかった。

 そして次の日、アルバレストはカリニ村で出会う事になる。ミリアを助けたその人物に。

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